第191話 12枚目:不穏の気配

 網の件やらエイ族の誰かさんとの会話からの情報周知が済んだ頃には、イベントも折り返しが見えてくる5日目だった。週末なので平日よりはたくさんゲームが出来るぞー。……まぁ、普段の週末より出来る時間は少ないけどさ。

 休憩という名の息抜きというか若干の現実逃避に外部掲示板を覗いた限り、今の所エイ族を釣り上げたという話は出ていないようだ。こちらが避ける事が周知されているのか、あっちが上手く逃げているのかは分からないけど。

 しかし、ビニールのような何か、ねぇ? フリアド世界ではその全ての物事に「理が通る」。恐らくそれが、「自由」の大前提だからだろう。「理が通り」さえすれば何でも出来る、という。


「居座る嵐。不明尽くしの漂着物。……なーんか繋がりそうな気がするんだけどな」


 そしてその予感が当たる場合は、大概碌な事ではないのだ。




 ログインしてから『本の虫』の人達が纏めているイベント情報を確認してみると、おおよそ生態系については異常が無い事が分かってきたらしい。一部イレギュラーとして、本来なら外洋を回遊して沿岸には近づかない魚や、もっと北方の冷たい海に居る筈の魚が釣れることがあるようだ。

 エイ族への注意喚起はトップにでかでかと書き記してあって、これでもし万が一エイ族に危害を加えれば、その瞬間『本の虫』が敵に回るという無言の宣言がなされてあった。流石だわ。

 なお謎の漂着物の解析から、あの嵐に巻き込まれたと思われる船で一番古い物は、なんと100年以上前の物だったらしい。つまり、あの嵐が居座り始めたのは、最低でも100年前からとなる。


「へー。いやまぁ、渡鯨族の寿命は人間よりちょっと長いぐらいだからなぁ……森人族は海に興味ないだろうし」


 なお、100年ぐらいはそんなに長く感じない長命種であるエルルの感想はそんな感じだった。なお、森人族とはエルフの事だ。こちらもかなり長命な種族のようだが、嵐について知っているかどうかと言われると無理がある感じっぽいかなこれは。

 でまぁ嵐の発生時期がある程度絞り込めたところで、現在注目が集まっているのが、エイ族とあのビニールっぽい謎の物体だ。

 エイ族は言わずもがな、聞き取り調査の相手及び謎の物体を集めてくれる協力者として。そして謎の物体は……。


『スキル付きの槍でも貫けず、大槍でどうにか。海のモンスターと戦いに来ていた鬼族の刀でも表面に薄く傷がつくのみ。横に引っ張ったら3倍ほどまで伸びてまだ破れる様子が無い、となると、丈夫とかそういう次元ではないのでは?』


 ビニールっぽい、と言ったが、実にファンタジーな耐久性能をしていることが判明した。どうやら渡鯨族の人達も、時々魚の腹から出てくるから知ってはいたが、その正体については分からないままらしい。

 その扱いについて生産スキルは別枠になるらしく、十分レベルを上げた【裁縫】なら加工出来る様だ。耐水性も十分高いという事で、まだ海中散歩を諦めていない召喚者プレイヤー達により、ウェットスーツへの加工が試みられているとの事。

 ……あのエイ族の誰かさんは、さらっと何でもないように棘で仕留めゲフン引っ掛けていたから、やっぱりあの棘は防御貫通か防御無視属性持ってるな? 毒付きでそれってエグいよね?


「……【裁縫】で加工できるって事は、なんかの皮の可能性が高いな」

『そうなの?』

「そうなんだよ。しかし、千切れた皮でそこまでの耐久性持ってるって相当だぞ」

『……エルルが相当って言うと、召喚者にとってはつまり絶望なんじゃ?』


 うーん、と私経由でその情報を知ったエルルは、そう呟いていた。その言葉に対して聞き返すと、すっと視線をそらしてしまう。あ、うん。そういう事ね。

 まぁ『スターティア』観光ツアーから召喚者プレイヤーもレベルを上げて強くはなってるだろうけど……レイドボス挑戦イベントの結果を考えると、ねぇ……?

 まぁそういう訳で、ある意味順調に不穏な気配も強まっている。出来れば折り返しまでにもうちょっと決定的な情報を手に入れておきたいところだけど、さてどうだろう。


『とりあえず、超重量物を主に回収しながらあの謎の皮も集めて、情報の絶対量を増やそう。解析は『本の虫』の人達がしてくれるだろうし』

「んー、まー、そうだな。それしかないか」


 今こうしてる間も『本の虫』の人達が主体となって、情報の収集と解析は進んでいる筈だ。すっかりイベントの裏を探るのが常になっているけど、このイベントは釣りがメイン目的なんだし。

 今のところ何とか日替わりの特殊ポップは取り逃していない。出来ればこのまま最終日まで取り逃さずに釣り集めて、図鑑のコンプリートを目指すんだ。

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