第180話 11枚目:鬼神覚醒

 まぁとにかく、だ。

 これで鬼神様こと“角掲げる鉄火にして卜占”の神の権能は戻ったと見ていいだろう。なんかいつの間にか足元に広がってた筈の炎が吸い上げられて、鎧みたいに全身覆ってるし。

 事前に聞いていた「第一候補」の話では、ここまでくればあと一段階、まだ折れている方の角に刺さった矢を抜いて、槍の雨をしのぎ、角を治せばいい筈だ。


『……なんか、バーサーク入ってませんか……?』

「あ、やっぱお嬢もそう思う?」


 の、筈なのだが。自信に似合いの大きさの金棒を奉じられて受け取った“角掲げる鉄火にして卜占”の神が、こう、荒ぶっている……と、言えばいいのだろうか。

 顔が文字の通りに恐ろしい鬼面となっているし、零れる声も、声と言うか唸り声だ。炎が鎧になっているのもあわせて、下手に気配を察知されたら殺されそう、というのが正直な感想となる。

 そしてそれは鬼族の鍛冶師さん達や、巫女さんや宮司さんも同様だったようだ。そろ、そろ……と、気配を薄くしつつ、ゆっくりと静かに撤退を始めている。


『一応、確認しておきましょうか……。――「第一候補」?』


 エルルに抱え込まれて守られ、真っ黒な刀身の中央に1本真っすぐ黄金の線が走っている、というグレートソードを、抜いたところは初めて見たなぁとちょっと現実逃避しつつウィスパーを飛ばす。

 ……うん? ウィスパーを、送ったよな?


『……割と本格的に、まずいかも知れませんねぇ……』

「っつーと?」

『「第一候補」に連絡してみたのですが、応答がありません』

「……応答してる余裕が無いのか、そもそも連絡が届いてないのか、か。どっちにしろヤバいな」

『ヤバいですね』


 うん。流石エルル、すぐ事態のまずさを察してくれた。ずず、と、出来るだけ音をたてないようにグレートソードを地面から引き抜きつつ、今のところ動きの無い“角掲げる鉄火にして卜占”の神へと向ける。

 抱え込まれた状態からエルルの頭の上へと移動して周囲を見ると、鬼族の人達が遠くで手を振っているのが見えた。どうやらうまく撤退できたようだ。……まぁ、実際暴れ出したらどれだけの範囲に被害が出るかは分からないんだけど。

 その場合は……うん。申し訳ないが、氷漬けもやむなしって事で。大技の心構えだけはしておこう。


『とりあえず……「軍勢」と「水の術」を打ち破る段階は、上手く行ったはずなのですが』

「そうだな。様子見る限り、権能は両方戻ったみたいだし……」


 ずっ、とグレートソードを地面から引き抜き、鯉口側から見ると大文字のJみたいな形をしていたらしい鞘に乗せるようにして納めるエルル。曲がった所に蝶番で留められていた板を引き上げて、鞘の形をJからUに変えた所で、左肩の辺りにあったらしい留め具を止めたようだ。

 こんな巨大な剣どうやって抜くんだろうと思っていたのだが、こうやって抜くらしい。なるほどね?(現実逃避)


『後は……角に、矢が刺さっている、との事ですが』

「……無いな、それっぽいもの」


 でまぁその間も“角掲げる鉄火にして卜占”の神から視線は外していなかった訳なんだが、変化は無いし折れた角に異物があるようには見えない。荒ぶった様子のまま動かない。

 うーん困った。この場合どうすればいいんだ? もしかしたら表面上大人しくなっているのは現在進行形で「第一候補」が説得してるからだとかいう可能性もある。その場合、フェーズ或いはステージの進行は中断するのか?

 とすると問題なのは、この荒ぶった状態で、半自動的にフェーズ或いはステージが進行する事、か。その場合、難易度がガクッと上がる事になる。何せ、荒ぶる鬼神様と槍の雨及びそこに紛れる矢を、まとめて相手しなきゃいけないからね。


『ま、想定したらその中で一番悪いものが当たるのもよくある事です。エルル、迎撃しつつの回避、いけますか?』

「だよなぁ……。まぁそれでも何とかするしかないんだろうが。とりあえず、周辺被害は諦めて貰うか」


 何度目かになる、ざわ、と空気自体がざわめく感覚。確か次の場所への距離自体はそんなになかった筈だ。だから移動は問題ない、というか、移動しなくても「次」に進む条件が満たされたという事だろう。

 同じくその感覚を感知したのか、少なくとも表面上は静かだった鬼神様の唸り声が大きくなった。身に纏う鎧のような炎も、ごう、と燃え上がり始める。


『背中に注意しつつ槍の雨の叩き落としですかー。実に難易度が高い』

「背中っつか周辺一帯だけどな。お嬢、一応足場の準備頼む」

『空中を走る感じですね? まぁ迎撃ならそれが一番ですか。トーチも併用してざっくり縁が分かるようにしておきます』

「助かる」


 インベントリから無銘の大太刀を取り出したエルルの頭から【飛行】を使って飛び上がる。ここからは補助メインだな。まぁ、必要なら薙ぎ払い型ブレスで援護とかもするけど。

 一応「第一候補」には、取るべき行動が分かり次第知らせてください、というメールを送っておいた。何せ鬼族の神だからね。物理でぶん殴って正気に戻せとか言われても納得しかない。

 ヒュ――と風を切る音が聞こえて来たので、詠唱破棄で魔法アビリティを発動する。


「[エアロステップ]! [トーチ]!」


 前者は私もかなり使っている空気の足場。後者は効果のない灯りだ。空気の足場を階段状及び“角掲げる鉄火にして卜占”の神の周囲を半円形に囲むように出して、その縁へとガイド代わりに灯りを配置する。

 エルルはそこを駆けあがっていき……途中で、慌てて引き返してきた。


〈オォ――――ォオオォオォオオオオオオオオ!!!〉


 その動きの一瞬後、完全に暴走してる感じの雄叫びと共に“角掲げる鉄火にして卜占”の神が手にした金棒を、思い切りぶん回した。当然周囲の足場もいくつか吹っ飛んで……飛んできていた槍の雨も、ほぼ全て折れるか吹き飛ぶかして、無力化されている。

 さっすが本物の神、威力の桁が違う……、と、エルルが緊急回避した理由を察している間に、槍が飛んできた方向へと移動していく“角掲げる鉄火にして卜占”の神。完全に怒りに我を忘れてるなあれ。


『まぁ追うしかない訳ですが。「第一候補」、早めに対策なり解決策をお願いしますよ……!』


 エルル(竜姿)と“角掲げる鉄火にして卜占”の神の取っ組み合い、とかいう事態にはならない事を願いたい。それこそ、ここら一帯更地になる程度ならマシって被害が出るだろうからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る