第236話 13枚目:籠城戦中


 さて爆発物による天井(床)ぶち抜きからの強襲が失敗したらどうするかというと、それはもちろん正攻法しかないだろう。船とディックさんの間には緩衝材兼固定用具があって、それは通常の人間種族ではどうにもならない強度があるからね。

 という訳で、1か所わざと何も仕掛けなかった甲板への入り口から戦闘の音が聞こえ始めた。それ以外からも、トラップが発動したらしい音が聞こえてきている。

 ……まぁ、大規模レイド戦の指揮官を出来る人が2人も居て、準備にそれなりに時間をかけられたんだ。タワーディフェンスとか得意だろうし、そうそう簡単に抜けれるような防御ではないだろう。


『ふと思ったのだが、「第三候補」』

「なんでしょう?」

『さっき使った防御力上昇の魔法だが、もしや船全体に作用しているのではないか?』

「……そう言えば妙に魔力消費が多い気がしましたね」

「範囲指定しないからそうなるんだぞ」


 そういう理由もあり、現在この船の強度はほぼ破壊不能レベルにまで上がっているようだ。いよいよ真っ向勝負しかない訳だな。……閉所での攻城戦か。しかも優秀な指揮官付き。めちゃくちゃ難易度高いのでは?

 ちなみに砦の中に守られた場所では、中断されていたクレナイイトサンゴを使った虫下しの作成が再開されている。確かにこれの補給が滞ったら一大事だからね。

 あくまでこの船は予備拠点であり、港の方でも出来るとは言え、召喚者プレイヤーがクレナイイトサンゴに感染して混乱しているとなれば虫下しの消費は加速するだろう。なら、少しでもたくさん必要なはずだ。


「しかし肝の据わった薬師達だな……まぁ問題は運搬だろうけど。完成品も材料も」

「確かにそうですが、それは多分対策していると思いますよ」

「?」


 戦闘音の方に注意を払いながらエルルが呟いたが、私はそれに対し、上を見上げながら答える。

 うん。現在甲板は中央に魔法陣があり、その魔法陣の周りに生産拠点として各種大型の道具が設置されている。そしてその外側をぐるりと取り囲む形で、砦或いは防壁が聳え立っているという感じだ。

 つまり何が言いたいかというと……空は完全フリーなんだよな、これが。


「はぁい。お久しぶりよー、「第三候補」さん。また一段と可愛くなったわねー」

「えぇ、お久しぶりです、空の魔女さん。今回もよろしくお願いしますね」

「もちろんよー」


 そしてそのフリーになっている空から声をかけて来たのは、相変わらず空戦一筋の道を突っ走っている「空の魔女」さんだ。大嵐が近くにある影響で曇っている中、空色の魔女装束はぽっかり空いた青空のようにも見える。

 うん。だって『本の虫』の人達が、魔法陣の脇のスペースにヘリポートみたいな場所を作ってたんだよ。そんなの空輸で使う以外の用途なんてある訳ない。で、空となれば「空の魔女」さんが来るよね。

 そしてやってきた「空の魔女」さんは、その箒に大きな箱を吊下げていた。たぶんあの中に仮死状態のクレナイイトサンゴが入っているのだろう。


「それにしても、この船ってこんなに物々しかったかしらー?」

「直接の襲撃が発生しましたので、厳戒警戒中というか戦闘中です」

「あらまぁ」


 予想通りその箱にはクレナイイトサンゴが入っていて、軽量化の工夫が色々と成された特製の水槽だったようだ。完成品の虫下しはインベントリに入るから、私と会話しつつ「空の魔女」さんは完成品を箱で受け取っている。


「でも、「第三候補」さん達が前に出れば、あっという間に片付かないかしらー?」

「私やエルルが本気を出すと、一撃で済む代わりに船が真っ二つになりますから」

「あらまぁ」


 ちなみに何で私がこんな呑気に話をしているかというと、そういう事だからだ。うん。これは早急に手加減を覚えないとダメだな。特級戦力の中でも完全に最終手段扱いだ。切っちゃいけない切り札になってる。

 普通にワイワイしたい気持ちもある私としては、普通に出来るならしてみたい。……皇女でエルル(護衛)が居る以上無理だって? 努力次第だと思いたいなぁ。


「まぁでもー、ここが本当に落ちることは無いでしょうしー、私もやるべきことを頑張るわー」

「はい。今のところ対空戦術はそこまで発展していないようですが、お気をつけて」

「えぇ、「第三候補」さんもねー」


 たんっ、とヘリポートもとい甲板を蹴って、来た時より気持ち早く「空の魔女」さんが飛んで行く。それを見送って、さて、と戦闘音の方向を振り返った。


「お嬢?」

「観戦も出来ないのでは流石に退屈です」

「理由。……けどまぁ、あんまり長引かせても問題しかないか」


 周囲に砦が出来たって事は、つまり視界が遮られてるって事だ。つまり砦の内側しか見えない。安全は安全だろうが、大規模海戦の観戦が出来ないのだ。

 なんか大怪獣達の咆哮みたいなのも聞こえた気がするし、混乱が収まってきて動きが揃ってきてるだろうし、佳境だから見たいんだけど、襲撃されてるせいで見えないのだ。

 ならさっさと片付けてしまうしかない。という判断を、エルルも承諾してくれるらしい。戦闘が長引くのは歓迎できる事じゃ無いからね。そもそも乗っ取られた部分にどんな小細工されてるか分からないし。


「いいけどお嬢は控えててくれよ?」

「エルルより前には出ませんよ。というか、手加減が魔法でしか出来ません」

「……お嬢の場合、加減しても火力が高すぎるからな……」

「エルルはどうやって加減してるんです?」

「俺は魔法苦手」


 ……。

 ナギカマさんの所で言ってたな、そう言えば。あれってもしかして、威力が加減できないって意味だったの?

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