第329話 15枚目:戦闘(?)開始

 どうやら『本の虫』の人達が対ヒラニヤークシャ(魚)戦闘用のスレッドを立ててくれたようで、結構な勢いで流れていくその画面を表示させっぱなしで戦闘(?)することになりそうだ。

 カバーさんと「第一候補」へは【鑑定☆】結果のスクリーンショットも送っているし、どうやら無事私の推測も伝わったらしい。スレッドの流れが討伐ではなく、行動をどうやって封じるかという方向になっている。

 まぁ正直、私も啖呵は切ったが実際にトドメを刺せるかと言うと、難しいだろうと思っている。むしろ想定外の出現でどっかバグが出ていないことを祈るぐらいだ。


「さてそろそろ魔法は届きそうですが、本当にどうしたものですかねぇ……」


 とは言え、流石にこのままひきつけ続けるのは無理がある。ログイン制限があるし、私だってイベントには参加したいのだ。なのでどうにか、イベントで正規の討伐あるいは強制送還手段が出てくるまでの時間稼ぎとして、拘束系の手段が使えればいいんだけど。

 まぁそれもトライ&エラーで片っ端から試していくしかない。いやほんとに。イベント終わるまでは無敵とか言うなよ? 【鑑定☆】したから起動したんであって放っておけば平和……とか言うなら、まぁ一回ぐらいのデスペナは甘んじて受け入れよう。

 ははは、そうなったらエルル達が居なくて良かったな。テイム主が死亡しても巻き添えで死に戻りとかは無いし。……いや、私の死亡を察知して2人がブチギレる可能性があったか。じゃあダメだな。


「と。えーと何々。……氷属性の魔法で周囲にある海水を凍らせてください? ダメージは無くていいから出来るだけ広範囲を……って事は、あれか。氷漬けにして動けなくなるかどうか確認するのか」


 とか考えながら、走る速度は変えずに私宛として書き込まれたレスを読む。なるほど。まぁそれが出来れば一番手っ取り早いし後の被害も抑えられるな。何ならその状態を維持するのも簡単だ。何せ水気を与え続ければ、勝手に氷の厚みは増していく環境だし。

 流石神の化身と言うべきかこちらの動きを学習しているらしく、微妙に当たり判定のある咆哮の時間が伸びて追尾してくるようになっている。まぁ自分にバフを乗せればまだまだ逃げ切れるんだけど。

 東へ走っていたので、背後に感じる圧が緩んだのを確認し、ヒラニヤークシャ(魚)が息継ぎしているのを確認してから西へと転身。氷、凍らせる、んーなら使い慣れたこれで。


「後はタイミングですが……流石に回避中は、詠唱はともかく保持が出来ません、しっ!」


 きっちりこちらに狙いを定めてから当たり判定のある咆哮を放つようになっているので、最初は緩めの速度で走り、放ってくる瞬間に一気に速度を上げて走るようにしている。いやぁ、こつこつ真面目にレベル上げをしていて良かった。

 当たり判定の痕跡からして間違いなく直線の形をしているのに、バカバカしくなるほどの効果範囲を持つ咆哮というか音のブレス。多少の加減も手抜きもしているとはいえ、ステータスの暴力である私が逃げるのに割と全力っていうのは、普通の召喚者プレイヤーでは見てからの回避はほぼ不能という事になる。

 まぁだからさっきから何度も逃げ回ってるんだけど。ここまで同じ動作を繰り返させれば、流石に誰だって始めと終わりの予備動作に当たりぐらいは付けられるだろう。


「[流れゆく形無きものに形を与える冷気よ――]」


 そう。中身が運動オンチで、アクションゲームが苦手な私ですら、だ。

 あと数秒で咆哮が終わるというタイミングで詠唱開始。進路は変えないしバフは最低限、【結晶生成】も使わず宝石を食べてもいないので、いつもの威力は出ないが今は構わない。というか、多少侮られる程度がちょうどいいだろう。

 侮ってくれたお礼は後ですればいいのだ。それこそ、本気も本気、精霊さん達に退避してもらってからの【吸引領域】込みの大技を叩き込むことで、とかな。


「[――流れを用いて冷気が作る、]」


 我ながらナイスなタイミングで当たり判定のある咆哮が終わったのでくるりと踵を返し、先程までとは違い、一気にヒラニヤークシャ(魚)との距離を詰めにかかった。

 ははは、ここまで散々走らされた距離からすれば誤差みたいなもんだ。予想外の動きに驚いたのか、一瞬息継ぎが止まったのもいい情報。


「[限りなく透明な柱を以て――]」


 さらに予想外を追加する兼狙いを定めるのに、【並列詠唱】と【無音詠唱】で空気の足場を出して空中へと駆け上がる。その動きを追ってか巨大な口も空へと向いてきたが、ぶっちゃけ私の方が速い。


「[凍てつき縫い留めろ]」


 さてここで一工夫。というか練習。そう、エルルに教わった【竜魔法】を通常魔法に乗せるって奴だ。魔力を動かして集める感覚で、右手首から先に集中させて、かーらーのー。


「[――アブソリュート・ゼロ・アイスピラー]! っけぇぇえええええ!!」


 ぽい、と放り出すような動きで落下を始めた冷気の槍。その石突きにあたる部分に移動して、思い切り、右手を振り抜いた。

 あっミスった魔力が移り切らないどころかなんか変なとこに逃げた、まぁ狙った方向に殴り飛ばせるのは出来たからいいか。さてこれでどうなるー?

 と、見守る先で、ゼロではないがロスの大きい【竜魔法】付きの冷気の槍は飛んで行き……ゴバギンッッッ!! と、ヒラニヤークシャ(魚)の1.5倍ぐらいな氷の山と化した。


「……やり過ぎましたかね?」


 十分に氷漬けと言っていい姿を、念の為氷の大地の上に戻って眺める。これでイベントが終わって正しいフラグが立ち討伐できるようになるまで(再封印と言う選択肢はない。また利用されるのが目に見えてるから)大人しくしててくれると嬉しいんだけどなー?

 心なしか拠点の方から虚無っぽい空気を感じるような気がしつつ氷漬けの化身を眺めていた訳だが……その内、ピシ、という音が聞こえた。

 その音はそのまま徐々に大きくなりながら連鎖するように鳴り続き、音で予想が付いた通り周囲の氷に皹が入って、それもまたあっという間に増えて大きくなり繋がっていって――。


――クォォオオォオォオォァアアアァアアアアァアアン!!


 最後に、バギィッ、とひときわ大きな音を立てて、あっという間に砕かれてしまった。うーん、凍らせるときに上を向くようにしててよかったな、横向いてたら開幕あの咆哮食らってたって事だろうし。

 一筋縄ではいかないのは分かっていたが、こんなに早く破られるとどうしていいか困ってしまう。

 あれか? それこそこの氷の大地の下に沈めるぐらいはしないとダメか?

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