第348話 16枚目:時間稼ぎ

 幸い、と言うべきか、ヒラニヤークシャ(魚)の属性耐性は特に変化無し、つまり無属性魔法が等倍で通り、それ以外が半減あるいは無効、ただし動きを制限する等の影響は受けるという事は確定した。

 ……更にしばらく色々試してみた結果、実は土属性の刺突攻撃に大きく反応するのも変わっていないというのが判明した時はどうしようかと思ったけど。

 そうだよ。あの安定度ってやつ、減れば減る程同じ%を削るのに必要な体力が増えていくんだってさ。「第一候補」からの情報だからまず間違いないだろう。


「まぁ私の火力はざっくりあと3段階は上げられますが、どうしたものですかね」

『お嬢の魔法火力でやっとって事は、俺らでも気を引くのは厳しいか。そもそも物理がほとんど通らないんだろ?』

「【鑑定】結果はそうなってますし、大体その通りのリアクションでしたからね。無効と表示されている属性はダメージにならないというのは正しいのでしょう」

『影響は受けるっつっても、流石にあの大きさだとなぁ……』


 上空へ放たれる当たり判定のある咆哮を避けつつの会話だ。サーニャは何とかタイミングを読んで飛び出して、今は自分で飛んでいる。だから手が出しやすくなったかと言うと……一応? と、疑問符が付くぐらいかな。

 エルルとサーニャに私という、通常時なら文句なしの過剰火力で気を引いての時間稼ぎが精一杯となると、流石にちょっとひたすら殴ればいいだけという訳にはいかないだろう。つまり、ギミック探しのお時間だ。

 ヒラニヤークシャ(魚)を【鑑定☆】してその名前が分かった辺りで思わず叫んだ通り、元ネタ的にはこの北国な大陸の神話に掠ってもいない。じゃあ一体どうして来たんだって話になる訳で、恐らくその辺の情報をどっかで入手しそこなったのだろう。


「とりあえず何かしら仕掛けがある筈です。こいつを封じていた仕掛けやそもそも召喚された当時の資料に何か突破法があると信じて、それを『本の虫』の方々が見つけるまで耐久しましょう!」

『まぁそれしかないか。早めに頼みたいとこだがそうもいかないだろうし、な!』


 ……もしくは、情報を入手はしていたが整理と解析が追い付かなかったとかもあるかも知れない。竜都跡の調査や渡鯨族の人達の説得と聞き取り、大陸の調査とかスキル情報のまとめとか『バッドエンド』に対する警戒とか、そもそもタスクをこれでもかと抱えていたからね。

 それに『本の虫』の人達も第三陣プレイヤーの参入で準備する事や物が山ほどあるだろうし。11月に入ってからの忙しさは凄まじい事になっていた筈だ。……今更ながら、過労で倒れる人とかいないだろうな?

 ともあれその辺丸投げな私達に『本の虫』の人達を責める権利はない。なら、信じて時間を稼ぐことに徹するのが誠意って奴だろう。さて、頑張るかー。




 という訳でエルルとサーニャが気を引く役とその裏から攻撃を叩き込む役を交代でやりつつ、私はタイミングを合わせて魔法で殴るという感じで、えーと、たぶん3時間ぐらい経ったか?

 しっかし削れた気がしないな。どうやら【鑑定☆】すると結構なヘイトを稼ぐようで、火力で足りない時に【鑑定☆】して対ヒラニヤークシャ(魚)レイド戦用のスレッドに流している。地上に目を向けさせるわけにはいかないからね。


「いえまぁ、普通に考えれば安定度を1時間で2%も削るのは相当な筈なんですが」


 今のところ行動に変化は見られない。やっぱり安定度10%ごとに変化が出る感じか? この調子だとあと2時間かかるけど。

 継続戦闘に問題は無い。あの「膿み殖える模造の生命」の時に日にちをまたいで戦ってたんだぞ? 身体はもとより竜族だ。この程度で切れるような集中力はしてないさ。

 同じく長期戦は慣れているのか、エルルとサーニャもまだまだ元気のようだ。まぁあの港町で特大海産物達が近づいてきた時のエルルの継戦力を見れば分かるけど、竜族はスタミナの最大値と回復力も高いので確定だな。


