第272話 13枚目:海氷解凍
安全の為に、ちょっとした広場ぐらいに凍り付いた地表を露出させてから氷を溶かしにかかる。流石私と言うべきか、海に沈んだ氷はみるみる内にその体積を減らしていった。
もちろん周囲から海水は流れ込んでくるんだが、それはもう諦めるしかない。その為に空間を開けてあるんだし。それに、一旦溶けきったら海へと戻っていく筈だ。多分。
「おさかな!」
「焼き魚にするっすー!」
で、どうやらその中に、結構な数の魚が閉じ込められて冷凍されていたらしい。流れ込んでくる溶けた海水に、こちらも丸々と太った大きめの魚がごろごろと混ざって転がり込んできた。
綿雪鳥の捕獲を(かまくらがいっぱいになった為)終えてこっちに戻って来たネレイちゃんが大喜びしたよね。フライリーさんも。確かに、いい感じに脂がのってる気配がする良いお魚だ。
ここでオープさん、大活躍。手早く捌いて、一部はそのまま焼き魚に、そして大半は吊るして晒して、凍らせにかかった。
「それは、こちらでの保存食ですか?」
「はい。海に出る事は大変な危険を伴います。だから漁の回数は少なく、代わりに一度に多くの獲物を得て、それをこうして保存するのが常なのです」
まぁこの大陸における海岸線の現状が、大体の場合これだというなら、確かに海に出るのは危険だろう。何せ氷の丘を登って戻らなきゃいけないんだ。波が登れる程度の角度とは言え、その分距離はあるだろう。
当然、氷の上を滑れば、専用に作られた船と言えど負荷はかかる。船の材料まで氷ではないだろうし、修理するのも大変だろう。だから回数は少なく、一度に多くを得る。となれば、保存技術は必須だ。
まぁこの大陸では、濡れた物が野ざらしにされていれば数分で芯まで冷凍される。後は野生動物に取られない場所に保管して、適宜解凍すればいい。保存に関しては楽に済むだろう。
「あー、しっかり脂ののった美味しい魚ですね。鮭に近いでしょうか」
もちろん私もご相伴に預かった。うまーい。
海の氷を溶かせば溶かすほど魚が出てくるものだから、やる気にもなるってもんだ。オープさんの話からして、こっちの大陸だと普通に獲れる魚のようだし。つまり氷漬けになってた分はいくら獲っても生態系破壊にならない!
パストダウンさんからの指示で、氷を海岸線から切り離す形で高温の領域を移動させていく。魔力操作の練習も兼ねて、細長い形に圧縮を試みながらだ。まぁ確かに、全部溶かすより切り離しちゃった方が簡単だよね。
「……しかしこれ、氷を切り離したら海面の高さはどうなるんでしょう」
という訳で、現在【飛行】を使って海の表面を移動しながら独り言だ。【人化】した状態で【飛行】を使うのはちょっとバランスを取るのが難しいんだが、まぁこれも練習って事で。
海中の氷は予想通りかなりの大きさだったようで、なかなか端に辿り着かない。結構陸地が遠くなっちゃったな。……かと言って、氷の上厚さ十数センチとは言え、波の中に足を入れる気にはならないし。
いやしかし、本当に最初は空から来てよかったなこれ。知らずに船で来てたら、海中の氷で座礁する船が続出して、阿鼻叫喚になってたんじゃないのか。氷自体の透明度が高いから、海面からだとほとんど見えないし。
「うーん、流石に元の大陸は見えませんねぇ」
ようやく端まで来たらしく、ビキッ、という感じで最後の数メートルにひびが入った。そのひびに吸い込まれるように海水が落ちていく。……後ろを振り返ると、溶かされて断面となった場所の滝が、気持ち勢いを緩めているようだ。
半円を描くように反対側に回れば切り離せる、筈だ。氷は水に浮くので、この大きさの氷が丸ごと海上に浮き上がるという事になる。そして、恐らくその分だけ海面は下がる筈だ。
……このままずらすように押し込んで、バキッと割れたら楽なんだけどなー。とか思いつつ、【飛行】の集中力を切らさないように引き返していく。まぁ無理はするもんじゃない。やらなくても結果が得られると分かっているならなおさらだ。
「……しかし、クラーケンの一族もそんな事は言ってなかったと思うんですが。まさか、喧嘩に夢中になって大陸の様子を見ていなかったとか……?」
氷で大陸に辿り着けなくなってるなんて、そんな話は聞いていない。……まぁ、クラーケンの一族は、それこそ外洋がその住処だ。沿岸部の事なんて知るか! と言われたらそれまでなのだが。
しかし今更ながら、開拓からしなければならないとは。新しい大陸の前途は多難だなぁ。
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