フリーオール・アドバンチュア・オンライン

第328話 15枚目：居る理由

　私が切った啖呵がお気に召さなかったのか、それとも正面に立ったからか。一度瞬きするように大きな口を閉じたヒラニヤークシャ（魚）は、やや身体を持ち上げるようにして海面から完全に口を持ち上げ、再び横方向に口を開いた。ギラリ、とその奥にある金の目がこちらを睨む感覚。

　もちろん何が来るかなんて分かり切っている。なので即座に西方向にダッシュ。海面より高い位置なら、恐らくあの扉がある谷への影響は無いだろう。というか正直考えている余裕が無い！

――クォオォアアアァアアアアアアン――！！

　再びの、金ダライを叩いて鳴らしたような音。しかし地上を舐めるような高さと角度で放たれたそれは、何も特殊な効果は付いていない筈なのに十分すぎる暴力だった。

　音のブレス或いは当たり判定のある咆哮というべきだろうその攻撃は、思っていた通り馬鹿みたいにその範囲が広かったのだ。文字通り、周囲一帯への薙ぎ払いである。

「私じゃ無かったら並行或いは横方向への回避は無理なんじゃないですかねこれ。作るべきは壁ではなく塹壕だったとか勘弁してほしいんですが？」

　辛うじて逃れた先で、薄く積もっていた雪が吹き飛ばされ、凹凸が削り取られ、スケートリンクのようにつるつるになった当たり判定の範囲を見る。扉のある谷も効果範囲に掠っていたが、どうやら下は無事なようだ。

　上に積み上げるのではなく下に隠れるべきだったか……と考えた所で、記憶に引っ掛かる。酷く平らな、広い地面。よく磨かれた氷の大地。地面の下にもぐらなければ回避できない。翻って、「地上には何も残らない」。

　あ。と、声が零れた。しかし気が付くと、ヒラニヤークシャ（魚）がもう一度咆哮を放とうとしている。今度は逃げるそぶりをしながら、タイミングを見て谷に飛び込んだ。

「……まさか」

　今は無人のストーンサークル（仮）の近くで伏せて、数ｍ上を通過していく暴力をやり過ごしながら、頭の中では引っ掛かりが急に実体を得ていく。地上には何も残らない。地上には。綺麗さっぱり、何も、残らない。

　咆哮が止んだところで、地上へ飛び出す。今度は若干近づきつつ更に西へ走りながら、改めて２回の咆哮で平らになった氷の大地を見回した。

　残らない。何も残っていない。まるで最初から何もなかったかのように、「綺麗に地上の物が吹き飛ばされている」。

「――お前か」

　見覚えがあった。見覚えがある筈だ。だって私は、私達は、その光景を「既に見ている」。

　同時に合点がいった。成程、だから此処だったのか。どうしてこの大陸の神話とは掠りもしてないのに喚び出せたんだろうと思っていたんだ。成程、そういう事か。

　そこかしこに残っていた疑問に、筋が通る。理が通る。つまりそれはフリアド世界のルールでは「有り得る」という事。「可能である」という事だ。……なお、実際に出来るかどうか、やっていい事かは別の問題だが。

「えぇそうですね。「最初からそこに居たもの」を起こす程度であれば、今の召喚者（プレイヤー）でも可能でしょうとも！」

　睨み返す。周囲一帯を、声１つで薙ぎ払う神の敵対者、その化身を。その結果に確信を得て、若干運営に同情しつつ、それでも討伐か強制送還を強行する為に。

　そろそろこちらの動きが拠点からでも見えるだろう。だからこそ、動きながら息を吸い込み、声を張る。流石にメールを打っている暇はない。だから届け、この情報は共有しなきゃダメだ。

「こちらの大陸の渡鯨族の街を更地にして！　彼らを此処まで追いつめて！　空間の狭間に逃げるという非常手段に出るしか無くしたのは！！　彼らを滅ぼそうとしたのは――お前だな！！」

　……うん。つまり、来月のイベントの、多分隠しボスだ、こいつ。運営はさぞかし頭を抱えているだろう。もしくは泡を吹いて気絶しているか。発狂してしまった人もいるかも知れない。

　ははは。まさか１月も前に姿を現したうえ、イベント開始直前に戦闘に入るとか勘弁してくれを越えて、止めろ！！！　案件だろう。私も大概イベントフラグをややこしい状態にしていると思うが、これはひどい。

　というか、あれか？　隠しボスが既に出てきちゃってるから、それでイベントの「その後」がお知らせに書いて無かったのか？　もしかして、今絶賛その辺のフラグ関係修正中だったりする？

「今回ばかりは私のせいではありません、メインシナリオに喧嘩を売る『バッドエンド』が悪い！」

　十分角度を西に向けられたところで、拠点の壁に掠りそうになったので、少しずつ近づく角度のまま東へと走る。あ、うん。『本の虫』の人達の指揮で、大急ぎで塹壕を作ってる所だなあれは。

　ということはー、もう少し私が当たり判定のある咆哮を引きつけてないとダメって事だな。ちょっと長さは長いがシャトルランと割り切って頑張るかー。十分近づけたら殴ってみよう。射程的にまずは魔法で。

　属性攻撃と物理攻撃が半減ってついてたから、使うとしたら無属性の魔法スキルかな。そもそもイベントで条件を満たさないと出てこなかった相手（推定）だから、通常手段で倒すのは難しいだろうけどさ！