『とはいえ、お嬢には時間制限があるだろ。流石にこのまま削り切れるとは思えないんだが』

「時間さえかければ削り切れる目があるって言う時点ですごいんですけどね。行動パターンの変化は確実にあるでしょうから、たぶん無理ですけど」


 口の奥から通る視線に気を強く持ち、なんなら睨み返しつつ、そこから放たれる当たり判定のある咆哮を避ける。……あの目をピンポイントにぶち抜けたらクリティカルとか出ないかな。

 あ、ちなみにもう既に口の中への攻撃は試してみた。確かに他の場所より若干ダメージの通りは良い感じだったんだけど、あいつ、その攻撃に使った土とか魔力を食べて回復するらしいんだ。なので、基本的に口の中への攻撃はしない方向になった。

 まぁ目を狙うにしても、咆哮を放っている間は迎撃されるだろうし、それ以外は口をすぼめているしでタイミング的にだいぶ厳しいんだけど。だからこそこう、ダメージ倍率が高そうって言うか、ね?


「……まぁ、際限なく大暴れされても手が付けられなくなりますか」

『何か物騒な事考えてただろお嬢』

「戦闘に関する事ですからいずれにせよ物騒ですねぇ」


 十分にこちらへ引きつけた所で、その裏を取るようにサーニャが接近。エルルと同じくドラゴン版フルプレートな鎧を纏っているので、爪と尾を振るえばそれは打撃じゃなくて斬撃か刺突属性になる。つまり、威力が半分は通る。

 可能な限りの加速を乗せたその攻撃は流石に痛いらしく、ヒラニヤークシャ(魚)の注意がサーニャへ移った。ぐう、っと巨体が即座に離脱した白い鎧の黒いドラゴンさんを追う。

 それを確認して、今度はエルルが加速をつける為に旋回を開始。私はその背中で詠唱を開始だ。当然使うのは等倍で通る【無古代魔法】である。


「[世界に満ちるその一片を

 命が生み出す何者でもない力を

 如何様にも変わる無垢なそれを

 無垢なままに練り上げ固め――]」


 と、いうのが時間稼ぎと決まってからのパターンな訳だが、ふとその視界の端に何かが引っ掛かった。詠唱は続けつつ、そちら……外洋の方向を振り返る。

 そして、詠唱をファンブルしそうになった。


「!?」


 慌てて言葉を繋いで維持するが、どうやらその動揺はエルルにも伝わったようだ。旋回の角度が若干変わり、恐らくエルルも同じものを見たのだろう。羽ばたきの回数が増えたから、やっぱりエルルも動揺したんだなこれ。


『なんだ、あの船の数……!? いやそもそもどこから、いや、まさか、向こうの渡鯨族か!? こんな北の果てまで!?』


 ははは。エルルをしてこの驚きの声だよ。



 と、言うのもだ。「第五候補」が拠点にしていて、イベントに合わせて半海上拠点として整備したあの船(残骸)の山。あれは海流によって色々な物が流れ着く地形的特徴が原因で出来たと「第五候補」に説明を貰っただろう。

 どうやらそういう海流がある事に加え流氷の影響で、この氷の大地付近は船を操るのが大変難しいのだそうだ。だから最初の大陸の渡鯨族の人達はもちろん、北国の大陸の渡鯨族の人達も滅多に近寄らないと聞いていた。

 ……そこにお出ましなのが、それこそあの大嵐を割っての海戦規模な「船団」だ。本当に全く、一体どうやって、である。



 まぁこのタイミングで来るんだから、まず間違いなく『本の虫』の人達の采配っていうか応援なんだろうけどさ。

 そうだな。大地が海に沈むんなら、最初から船に乗ってればいいんだ。それならいくら大地が沈んだところで関係ない。

 ……もしかして、あれか? サーニャに呼ばれて竜都跡に戻った時、意外と人数が居るなと思ったのは、こっちの為に控えて待ってる召喚者プレイヤー達だったって事か?

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