第244話 13枚目:相容れない

 スキル【王権領域】。

 ティフォン様の神域(夢)に招かれた事で手に入ったスキルであり、地味に「第一候補」の軸である「王とは神から民を託された神官」という主張が、この世界フリアド的に「理が通る」事を証明する要因でもある。

 そしてそのティフォン様本神から「邪神が存在する」事は聞いていて、存在自体は知っていた。ティフォン様の姿勢としては敵対している事も。



 そして、今出て来た“破滅の神々”も、知っている。

 ――「決して神殿を建ててはならない邪神一派」として。

 つまりは、元凶で、黒幕で……敵、という事だ。



 【王権領域】を展開した瞬間、文字通りの意味で空間が揺れた。一瞬地震かと思ったけど、それにしては岩が崩れたりしなかったから、揺れたのは地面じゃなくて空間そのものだろう。

 続いてネレイちゃんの悲鳴が止まり、入れ替わるように、急ブレーキの音を何十台分も重ねたような音が響き渡りだした。悲鳴、とも違う感じがするし、何の音だ?

 まぁともかく。発動しかかっていた「儀式」は、最低でも止まったし、最良ならエラーを起こして壊れただろう。その鈍いような高いような音も収まったタイミングで【飛行】を意識して、動作としては大ジャンプで崖の上へと戻る。


「秒で治るかすり傷程度で、殺したつもりにならないでくれます?」


 長い髪を束ねて引っ張るようにして海水を絞る。あーもー、せっかくアラーネアさん達が作ってくれた服が早くもボロボロだ。中身の私には傷1つ無いけど。

 うん。確かにダメージは通ったし、痛みは感じたよ? けどな、私は最大体力よりその回復力の方が高いしよく鍛えているんだ。私に痛打を入れたいんなら、それこそ島1つ消し飛ばせるぐらいの瞬間火力を持って来るんだな。

 鬼族の鍛冶場で【環境耐性】が鍛えられたお陰か、寒さも耐えられない程じゃないし、環境由来のダメージは入っていない。濡れて服が張り付くのが微妙なだけだな。


「るみちゃ!」

「はい、ルミルですよー。びっくりしましたが、逆に言えばそれだけです。迷路にあった地雷の方がまだ派手でしたね」


 どうやらこの短時間の間に、素手でなおかつネレイちゃんを抱えたままオープさんは結構戦っていたらしい。全身擦り傷、というには鮮やかで深い傷跡だらけだな。

 それをやったのは、私の背中を切りつけたあの詳細不明の人影らしい。確かに、召喚者プレイヤーとしても結構な強さなのだろう。

 帽子を脱いで体の横で振り、中に溜まっていた水分を追い払う。手で顔をぬぐって濡れた前髪を整え、帽子をかぶり直した。その間その人影はじっとこちらを窺っていたようだ。まぁステータスが4割も下がっていれば、いつもと感覚が違うのはすぐ分かるか。


「……うっふフふ、驚きまシた」


 私がオープさんの横まで移動したところで、その人影の後ろから追加の人物が現れた。ノイズとエコーがかかった、鼻にかかったような声。これはもしかしなくても、先程大々的に名乗りを上げていた奴だろう。



 それは、一見して奇妙、あるいは、不気味と呼べる姿だった。

 着ている服は、簡単に言えば暗めのオレンジ色と黒の縞模様を基本とした、手袋やベルトといった部分が血の染みだらけのピエロ服、となるだろう。

 しかし、そのシルエットがまずおかしい。どう見ても腕は5本以上あるし、足もおそらく同じぐらいはある。外に出ている分だけではなく、人間の形になっている部分に絡みつくようになっているものもあるようだ。

 そして顔には仮面をつけているのだが、その仮面も、右半分が無数の眼球に埋め尽くされ、左半分は爛れ崩れたヒトの顔になっている。髪もセットになっているのか、右半分は蠢くようにねじれた黒髪で覆われ、左半分はケロイド状になった皮膚が露出しているように見えた。



 普通に歩いてきたし、普通に会話できている以上【王権領域】の範囲には入っている筈だ。筈だが、そのピエロ姿の目前1mぐらいのところに何か、陽炎のように揺らめくものが見えた。

 そして、あの陽炎っぽくなっているのは微妙に見覚えがある。5月イベントの時に、世界の果てで見えたものに近いんじゃないだろうか。

 ということは……もしかして、【王権領域】が押し込まれてる? 向こうも何か、範囲型のスキルを発動していて、スキル同士がせめぎ合う事でその境界線があの陽炎のようになっているのだろうか?


