第245話 13枚目:儀式島脱出

 さて宣戦布告と徹底抗戦を宣言した所で、時間切れだ。なんのかって? そりゃもちろん、相手のだよ。

 ふ、と一瞬、薄明るい日の光が遮られた。と思って何秒も無く、私達とピエロたちの間に、一瞬風の壁を作るような風圧を伴って、大きな姿が着地した。


『……ほんっっっとうに、心底、心臓に悪かったんだが……?』


 ま、それは当然臨戦態勢のエルル(竜姿)な訳で。姿勢としては私達を庇い、ピエロたちを警戒しながら、声はピンポイントで私に向けている。わぁ、分かってたけど怒ってるーぅ。

 何の前情報もなくその姿を見れば、いや、【人化】した姿を知っていても、受ける印象はラスボスだ。うん。普段私に振り回されている愉快な兄ちゃんは、本来何でもできる系のイケメンエリート士官軍ドラゴンなんだよな。

 だから多分、ピエロの登場でいったん収まっていたというか、統制と戦意を取り戻しかけていた、迷路に開いた穴や周辺の岩場に潜んでいたらしいチンピラ達が悲鳴を上げて逃げるのもやむなしって奴だ。海に飛び込んだ音とかも聞こえたけど大丈夫か?


「無茶を止めるのは無理なので、戻ったら体術だけでも護身術教えてください」

『そうじゃないだろこの降って湧いた系お嬢!? 確かにそろそろ護身術は教えるつもりだったけど!』

「ははは」


 そんな会話をしながら、エルル自身の身体をブラインドにオープさんとネレイちゃんをエルルの背中へと誘導している。だって相手は召喚者プレイヤーなのだ。ここで倒したとしてもリスポーンするだけだし、捕まえるならカバーさん達に任せた方が良い。

 なので最優先目標は、オープさんとネレイちゃんをここから離脱させることだ。儀式? 生贄って言ってたしネレイちゃんが悲鳴を上げてたから、島からネレイちゃんを連れだせば失敗判定になるんじゃないかな?

 ちら、と後ろを振り返ると、包囲している船団が大分近づいてきている。うん。後はクラン連合(仮)にお任せして、一旦離脱だな。


「ふフふ。うっふフふ」


 私もエルルの背中に移動したところで、ピエロから鼻にかかった笑い声が聞こえて来た。方向と言うか位置的に間違っていないだろう。まだ何かあるのか?


「困った、困った……生贄を連れ去られては、準備を相当に頑張って来た儀式は失敗に終わってしまいまスねぇ」

「邪神の儀式なんて失敗すればいいんです。どう頑張っても碌な結果になりはしないんですから」

「うっふフふフふ!」


 生贄呼びされたことでネレイちゃんが怯えてるだろ、このゲテモノピエロ。そしてやっぱり儀式は失敗するらしい。あれだな、「第一候補」を魔法陣の外に出す様なものだな? 私が誘拐された理由がよく分かってないけど、邪神の儀式を阻止できたのは棚ぼただろうか。


「このままでは、大変怒られてしまいますからねぇ。せめて代わりに、数を捧げる事に致しましょう」


 と思ったら、やっぱり碌な事は考えていなかった。しかし、数。捧げる。文脈からして生贄に。しかしこの島には、今逃げ出したチンピラを含んでもそこまで人数が居るとは思えない。

 ……まさか!?


『カバーさん!! 急いで反転、全船舶を島付近から離脱させてください! 元凶が生贄を必要とする儀式を強行しました、周囲ごと巻き込む形で!!』

『了解しました!』

「うっふフふフふフふ!!

[我らが神よ、滅びをもたらすものよ

我らが命を、我らが敵の命を

その終焉を紡ぐ御手を以て――]」


 ネレイちゃんを抱え込むオープさんを、更にその上から支えながらウィスパーを飛ばす。もう船の上で動く人影まで見える距離に近づいていた船団がバタバタと動き出す。間に合うか!?

 ほぼ同時にエルルも上空へ飛び上がり、即座にスピードを上げて此処からの離脱に入った。こちらは流石、あっという間に船団の列を追い越し、更に距離を引き離す。

 【風古代魔法】で保護をし損ねたからか、或いは【王権領域】でのステータスアップのお陰か、いつもより風圧が強い。それでも、背筋を生暖かい物で撫で上げられたような悪寒を感じて、背後を振り返った。


「……っ!?」


 1分も無かった筈なのに、既に私の目でも島はかなり遠く、影でしか見えない程の距離になっていた。船団はその周囲に並んでいて、綺麗に並んでいた筈の並びが僅かに乱れている。

 それでも離脱、あるいは距離を取るには圧倒的に時間が足りない。見ている前で巨大な、禍々しさしか感じない赤黒い光の線で出来た魔法陣が島を中心として広がり、船団をほぼ完全に呑み込んで――



 ドン、と、禍々しい赤黒い光の柱が、天を貫いた。

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