第192話 12枚目:外洋調査船
週末はログイン時間を長くとれるが、それでも目新しい物は釣れていない。エイ族の誰かさんもあれから接触してこないし、ある意味平和と言えば平和だ。問題解決の兆しが無いとも言うけど。
大分煮詰まってきたのもあり、2回目のログインでは気分を変えて、もう少し遠くまで行ける、渡鯨族の人による外洋行きの船に乗せてもらう事にした。
あぁあと、高レベル【裁縫】スキル持ちって事で蜘蛛なプレイヤーさんが乗ってた。お久しぶりー。更に進化したみたいで、一輪台車ぐらいだったのが、馬ぐらいに大きくなってる。
『うふふふふお久しぶりです「第三候補」さんにお付きの方。ところでそのお召し物ちょっと詳しく調べさせていただいても? 鎧と服とが【人化】に合わせて切り替わるその仕組み、大変気になるのですが』
「流石にそれは、俺は仕組みまでは分からないし修理も出来ないから勘弁してほしいんだが……?」
人間だったら手をわきわきさせているのだろう動きも、馬ぐらいある黒に紫ラインの入った蜘蛛がやったら迫力満点だね。ちなみにお名前はアラーネアさん。……蜘蛛じゃん。ラテン語だけど。
ランダム選択だった筈なのに名前と種族が完全一致している奇跡。これはもう【裁縫】を極めろというお告げだなと解釈したアラーネアさんは、だからこそここまで投げずに頑張って来たという。モチベーションって大事だ。
まぁ元々服のデザインを考えたり着せ替えたりするのが好きな人らしく、一切不満が無いどころか器用ステータスと【裁縫】に補正が入る蜘蛛をエンジョイしているらしい。『スターティア』観光ツアーで【裁縫】用の生産道具が手に入って大変捗っているとのこと。
『「第三候補」さんも、ドレスが着れるようになった際はぜひ、是非一着と言わず何着でも作らせて頂ければと首を長くしてお待ちしておりますね。蜘蛛ですから首無いんですけど』
『ははは。考えておきます』
エルルが押されているとか珍しい。私にも声をかけてくるあたり、全体的に押しは強いが楽しそうで何よりだ。
さてまぁそんな賑やかな船での短い旅だけど、メイン目的はいつもと違う場所で釣りをする事だ。エイ族の人達は主に沿岸近くに居るそうなので、この辺だと根掛かりを気にする必要は無いらしい。
という訳で、さっそく竿をポーイ。
『うわ、反応が早い!』
「おっと。確かにこれは早いな」
した瞬間に竿がしなり、条件反射で引っこ抜くように動かすと、なんかマグロみたいな魚が釣り上げられた。めっちゃ赤いけど。ペンキでも被ったのっていう程全身目に痛い赤色だけど。
ちょっと離れた所では、ほぼ同時にエルルが竿を引き上げていた。そっちに掛かっていたのはなんか小さいサメみたいな魚? だった。黄色と黒の縞模様だけど。
ビチビチと船の上に落ちて元気に跳ねまわっている魚? を【鑑定☆】。えっ、普通の魚なのこれで? モンスターじゃなくて?
『……食べるんですかこれ』
『美味しいですよ? 特にたたきにすると』
『ほう』
同じくちょっと離れた所で釣りをしていたアラーネアさんが教えてくれた。あちらはあちらでえらくギラギラ鋼色に光る鯛? を釣り上げて……あ、殴った。殴ってからインベントリに入れたって事は、あれはモンスターだったのか。
『うふふふ、そういう意味でも重ねて「第三候補」さんには感謝ですね。何せ【解体】があれば食べられる幅が増えますし、最終的な素材の量がずっとずっと多いので』
『私に【解体】を教えてくれたのはエルルですから、エルルにどうぞ』
「基本中の基本だから礼には及ばないぞ。というか、お嬢だって俺が戦ってる所見てたら自然と出来るようになったんだろ」
『あらまぁうふふふふふふ』
ころころ笑いながらもアラーネアさんは釣り上げる手を止めていないし、私もエルルもひょいひょい釣りながら応答している。なんだろうね。入れ食いってこういう事かな?
しかし魚が多い。沿岸と外洋でここまで釣れる割合が違うのは素直に驚きだ。沿岸では半分生き物ですら無かったからなぁ。
『あら、あら? でもおかしいです、私はほぼこの外洋行きの船に常駐しているみたいなものですけど、ここまで釣れる事なんてありませんでしたよ? 港に帰って魚だけを集めたらバケツ一杯分でしたなんてことも珍しくないんです』
『つまり、この現在の状態は異常である、と?』
「そうですね」
「うおっ!?」
くり、と頭を傾げながらアラーネアさんが疑問を口にしたのに、変わらず入れ食い状態で釣り上げながら確認を取ると、背後からカバーさんの声が極自然な感じで入って来た。……エルルが驚いてるって、いつ来たの。
私は籠に入った状態で【念動】や【飛行】を駆使して釣り竿を操っている。だから極論、釣り竿を見ておく必要は無い訳だ。なので、後ろを振り返ってみた。そしたらそこにはカバーさんだけではなく、私が釣り上げた魚をせっせと集めて運んでいる『本の虫』の人達が。お手数おかけします。
さてそれはそれとして、私が居る間はまず間違いなく居るカバーさんだ。船に乗っている事自体に疑問は無い。元々調査目的の船で、実質『本の虫』の人達の専用船だし。
「更に不思議な事に、ここまで入れ食いになっているのは船後方の右舷側のみです。「第三候補」さん、撒き餌などは使用されていますか?」
『いえ全く。撒き餌どころか餌を着けてもいない、店売りのルアー針ですが』
「ええ、一応の確認です。「第三候補」さんとエルルさんだけではなく、特定の範囲で【釣り】を行えば誰でも起こるという事は、種族関係でもないですし」
「いくら俺らが色々普通と違うって言っても、流石にそんなピンポイントな特殊能力は無いな……」
今度は錆鉄の塊……に見えたんだけど、甲板に落とされるとビチビチ暴れ始めたのであれも魚だったらしい。サンマぐらいの魚を釣り上げていたエルルが緩く首を横に振りつつ反論した。
『というか、そんな能力があったら沿岸でももうちょっと魚が釣れている筈ですよね』
「そうですね。なので原因は、今回の状況あるいはルートにあるという事でしょう。ちょっと船頭さんに話を聞いてきます」
そう言ってカバーさんは立ち去って行った。なお、この間もひっきりなしに魚がかかっては釣り上げられている。たまにモンスターが混ざってるみたいで『本の虫』の人達が攻撃を叩き込んでるけど、魚が9で魚型モンスターが1ぐらいじゃないだろうか?
生き物以外については引っ掛かりすらしない。漁として考えたらこれ以上ない程良い結果だけど、一体何が起こってるんだ?
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