「手抜きをしない性分だとは知っていますから、文字通りの全力で斬って「かすり傷」でスか。うっふフふ、生き物、止めてまスね」

「は。そっちの火力が貧弱なのが悪いんでしょう。クリーンヒットしてこんな少女の薄皮一枚まともに切れないとか、ペーパーナイフでももうちょっと切れ味があると思いますが?」

「うっふフふフふ。煽りますねぇ」


 こうやって会話しているところを見ても、口が動く様子が無い。喉は肩まである大きな、こちらも血の染みまみれになったような色合いのラフに隠れて見えず、仮面を被っているだけだと分かっていても大変不気味だ。人形と喋ってる気すらしてくる。

 視界の端で、底上げされた自然回復によりじわりとオープさんの傷が癒えていくのを確認しつつ、まだ陽炎のこちらにいる……つまり、私の【王権領域】の効果範囲内に居る人影にも警戒を払いながらだから、なかなか大変だ。

 種族が何かは分からないが、思想的には間違いなく敵だな。とはいえここまでの言い回しからして召喚者プレイヤーなのは確定、つまり、ただ仕留めてもリスポーンするだけだ。さて、どうしたものか。


「……先程の口上」

「ふむ?」

「別に信仰は自由です。周りに迷惑をかけるなら、迷惑になる部分とは戦いますが。勝手に自滅するのを止めてやるほど私は優しくないので。信じたものの為に死ぬなら勝手に死んでろ、と、思います」

「うっふフふ、言いますねぇ」


 少し考えて選んだのは、時間稼ぎだった。時間が味方するとは限らないが、少なくともエルルは私を迎えにこちらへ向かっている筈だ。捕縛にしろこの島にある筈の「儀式場」の破壊にしろ、エルルがいればどうとでもなるだろう。

 あとは、はっきりさせておきたかったのもある。単なるロールとしての「敵役」なのか……心底、決して、趣味嗜好が相容れない、お互いに関わらない以外の穏便な解決が無い相手なのか。


「だから、私が問うのは1つだけです」

「はい、なんでシょう」

「滅びを求める、その理由は……「何」ですか?」

「おや、おやおやおや、何かと思えば、そんな事でスか?」


 大げさな動作で両手を上げて、驚きを表して見せた警告色のピエロ。まぁ、そんな事と言われても仕方ないな。普通はもうちょっと役に立つことを聞くだろう。例えば、今の儀式は止まったのかとか、何をするつもりだったのかとか。

 確かに必要だとは思うが、それは多分この島を『本の虫』の人達が調べればわかる事だ。他力本願あるいは丸投げである。


「それはもちろん、見たいからでスよ」


 ……返って来た言葉は、ひどく愉しそうで、実に浮かれた、軽い調子だった。


「自分達が掲げる名前にしてしまうほどバッドエンドが好きなんでスよねぇ。救いは無ければ無いほど良い。登場人物が全部死んでそれでも世界は何も変わらなかったとか。だから見てみたい。この世界からモンスター以外の生き物がいなくなった様を。そしてその後モンスターも駆逐したら? 本当の意味で空っぽになった世界を、その後に何も続かない真っ暗な未来を、無残に痛めつけられ崩壊し荒れ果てた光景がどこまでもどこまでも続く世界を――見てみたい。作ってみたい。それだけでスが?」


 一応言っておくが、別に私はバッドエンドを否定しない。私の趣味ではないが、それを好きだという人がいるのは知っているし、趣味嗜好は人それぞれで、それを否定してしまったらそれこそ戦争或いは差別だ。

 好きな物を好きでいる事は罪ではないし、個人で楽しむ分には好きにすればいいと思う。同好の士と集まって語り合うのも自由だ。まぁ、二次創作なんかも、本人達が楽しいだけならそれを邪魔することは無い。

 けど。


「なるほど、よく分かりました。――あなた方を、この世界フリアドから追い出すしかない、という事が」

「うっふフふフふフふ!」


 それを他人に押し付けるどころか、他人が目指す結末を強制的に捻じ曲げてしまうなら、話は別だ。それはやっちゃいけない。さっき言った通り、他人の趣味嗜好を否定するなら、それは、戦争或いは差別となる。

 そしてフリアドという世界が迎えられる結末は1つきりで、たぶんやり直しはきかない。そして私自身はハッピーエンドが好きだ。そちらを目指していろいろ頑張ってきている。

 なので、


「戦争でスねぇ!」

「えぇ、戦争です」


 お互い、絶対に相容れない、住み分けて関わらないようにする以外で平和には済まない、同じ場所に居る時点で戦いが避けられない相手、という事だ。

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