第177話 11枚目:インターバル

 本来の相手が鬼族であるからか、横から新たに湧いてきたり森が騒がしくなったりという変化も特になく、ひたすらに翼を広げた長さが1mを軽く超える蝙蝠の群れを撃退し続けて2時間後。


『後続、見当たりませんね。……時間もちょうどですし、これで終わりでしょう』

「っふぅ、意外と集中がいったな」


 最後の一匹を斬り払い、流石にエルルも軽く息を吐いた。手にした大太刀をインベントリに戻して、途中で折れた2本の大太刀を回収している。私はその右肩に着地した。いやぁ、インベントリからの抜き打ちとか初めて見たよ。操作が早いとかそういう次元じゃない気がする。

 一応残心と言うか、警戒は切らずに周囲を見回す中、真後ろから、ほう、と鳴き声がした。

 エルル共々振り返れば、そこには一羽の大きな梟。全体に赤みがかっている事、ミミズク、あるいは角のように、2枚の羽が立っている事から、先程森に飛び込んだ……“角掲げる鉄火にして卜占”の神が姿を変えた梟だろう。


〈……西方の、竜族か〉


 そして喋った。……まぁ、喋るか。神だし。現時点では姿を変え、火と鉄の権能を失っていても、鬼族の鍛冶における元祖或いは源流だ。格としては、ティフォン様程とはいかなくても、比較対象に出来る程度には高いだろう。

 鬼族が住んでいる此処は東の果てだ。だから大概の種族は西方になるのだが、まぁその辺は置いといて。


『友に呼ばれ、微力ながら御身の復活に助力させて頂く事になりました、竜族にして召喚者のルミルです』

「……エルルリージェ・ドーン・シュヴァルツです」

〈ぬ〉


 反応的にたぶんこれ、エルルは【神話言語】持ってるな。まぁ、そうでなきゃティフォン様に事情説明とかできないか。本当ハイスペックだなぁ。

 名乗りを返すと、森の端に当たる木の枝にとまったまま、くり、と首を傾げる、というか、左に90度回す梟。

 気のせいかその視線が、私ではなくエルルにたっぷり数秒は注がれて。


〈……思い出せぬ。黒に生まれし、白き竜。はて、久しく見なんだのは、確かだが……。こうしてまみえれば、何か、告げねばならぬことがあった筈なのだが〉

『「!?」』


 何であったか。と、くり、と首を逆に傾げた? 梟。もとい、“角掲げる鉄火にして卜占”の神。気のせいかな。封印を解いてる途中だからか、それとも完全に権能を取り戻していないからか、若干寝ぼけているような空気を感じる。

 ていうかいやちょっと待って、何のフラグ!? え、ちょ、いつどこで何のイベント踏んだ!?

 思わず、ばっ、とエルルの方を振り返るが、ふるふるふる、と小刻みに顔を横に振っている。そりゃそうか、心当たりなんかある訳ないよな!?


〈……、眷属が、呼んでおる〉


 私とエルルが予想外の言葉に動揺している間に、梟は違う方向を向いてそう呟いた。そのまま音もなく翼を広げ、飛び立ってしまう。


「……キュッ、キューゥ(エルル、とりあえずまだ封印解除の途中だから)」

「え、あぁ、そうだな」


 そこからワンテンポ遅れて、私はついいつもの鳴き声喋りをしてしまったのだが、エルルのツッコミが無い。よほど動揺が激しいようだ。この後大丈夫だろうか。




 移動しながら、それでもどうにかエルルは動揺を押し込めたか沈め込んだか、次のチェックポイント……軍勢と水の術で囲まれ、角を断ち切られたという逸話の場所に到着する頃には、元の落ち着きを取り戻していたようだ。流石だね。

 そしてその頃には、一足先に到着していたらしい“角掲げる鉄火にして卜占”の神が、鬼神の姿へと戻っていた。その頭にある角が、片方は真っすぐ天へ向かっているところを見ると、角の治療も終わったようだ。

 フリアド世界の人間種族の平均身長は2m前後、鬼族の平均身長は2m~4mと、現実の私だったら絶対に首を痛めているだろう高身長な環境となっている。そんな中で流石神と言うべきか、“角掲げる鉄火にして卜占”の神は、文字通り見上げるような高さがあった。下手すれば8mぐらいありそうだ。


「遅かったの、もうじき来やるぞ?」

「すまん!」


 周囲の人と共に、さささーっと退避しながら風毬さんが声をかけてくるが、うん、確かに雑談してる場合じゃ無いな! エルルが謝りつつインベントリから無名の大太刀を出したタイミングで、私もエルルの肩から上空へと移動する。

 緩く頭を振っている“角掲げる鉄火にして卜占”の神の肩辺りの高さまで一気に上がり、【風古代魔法】で空気の足場を出した。さて、ここからは普通に相手の攻撃も避けつつ、それに対する鬼神様の動きにも注意しなきゃいけない。

 ずず、ずずず、という感じで、月が沈んだ夜明け前の一番暗い闇の中、篝火だけでは照らしきれない暗がりが蠢いた。それはそのまま、影絵を立体的にしたような、現実味のない「軍勢」を構築して、こちらを十重二十重に取り囲む。


『数とは聞いていましたが、これはまた――』

「[アイシング・ピアース]!」


 感想を零すその最後に、魔法の発動をかぶせた。ざっぱぁ! と、ちょっとした小屋ほどもありそうな水弾が飛んでくる途中で凍り付き、そのまま落下して真下に居た「軍勢」を押し潰す。

 エルルは、と見ると、既に「軍勢」を片っ端から切り払いにかかっているようだ。どれほど数が居ようと、封印の再現による無限湧きの影絵であろうと、元が普通一般人間種族なら、エルルが負ける道理は無い。

 となると、私は飛んでくる「水の術」への対応を主にした方が良いだろう。凍らせて落すのが一番手っ取り早いが、再利用の危険性を考えると、やっぱり風で吹き散らしてしまうのが一番か。


(さっきの言葉はものすごく気になるけど、とりあえず封印が完全解除されてからの話だな。なんなら後から「第一候補」に頼んで聞いて貰ってもいいんだし)


 ……危ない。せっかく高まった緊張感が、思い出した「第一候補」の姿で霧散しかけた。

 あぁもう、集中、集中! 一番気になってる筈のエルルが頑張ってるんだから!

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