第175話 11枚目:解放準備

 で。ゲーム内時間1週間後。


「ひとまず、こいつを使っておくれ。銘は「淡月・朔」――ここから、折れるたびに鍛え直す前提の刀だ」


 ちょうど私も起きてログインしているタイミングで、ナギカマさんが一振りの刀を持ってきてくれた。墨で塗ったように黒い反った刀身を持つ、長さ1m強の大太刀だ。

 武器の合算なんてやった事ないと言っていたが、流石プロの鍛冶師というべきか。素人目にも今までの刀と遜色なく良い物に見えたし、現にその場で軽く振ってみたエルルが静かに驚いていたので、実際良い物なのだろう。


「30本でこれか……すごいな、鬼族」

「そいつは誉め言葉かい?」

「もちろん。前に使ってたのとほとんど変わらない。……いや、こっちの方が刀身が細い分狙いやすいまであるか」


 確かエルルが前に使ってたっていうと、数千本単位で武器壊して鍛え直したやつか。桁二つ分の素材の違いを腕で埋めたと。それはすごい。


「そいつぁ重畳。頑張ったかいがあるってもんだねぇ。……で」

「うん?」

「それでも1振りだと多分持たないだろうから、合間にこれを使っておくれ。そうすれば、ことが終わった時にもう一段良い刀を渡せるだろう?」


 わぉ。鍛冶屋が武器屋になったかと思うほどの刀の束が出て来た。何振りあるのこれ。というか、集まってた鍛冶師さん達総出で作りまくったんじゃない?

 エルルが手に取った所を見ると、今受け取った「淡月・朔」と長さも反り方もほぼほぼ同じのようだ。……つまり、あれか。折れる前提なのが分かったから、こっちは盛大に折ってくれ、と。

 ……まぁ、エルルが珍しく子供みたいに嬉しそうだからいいか。




 さてまぁエルルの武器が出来た所で「第一候補」に連絡してみると、その2日後に決行、という返事があった。フリアド世界の天体の並びなんかの都合と現実の週末が重なるとかで、そこが直近で一番良いタイミングなのだそうだ。

 なのでそれまでの間、私は変わらず風毬さんに【符術】を習いつつ、罠に類する拘束型のお札を作れる限り作った。このお札、術者以外にも使えるのだそうで、これで罠地帯を作ったり、周りから援護してもらうつもりだ。

 エルルは武器の慣らしもかねて、今度は武器に魔力を通さずに模擬戦している。まぁ折れる原因がキャパシティオーバーだからね。その魔力を通さずに使うんなら普通に強い刀だ。


『……さて、決行日ですね』

「お。お嬢、気合入ってる?」

『えぇまぁ。二重の意味で』

「?」


 そして、指定された時間にログイン。フリアド世界ではすっかり夜が更けて月が高いところで煌々と輝いている真夜中だ。この時間指定にも意味があり、封印が昼日中から真夜中にかけて行われたので、その逆、真夜中から昼日中にかけて解除を試みる、という事らしい。

 なので、既に山から“角掲げる鉄火にして卜占”の神の身体を探す作業は始まっている筈だ。そこへ合流して、椿の花を咲かせたお姉さんがそのバラバラにされた身体を繋ぎ直したところから、私とエルルの出番、という事になる。

 とりあえずエルルの右肩に乗って移動だ。……そして、何故気合が二重に入っているかと言うとだな。もちろん片方は、神の開放と言う一大戦闘に対する気合だ。一筋縄ではいかないのが分かっている以上、油断は出来ない。


『来ましたよ、「第一候補」』

「どうも」

『うむ。今回はよろしく頼む。捜索は順調なようだ。この分だと、もうじき治療の態勢に入れるであろう』

『えぇ。こちらこそよろしくお願いします』


 で、もう片方が何かって言うと。

 そりゃもちろん「第一候補」と会うからに決まってるじゃないか。相変わらずあのゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみなんだから! そこから渋い成人男性の声がするとか、どれだけ分かってても覚悟が無かったら笑うわ!!!

 しかも今は、儀式に必要なのかそれともこれ自体がある種の儀式なのか、背の低い台座に、たぶん五行由来の文様が書かれた布が広げられていて、蝋燭や線香が立てられ、いくらか私が見ても分からない(つまりハイレベルな)お札も張られている。



 その真ん中に「第一候補」が居るんだ。

 笑わないの、大分キッツいんだけど!?



 本人がこれ以上なく真面目にやってるだけに存在そのものがギャグになってしまっている。どうしてこうなった。切実に早急な【人化】の習得を願わざるを得ない。

 これで笑わずに真面目にやるとか、そりゃー戦闘と同程度の気合が要るってもんだよ!!


『と、言うまでも無かったか。気合の方は十分であるようだな?』

『えぇまぁ、神の開放という、他にはない重要な場面ですからね。予想される戦闘の規模も当然ですが、緊張と共に気合も入ろうというものです』


 うん。重要なんだ。真面目なんだ。シリアスなんだよ。わらっちゃいけない。

 ……もしや、以前のレイドボス戦の途中で、私が後方に下げられたのもそのせいか? あの時は蔵猫族の子達を安心させるためって聞いてたけど。可愛い余り真面目に張り詰めた空気が和んで緩むから、とか。あ、普通にあり得そう。

 …………しかし、そうか。神の開放と、それに伴う、下手しなくても鬼族の歴史に残る一大戦闘の要役が、ゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみと、ころころ丸っこい銀色仔竜か。


「(あ、なんか急にすごく申し訳なくなってきた)」

「? お嬢、どした?」

『いえ、何も……』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る