第347話 16枚目:立て直し

「っち、飛ぶぞお嬢!」

「あっそういう!? 大地を海に沈める権能ってそのまんまな感じ!?」

「そういう事らしいですね!!」


 即座の判断で【人化】を解いたエルルの背中へサーニャに抱えられて飛び移り、拠点の臨時防壁から離脱する。何というか、流石スケールが特大の神話における神(の化身)って感じだ。お風呂に浮かべたおもちゃをつついて沈めるのとは規模が違うんだぞ!?

 大地の方が沈んだとはいえ、現象としては高波が襲い掛かって来たようなもんだ。塹壕から出ていれば波に押し流され、塹壕に残っていたら水没である。なので成長する壁を設置した訳だが……うーん、焼け石に水? 魔法使いが脱出する時間ぐらいは稼げたかな、その後流されてるけど。

 ミスリードに綺麗に引っ掛かった事で、運営があげる快哉と“偶然にして運命”の神が高笑う幻聴を振り払い、改めて全体を見る。あーもう、実質壊滅状態だよ!


「この場所でずぶぬれになったらいくら装備を整えていても普通に死にますからね。死なずとも凍り付いて動けなくなったところであの咆哮が来たら文字通り綺麗さっぱり全滅です」

『かと言って、逃げようにも安全地帯である穴はさっきので埋まってるしな』

「だから言ったじゃないか神の化身に本気で勝つ気なのかって!!」


 と、言う事だ。ヒラニヤークシャ(魚)? どうやら大地を沈めてる間は動けないみたいだね。しばらく大地を抑えつけたままだったよ。その内、さっきと逆方向に縦回転してまた口を海上に出したけど。

 ざばぁっ!! と高波と大地全体の揺れパート2が地上を襲う間に、口を出したって事は当然ながら咆哮の予備動作に入る訳で。まー実に見事な初見殺しだというべきだろう。壁とか塹壕とか作ってる場合じゃ無かったな。

 だって「大地を沈める」権能を持つ相手なのだ。そりゃそうだ。


「[その重さを以て穿ち貫け――ロック・ランス]!」


 地面に足を着けなきゃ立つことすら出来ない状態で、戦いになる訳が無いんだよな……!!

 『本の虫』の人達からの指示はまだ来ていないが、咆哮を放とうとしているヒラニヤークシャ(魚)に、エルルの背中から岩の槍を叩き込んだ。現在宝石を食べるのと【結晶生成】によるドレスアップはしていないが、バフは全力で乗せている。

 その状態なら流石に反応はしてくれるのか、クォアアァアアアン――!! と叫んで上(こっち)を向くヒラニヤークシャ(魚)。っち、やっぱり行動パターン変わってるな。


「土属性の刺突攻撃を叩き込んでも大暴れしないとは、実質最初から探り直しですねこれは!」

『けどお嬢、流石に俺らだけだと相手するのは厳しいぞ!?』

「せめて攻撃力だけの担当ならまだ……? いやそれでもごめん! 流石に自信無い!」

『アレクサーニャ、お前は自分で飛べよいつまで乗ってる!』

「この中で飛び降りろって流石に無茶だからな!?」


 こんな会話をしてはいるが、タライを叩いたような音の当たり判定のある咆哮が追いかけてくるのを回避しつつなので、余裕があるかどうかで言えば割と無い。

 せめて権能行使の行動をキャンセルできればと思うが、恐らくそれも相当に難易度が高いだろう。何せ逸話を基にしているのだ。それを阻止できたのは該当神話最強の神(の化身)であり、つまりそのクラスの威力が無いともみ合う事すら出来ないって事になる。

 トッププレイヤー達も、火力としてはそろそろ人間で良いかどうか自信が無い程度になっている筈だ。アビリティとバフ込みなら、ちょっとした小屋ぐらいなら吹き飛ばせたって聞いてるし。だから殴れさえすれば火力としてカウントできるのだが、問題はその殴るところまで行くのがものすごく大変って事でな?


「あ、流石立て直しが早いというか何というか。属性チェックの指示が来ましたね」

『このまま飛びながらか?』

「召喚者は死んでも死なないとはいえ、一度倒れると復帰できるまで時間がかかりますからね。今地上は立て直し中なので、注意をこちらに引き付けて欲しいというのもあります」

『なるほどな。……当分かかりそうだが』

「っていうかあれだけ大きいの食らっておいて諦めてないのかあの人間達。すげーな」


 上空から見る地上は、召喚者プレイヤーが埋まっている氷を砕いて掘り出したり、寒さでスタミナが底をついたらしい召喚者プレイヤーを引きずって退避させたりと、立て直しに掛かってはいるがかなり大変そうな感じだ。エルルの言う通り、仕切り直しと言えるまでにはまだしばらくかかるだろう。

 とはいえ、流石のエルルとサーニャでも神の化身を相手にするのはちょっと厳しいらしい。まぁいくらステータスの暴力が種族特性の抑止力疑惑といっても、少数で削り切れる相手ではないだろう。ゲームバランス的にも。


「とりあえず、やれることからやっていきましょう。ここで倒さず見逃すという選択肢は無いんですし」

『まぁそれはそうだな』

「確かに倒せるなら倒した方がいいだろうけどさぁ……」


 ひとまずしばらくは『本の虫』の人達が資料を洗い直したり作戦を立て直したりするだけの時間稼ぎだな。ほらこっち向け、私の相手をしてもらおうか邪神の化身!

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