第259話 13枚目:嵐は止まず

 怒りと苛立ちとちょっぴりの懐かしさ及び食欲が噛み合って、私はこっちに振り下ろされてくる流れ弾的な「腕」を斬り落とすことに決めた。流石に「腕」の先がちょん切られればちょっとは喧嘩の勢いがそがれるかも知れないしね。

 という事でまずは【火古代魔法】で装備している手袋に火属性を付与して、風切音から「腕」の来る場所を予想する。同時並行で詠唱するのは【風古代魔法】の魔法アビリティの内、特大の風の刃を発生させるものだ。

 石畳が多少とは言え砕ける事で破片は飛んでくるんだけど、顔に直撃するコースのもの以外は無視する。衝撃波に影響されないギリギリのところで回避して、火属性が付与された風の刃で「腕」を斬り落とせば、はい、タコ(イカ)足ゲットー!


「は、いいんだけどまさかのノーリアクションとかマジか」


 思わず独り言が素に戻ろうというもんだよ。もしかして急速再生してて実質ノーダメージなのか? とも思ったけど、何度目かの流れ弾ならぬ流れ拳の先端が焼き切れた断面になっていたから、それもない。

 焼き切った時の断面とその周辺が、白く濁ったらクラーケン(異世界イカ)で、赤くなったらデビルフィッシュ(異世界タコ)だと思うんだけど、たぶん本数的には同じだけあるから、ダメージは大体均等に入っている筈だ。

 なのにノーリアクション。悲鳴の一つも聞こえてこないってなると……あれか? クレナイイトサンゴが痛覚を遮断してるか、感覚を誤魔化してるかみたいな? えー、そんなんどうしろと。


「……叩きつけられる前に斬り飛ばせれば、多少は違和感になるかな……?」


 なお、難易度はお察し。今の叩きつけられると同時に斬り飛ばすのでも結構難しいのに、叩きつけられる前に攻撃を入れなきゃいけないとなると……うん。かなり、難しいだろう。

 何が問題って、とにかく相手の大きさだ。【王権領域】の効果範囲は直径約30m、振り下ろされる速度が速度だから、風切音が聞こえてからほぼノータイムで「腕」が叩きつけられるんだよね。

 だから今も「ギリギリなんとか間に合わせてる」って感じで、それを更に早く、かつ見えない場所を切るっていうのは難しいのだ。剣ならどうだろう、とちょっと思ったりもするが、使えるのは魔法一択なのでそこは考えない事にする。


「まぁとりあえずはやってみてから! [ワイドカッター]!」


 風切音が聞こえたので、気持ちさっきより早めに、かつ上の方を狙って魔法を撃つ。うん、分かってたけど回避しながらだと更に難しいなこれ! そして当然のように外れると。いやまぁ当然のようにというか、当然なんだけども。

 しかし振り下ろされるルートが分かる訳じゃないし、微妙に角度がついてるから逃げるにしろ狙うにしろ方向を考えなきゃいけない。ルートが一定で罠みたいに魔法を設置しておければ楽なんだけどな。

 まぁ生き物相手にそんな楽はさせてもらえないか、と割り切って、足(「腕」)斬りチャレンジを続行するのだった。




「で、お嬢は何やってたんだよあれ」

「身体が削れればちょっとは違和感を覚えるかなと」

「うん。周りが危ないから止めような」


 とかやってたら、エルルに回収された。どうやら私が上向きに飛ばした火属性付与の風の刃に当たりかけたらしい。それはごめん。

 なお避難は完了しているので、更に激しくなってきた嵐に晒されているこの街に残っているのは、『本の虫』を始めとした召喚者プレイヤー達ぐらいだ。

 その召喚者プレイヤーにしても、嵐の中での行動に自信がない人たちは一度陸路で街から離れ、ちょっと離れた場所から人魚族の人達に手伝ってもらって、嵐を避けて海に出ている筈だ。


「しかし、嵐がこっちに来たなら、次の大陸への航路は開けているのでは?」

「それがそう上手くはいかないんだってさ。そもそも長期間にわたって嵐が居座ってたせいで海の中がかき乱されてる上、原因の大喧嘩が収まらないと調査も出来ないんだと」

「本当にはた迷惑な大喧嘩ですねぇ」


 という事らしい。これはクレナイイトサンゴの件が解決してもすぐレースの開始とはいかない感じかな。

 しかし海の中がかき乱されてるって事は、渡鯨族の人達が持ってる航路情報とも大きく食い違う訳だ。もちろん元となるデータがあると無しとでは大きく変わるだろうが、情報泥棒も足止めを食っているだろう。ざまぁ。


「で、相変わらず進捗は無いんですか?」

「無いみたいだな。あの嵐のせいで、虫下しをかけてもすぐ洗い落とされて効果が発揮できないみたいだし」


 という私の現在位置は避難所となっている造船所だ。もちろん【王権領域】は既にOFFにしている。「第一候補」の邪魔になるからね。相変わらず嵐がノイズになって滅茶苦茶苦戦してるみたいだけど。

 そうそう。嵐の主体となっている2種族の長が港のすぐ近くまで来てる訳だが、それぞれの一族、取り巻き扱いされる特大サイズのデビルフィッシュ(異世界タコ)及びクラーケン(異世界イカ)は、外洋に残って相変わらず全面戦争中だ。

 流石に自らの長が妙な行動をしているという事で、クラーケン(異世界イカ)の方はちょっと混乱が見えるらしい。なので、別ルートで海に出た召喚者プレイヤー達は、その全面戦争への介入をしている筈だ。正気に返ったクラーケン(異世界イカ)及びデビルフィッシュ(異世界タコ)と一緒に。


「で、私達の仕事は何ですか?」

「港への上陸が確実になったら、超上空から海ごと凍らせて拘束してくれってさ」

「なるほど」


 ……50m級のクラーケン(異世界イカ)とデビルフィッシュ(異世界タコ)の氷漬けか。相変わらずの切らなくて済むならそれに越したことは無い切り札扱いだが、仕方ないね。

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