第235話 13枚目:不明な目的

 ディックさんは路守みちもりであると同時に、この大陸に居る渡鯨族の長でもある。彼らの長を選ぶ基準には色々あるらしいが、まず第一に来るのが身体の大きさなのだそうだ。

 なので、そのディックさんが背中に乗せているこの船が、少なくともこの大陸において最大の船となる。だからこの甲板も相当に広い。本当に船の上かと思うほどに広い。

 だから素材をインベントリにしまい、大型でインベントリに入れられない道具を抱えて逃げて来た『本の虫』の人達がまず行ったのは、広いからこそいくつもある甲板へ続く扉の、1つを除く厳重な封鎖だった。


「相手の進路を誘導するのは基本中の基本ですからね」

「……俺から見てもかなりヤバそうなトラップが仕掛けられてるのは気のせいか? あれ、壁や天井をぶち抜いていった方が安全で楽だろ」

「なるほど。相手は爆発物を使っていましたし、そういう通り方も警戒しなければなりませんか」

『あぁ、爆発物については心配いらぬぞ。現在この船は儀式場であり、降ろしているのは水司る神だ。基本的に火は無効化される。先ほどの「第三候補」のように、船の外へ、害意を食い止める為に使うなら話は別だがな』

「先に言ってくださいよそういう事は。危うく不発だったとか怖いんですが?」


 入れっぱなしだった【火古代魔法】を【水古代魔法】と入れ替えながら聞いたところによると、ここまでの大人数の侵入を許したのは、虫下しにより仮死状態となったクレナイイトサンゴを運び込む船が乗っ取られていたせいだったようだ。あー、それなら無警戒で近づけても仕方ないか。

 そしてクレナイイトサンゴを入れている筈の水槽部分も、水が抜かれて召喚者プレイヤーがみっしり詰め込まれていたのだとか。最初の不意打ちから、一気に襲撃してきた為ひとまず退避してきたとの事。

 ……うん。水槽が空だったって事は、つまり、そこに入っていた筈のクレナイイトサンゴは何処に行ったって話だ。


『なるほど。「第三候補」が召喚者同士の同士討ちが起こっていると言っていたが……』

「完全に乗っ取るまではいかずとも、行動を操るぐらいなら最初の接触位置次第ですぐ可能なようです」

「正気か、そいつら」

「狂人なんじゃないですか? 少なくとも理解が出来ないという意味で」


 確証は何もないが、たぶん間違っていないだろう。

 召喚者はそもそも「世界を救うために召喚された」という大前提を考えると、ある意味でシナリオに真っ向から喧嘩を売っている。畑の雑草を手で取ってもらう為に雇った人がミントをばら撒いたようなもんだ。どうなるかは各自で調べて欲しい。

 となると、その動機がさっぱり分からない訳だが……嫌な予感がするんだよなぁ。こう、ひしひしと。


「……。[シールド]!」

「「『?』」」

「お嬢?」


 現在は魔法陣の真ん中、ひいては甲板の中央に居る「第一候補」にも聞こえるように、魔法陣の近くで話を聞いていた。この場における簡易の司令部でもある為、カーリャさんとパストダウンさんも合流している。

 周囲は甲板とは思えない砦っぷりになっていてどこからそんな資材が出て来たんだろうと思うほどだが、私はとっても、すごく、大変嫌な予感がして、両手を床に当てて防御力を上げるアビリティ魔法を行使した。



 種族レベルのキャップが外れてそんなに時間は経っていないが、その短い間でも出来る限りのレベル上げはしている。そしてこの船はこの大陸最大の船であり、つまり最高の船でもあるという事だ。

 ……そう、耐久度も含めて。

 で、今使ったアビリティ魔法は「割合上昇+固定値」となる。もちろん係数としては微々たるものだろうが、元々が破格に丈夫なディックさんの船に、ステータスの暴力である私が防御をかけるとどうなるか、というと。



 ッッドン!!!

 という、下から突き上げるような衝撃がきて……下の方から、流石にちょっと動揺したようなどよめき声っぽい振動が伝わって来た。


「……まぁ「第一候補」が嘘を言う理由もありませんし、その自信は経験に裏打ちされているので、言葉通り「通常の火に類する力は使えない」という前提で話を進めましょうか」

「そうですね。以前の事件から考えて他の神の影響や力が及んでいる可能性は高いですし、その力があれば不可能ではないのも確かです」


 明らかに爆発物、先程「第一候補」が「無い」と言い切ったものによる衝撃に対し、そうフォローを入れておく。挽回した筈の名誉が吹かれて飛んで行ったなんてなったら更に凹むからな。この緊急事態にそんな暇は無い。

 カバーさんもさっと話を合わせて侵入者へと話を持って行ってくれた。いいか? 凹むなよ? というか凹んでもいいけど今とっても緊迫したシリアスな場面だからな?


『…………うむ。まだ気配までは分からんが、そうであるな』


 よし、ギリギリ即座に立て直せたようだ。

 そして防げたと言っても対処が不要という訳ではないので、カバーさんとパストダウンさんは二手に分かれて指揮に向かった。残ったのは護衛である特級戦力の私とエルルとカーリャさんだ。


「と言っても、この間やらかした神々はちゃんと罰を受けたんだろ。その直後にこんな大がかりな事をやるか? 流石に後が怖いからしばらくは大人しくしてると思ったんだが」

「まぁ代理戦争を要請しておいてその上で自分も動くのはアグレッシブに過ぎますねぇ。バカという意味で」

「……お嬢、否定は一切できないけど流石にそれは直球過ぎないか」

「そうじゃない可能性が高いから大丈夫でしょう」

「大丈夫か……?」


 とはいえ、その目的は未だに全く見えていない。此処までの動きからまっとうな召喚者プレイヤーの動きを妨害したいのは分かるけど、妨害してどうするつもりなんだろうね?


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