第346話 16枚目:レイド戦開始

 流石にここまでで削った安定度が回復することは無いらしく、つまり開始直後から行動パターンが変化あるいは追加される可能性が高いという注意が『本の虫』の人達から全体放送の形で伝えられた。

 まぁ無駄になることは無いだろうが、それでもタイミングがずれたりフェイントが入ったりぐらいはするだろう。それに神の化身ともなれば「戦いの中で学習する」という事も十分に有り得る。そういう意味でも気が抜けない。

 ……それもあって、強制送還じゃなくて討伐をしておきたいんだよな。もし「次」が現れたとき、学習済みの状態である可能性があるから。


「で、姫さん。ボクらもあの人間たちの指示に従った方がいいの?」

「そうですね。『本の虫』の人達からは全体の動きを見ての指示ですし、私達は特級戦力ですから。主に不測の事態や緊急対処的な指示が来ると思いますので、最終成功率をあげようと思うと従った方がいいです」

「うーん。……まぁ仕方ないか。あれを強制送還するのはした方がいいに決まってるんだから」


 若干もやっとしたものを抱えているようだが、サーニャも素直に動いてくれるらしいので一安心だ。エルル? あの海産物系の巨大な異形の時から、こういう共闘は進んでしてくれるのは分かってるから大丈夫。

 それに『本の虫』の人達なら、私を前に出すより後ろに控えて貰う形での作戦を立てるだろうって思ってる節があるっぽいんだよね。大正解だけど。後方から魔法による遠距離火力で援護するのが精々だろう。

 ……下手に前線に出て、可愛い好きを暴走させられても困るって判断があるから、後ろで大人しくしててほしいという無言の要求は妥当なんだよ。後ろに私が居れば、私を守る形になる可愛い好きの士気が上がるっていうのもあるし。


『――対ヒラニヤークシャ、レイドボス戦開始時刻10分前となりました。参加される方は近くの塹壕へ集合し、戦闘態勢を整えてください――』


 と、そんな会話をしている間に、拡声系のスキルを重ね掛けした形での全体放送が氷の大地に響き渡った。それに応じて、わくわくに緊張を混ぜたような空気の召喚者プレイヤー達が移動していく。

 私はもちろん後方待機組なので、以前作った、今はアザラシ達の生活拠点となっているあの半海上拠点へ移動だ。ここからなら良く見えるしね。主戦場となるのはもう少し東に行ったところで無数の塹壕を掘った平地なので、基本的にこちらへ攻撃は来ない、筈である。

 っていうかこの半海上拠点は召喚者プレイヤーの死に戻り拠点でもあるので、此処が落とされると大分まずい、割と本気な重要拠点となっている。


「……なるほど。後方待機と重要拠点の防衛戦力を兼ねてるのか」

「特級戦力ですからね。出番が無ければそれが一番な、万が一への備えという事です」


 うん。つまり私達の定位置って事だな。「第一候補」の儀式場もこの中にあるので、あの大嵐の時と同じく、立場上は護衛と言う事になる。カーリャさんも何処かに居る筈だ。というか今回の場合、大地を沈める逸話を持った相手だから、相性としては最悪に近い。だから今回はあの人も護衛される側となる。

 ……ん? 大地を沈める逸話だよな? あれ、今なんか引っ掛かったぞ。何だ? 他に逸話は無かった筈だし【鑑定☆】結果でもそれっぽい権能が表示されてたからそこは間違いないんだけど、んん?

 私が首を傾げつつその引っ掛かりを追いかけている間に、船(残骸)を解体して組み立てた半海上拠点から、不可視の力場が展開された。恐らく「第一候補」が儀式を開始したのだろう。それに合わせて、『本の虫』の人達からの全体放送があった。


『――開始時刻となりました。これより、対ヒラニヤークシャ、レイドボス戦闘を――開始します!』

「「「おおおおおおおお!!!」」」


 強制休眠の終了にタイミングを合わせて、開始の合図は飛ばされ安定度のロックを解除する儀式が発動する。色と実体を取り戻して身体を伸ばすヒラニヤークシャ(魚)へ、氷の大地に無数に穿たれた塹壕を避けながら召喚者プレイヤー達が向かって行って――。


「――っ!!」


 そこでようやく、やっと、引っ掛かりを捕まえる事が出来た。まずい、これはまずい!!

 今からだとバフを乗せるのも【結晶生成】で自分を飾るのも間に合わない、射程は辛うじてギリギリ手前5分の1ぐらいなら届くか!? あぁくそ、運営と“偶然にして運命”の神がわっくわくしながら高笑いの準備をしているのが目に見える!


