第258話 13枚目:避難完了

 エルルの奮闘のお陰かあるいは偶然か、時々殴り合いの余波は飛んできたものの無事に集団避難は完了した。嵐の勢いは収まるどころか激しくなる一方なので、場合によっては内陸の街までそのまま避難してもらう事になる。

 しかし酷い事になったな、と、改めて街を見て思う。どこの大型台風直撃な被災地だというありさまだ。今の所避難所を兼ねている重要拠点は無事だが、それでも復興にはそれなりに時間がかかるだろう。

 要救助者を探して街を隅から隅まで走りつつ、海の方に目を向ける。【王権領域】の範囲外は暴風雨に遮られてほとんど何も見えないのだが、よく目を凝らせば、ステータス補正のお陰か微妙に、大きな、見上げるような影が見えた。


「……ぶん殴って虫下しをその口に叩き込んで解決するならどれ程良い事か」


 住民に聞かれれば(仮にも)神の使いになんて不遜な! と怒られそうなことを呟く。結局エルルも、近づいてきたことが分かっただけで「何故近づいてきたか」は分からないみたいだったし、その辺不明瞭なのがモヤモヤするな。

 続報が無いって事は「第一候補」も苦戦しているのだろうし、恐らくエルルも同様なのだろう。被害としてはすでに甚大だ。本当に、いい加減にしてほしいのだが。


「5月イベントの時にやった洗浄剤攻めみたいにしないのは、やっぱり虫下しは量が作れないからか?」


 あれだけの大きさがあるなら、それだけ必要な量も増えそうだしなぁ。それにあの嵐を何とかしないと、虫下しが効果を発揮する前に流されてしまうとかかもしれない。

 でも嵐を何とかする為にはあの大喧嘩を止めないといけない訳で、止める為には方法不問で声を掛けなければならず、クレナイイトサンゴが寄生している限りその辺はシャットアウトされてしまうので、クレナイイトサンゴをどうにかしないといけない。

 うーん、ぐるっと原因と問題が回っちゃってるな。そんな伝承が無かったっけ、北欧あたりに。つまりあれは不可能って事なんだけど。


「不可能だと、内陸に上がって干上がってしまうまで解決できないって事になるし……」


 神様関係は「第一候補」が切り札みたいなところがあったから、その「第一候補」が苦戦してるって時点で割と詰みの気配はしてるんだけど。

 とか独り言を言いながら街を走り回っている内に、海岸沿いへと戻ってきていた。助けを求める声は聞こえなかったし、崩れた形で壊れている建物の中は一通り確認してきたので、要救助者はいない筈だ。たぶん。

 街の外まで建物ごと飛ばされてしまった行方不明者もいるので、名簿の抜けだけでは決定打にならない。流石に今から街の外を探しに行くのは効率が悪いし、そちらは『本の虫』を始めとして召喚者プレイヤーの有志が捜索している筈だ。


「まぁ戦闘力が要るのはどう考えてもこっちだろうし……うわっ!?」


 一応海岸に沿って緩く走っていると、ゴォ、と風を切る音が聞こえた。慌ててその場を離れると、ドゴォオオオオン!! と、樹齢百年単位の丸太のような「腕」が叩きつけられる。

 イカとタコのどっちだかは分からないが、これがさっきから時々振動を伴って響いて来ていた「喧嘩の余波」だろう。「腕」そのものは即座に引っ込められてしまったが、敷かれた石畳が大きく凹んでいる事と、しっかりと固められていた筈の地面が罅割れだらけになっているのを見ればその威力は想像するに余りある。

 というか、ほぼ街中に振動付きで響き渡る衝撃を受けてこの程度の被害で済んでいる、この石畳の方を称賛するべきだろう。文字通り木っ端みじんになってもおかしくないぞ、今の。


「本当にはた迷惑な――ってまたっ!?」


 と、石畳を観察している間に、再びの風切音。さっきよりちょっと後ろ、と判断して、前へとダッシュした。予想は当たったようで、さっきの罅割れから数メートル離れた所に、ドゴォオオオオン!! と巨大な「腕」が叩きつけられる。

 ……なんか違うもの思い出したな。私はそれなりにテレビに繋いでやるオフラインゲームもやってきたんだが、確かどっかのボスでこんなのが居た気がする。本体には攻撃が届かなくて、こっちへの攻撃として飛んでくる手や足を攻撃して攻略する奴。

 で、いくら大きいと言ってもタコもしくはイカの「腕」ではある訳でさ。昨日の夜のログインの時に、こう、そこそこ大きな「腕」に太めの串を刺して丸焼きにして、たっぷりソースを塗った屋台料理を食べてるんだよね。美味しかったんだこれが。


「…………ふむ」


 いつかのルウに対する感想じゃないけど。

 ……あの巨大な「腕」、料理にしたら何人前かな?

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