「氷の精霊さん、ごめんちょっと手伝って!」


 効果があるかどうかは別として、声をかけてから狙いを定める。そのわずかな間にヒラニヤークシャ(魚)は広域を薙ぎ払う咆哮の予備動作に入り、顔と言うか口が向いている方向の召喚者プレイヤー達が塹壕へと飛び込むのが見えた。

 角度的にここまでは届かない、つまり集中しても大丈夫だな。もしこれが一気にヘイトを稼ぐ行動だったら逃げるのはエルルとサーニャに助けてもらうとして、詠唱間に合うか!?


「[棘にて小虫を寄せ付けず

 柵にて獣の侵入を拒絶して

 網にて風の流れを留め置き――]」


 左右から視線を感じつつ詠唱を続ける途中で、クォオォアァアアアアアアアン――! と、音のブレスが放たれた。ゆっくりと角度を変えて薙ぎ払っていくそのブレスを、「予定通り」召喚者プレイヤー達は塹壕に飛び込んで回避する。

 だってその為に塹壕を掘ったんだからな。氷の塊に頑張って。何せ渡鯨族の街がどうなっていたのかは、大多数の召喚者プレイヤーならその目で見ているから。

 あぁそうだよ、地上には何も残らない。壁を作っても薙ぎ払われる。なら地面の下に隠れればいい。確かに私もそう思ったし実際そうしたさ!


「[――壁にて水の流れを遮り

 冷気を以て厚みを増して――]」


 気づくべきだった。想定するべきだった。

 その行動と周辺地形によるヒントが。



 運営による――「ミスリード」だった可能性を!!



「[頑健たる砦へと成る種とする――グロウイング・アイス]!」


 【水古代魔法】の中でも特殊な部類に入る、「水属性の攻撃を受ければ受ける程サイズと防御力が上がっていく」壁系の魔法を、ヒラニヤークシャ(魚)のいる穿たれた沿岸部に沿うように伸ばしていく。

 精霊さんへの声掛けが良かったのか私が成長していたのか、その長さは私が思ったより長く伸びていった。たぶん全体の3分の1ぐらいいったんじゃないかな。もちろん展開直後は高さ50㎝ほどの、本当に小さな壁だか柵だか分からないようなものなんだけど。

 ただ、地上を薙ぎ払う当たり判定のある咆哮の範囲に入った分は砕かれてしまった。これは分かっていた事なので仕方ない。


「エルル、サーニャ。もしかしたら時間を稼ぐ必要があるかも知れません」

「マジかい姫さん」

「って言うと?」


 流石にもう一度は間に合わないので、前線の召喚者プレイヤー達が気づいてくれることをお祈りしつつ自分にバフを重ね掛けていく。エルルとサーニャに声をかけたところで、ようやく咆哮を放ち終わったらしいヒラニヤークシャ(魚)は、思いっきり開いていた口を戻し始めた。

 それを見て、こっちのターンだ、とばかり召喚者プレイヤー達は駆け寄っていく。一部塹壕の中にとどまっているのは魔法使いだろうか。何せこれまでは、ここで魔法を叩き込んで大暴れさせて、その間に殴るっていうのがパターン化されてたからな。

 ただ。ヒラニヤークシャ(魚)はその口を戻すだけでなく、完全に閉じた。これは知らない。初見の行動に召喚者プレイヤー達の足が一瞬止まり、


「だって相手は、「大地を海の下に沈める」という逸話を権能として持つ神、その化身ですよ?」


 ザバァッ!! という音に、何が起こったのか理解できたのは、全体を見ていた司令部ぐらいじゃ無いだろうか。

 そう。所持権能の欄にもあったじゃないか、「地表海没」っていうのが。そこまでの行動から、氷の大地を食べる事が「そう」なのだと無意識に思っていたが……もし、それがただの通常行動で、権能自体は文字の通りだったら?

 それに……名前となった「目」は喉の奥にあった。じゃあ逸話にある「大地を掴んで沈めた」という行動に用いる「手」は、一体、どこにあるんだろう、っていう話になる訳でさ。


「……一言で言うと、してやられました」


 ぐるん、と。

 口を閉じたヒラニヤークシャ(魚)が、その場で前に縦回転した。

 派手な音と共に海面を破って出て来た、魚であれば尾びれがある場所にあったのは。ゴムのような質感と黒さはそのまま、胴体だと思っていた場所を手首とした、大きな大きな――「手」で。



 ――ドン!!!!!

 と。文字通り大地を揺らす衝撃と共に。

 周囲一帯が、「手」によって。海面の下へと――押し込まれた。

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