第170話 11枚目:解放手順

 その後も「第一候補」の姿(ゴマフアザラシの赤ちゃんのぬいぐるみ)を視界に収めるたびに笑い出してしまいそうになった訳だが、本人は大変と真剣な用事で私とエルルを呼んだ訳だ。頑張って慣れよう。

 なお、エルルもこっちに気付いて戻って来た時はちょっと固まってたよ。何せ「第一候補」は落ち着いた成人男性の低い声だからね。それが、ふわっふわのキュートでラブリーなぬいぐるみから聞こえるという違和感。いいか。わらってはいけない。

 まぁエルルは御使族について知っていたようだから、ぬいぐるみの首にはまっている首輪? ネックレス? が本体だと説明されると納得したみたいだけど。


『話し合いの間も乗っているんですか?』

『長い時間共にある方が、より馴染む故な。万全を期したい』

『なるほど』


 なお現在はさっきのお姉さん達が私から見て左右に、正面に「第一候補」が使徒作成イベントで生み出したらしい使徒生まれな金髪碧眼白い服なニンフさん(フリアド世界では要【人化】の霊体系魔物種族。種族名は樹霊族)が座り、エルルは私の後ろ、私はその前で机の上にお座りで、「第一候補」はぬいぐるみのままニンフさんの前で机に置かれている状態だ。

 なお、乗るとはぬいぐるみへの装着状態を指す。だって乗り物って言ってたからそれに合わせた方が良いのかなって。……累積装備時間が長い程補正がかかる、って解釈で良いんだろうか?

 まぁそんな「第一候補」の装備・移動状況はともかく、そろそろ真面目で真剣な話をしよう。いや、「第一候補」は最初からずっと大真面目だったけどさ。


『今回封印から解放する鬼神の名は、“角掲げる鉄火にして卜占”だ。素の力だけではなく、大層術にも通じているとされている。また、この地に製鉄技術をもたらした鍛冶の神という側面もあるようだ』


 んー、“角掲げる”っていうのが鬼族の神って事なのかな? ルチルの所は“翼持つ神々”だったし、ティフォン様は“細き目の神々”だし。そう言えば推定ゼウスは“権威の神々”だっけ?

 という事は、“鉄火にして卜占”部分が個を表す部分なのだろう。鉄火、はまぁ、「第一候補」の説明にあったように製鉄技術をもたらした鍛冶の神だから、だとして……それに、ぼくせん、占いが加わる訳だ。

 それプラス、少なくとも封印のエピソードがある。もしくは現実に残っている伝承では討伐まで行っている。という事を合わせて考えると……あれかな? 桃太郎の原型になったって言う説の、鬼退治の逸話に出てくる鬼。


『……当たりはつきましたが、厄介とか言う次元ではないのでは?』


 つまり、温羅。うら、とも、おんら、とも読まれるその鬼は、異国からやってきて製鉄技術を伝え、城を作って一帯を支配したと言われている。それを当時の王権から派遣された武将が退治する訳だ。

 なのだが、矢を射れば石を投げて撃ち落とすし、機転を利かせて目を射抜いたら雉になったり鯉になったりと変化を繰り返して逃げるし、結局首を落としてもその後何年も唸り声を上げ続けたとか言われている。

 結局八百万の神の国らしく、その首を祀って神として扱い神事を執り行う事で、ようやく唸り声は収まったそうだ。そこからなんやかんやあり、最終的に吉凶を占う事が神格に加えられたとかなんとか。


『相変わらず詳しいな、「第三候補」。まぁ、認識の共有が早いならばそれに越したことはない。そして肝心の封印解除の方法だが……“角掲げる鉄火にして卜占”の神は、一連の退治の動きをそのまま封印として使われているという事が分かった』

「それはこちから説明しよう。当時この地を治めていたのは、鬼でも狐でも妖でもなく、ヒトであった――」


 金髪金眼な狐耳尻尾(九尾)なお姉さんの話によると、“角掲げる鉄火にして卜占”の神は当時の支配者の指揮により、雨のように槍を投げられ、そこに紛れた矢によって角を片方折られた。

 その後は得意とする火の術を主に金棒を構えて戦ったそうだが、これは水の魔法と数による文字通りに肉壁により完封され、隙を突かれてもう片方の角を叩き切られた。

 分が悪いと見て梟に姿を変え、夜闇に紛れて逃げようとしたが、蝙蝠の群れを放たれて補足され、捕まってしまった。そして当時の支配者が住んでいた城の目の前で五体をバラバラにされ、山の中に別々に埋められたのだという。


「――そうして、その山からは、今も“角掲げる鉄火にして卜占”の神の唸り声が聞こえてきやるのよ。火を返せ、体を返せ、明日さきを返せ……とな」


 私が知ってるのより数段えぐかったのだが、まぁフリアド世界ではそうなっているという事だろう。しかし徹底してるな! ……それだけ、脅威と言う事だったのだろうが。

 ちら、と後ろのエルルを見上げると、眉間にしわが寄っていた。うん。やっぱりエルルから見ても徹底しているようだ。

 そして、その逸話、つまり「鬼退治の流れ」がそのまま封印になっていると。うーん、つまり最初から何重にも封印をかけるつもりで、完封するつもりでかかったって訳か。


『さて、それを伝えた所でどうその封印を解除するかだが……これは、正攻法となる。すなわち、「逸話を逆に辿る」という事だ』

「と、いうと?」

『まず山を探して五体を掘り出し、城の前に運んで繋ぎ合わせ、蝙蝠に捕まった梟を放ち、切られた角を癒し繋げ、水と数を打ち破って火と金を取り戻し、槍を掻い潜って矢を引き抜いて、折れた角を繋ぎ治す、という事になる』


 エルルの合の手に、「第一候補」は淀みなく答えた。なるほど?

 つまりあれだな。行動変化が複数回ある、条件を達成しないとステージが進まないボスって事だな。……下手なレイドボスより厄介じゃないか? なぁ?


『角を繋げる、と言いますが、そちらは問題ないのですか?』

「その為に、こち達がおる。これでも、ここいら一帯ではそれなりに名のある癒し手ゆえな?」

「ふふ。鬼の命は燃え盛る炎のごとく、傷が治らぬとはすなわち、命の尽き目と言う事……。それを繋いで、炎に戻す。お任し、な?」


 そして実力者なお姉さん達は、なんと傷を癒す方の専門家だったらしい。まじで? って事は、原則それに集中するから参戦しないって考えてた方が良いのかな。

 ……そうか。封印の逆回し、って事は、正真正銘の神が追い詰められて絡め捕られた威力が、少なくとも最低そのままって事だから、普通一般鬼族だと危ないだけなのか。

 なるほど。それで単体戦闘力が現状フリアド世界で頭1つ抜けて高いエルルと、少なくとも召喚者プレイヤーの中ではトップかトップ2な私を呼んだ訳だな?


『……。一応聞きますが、「第一候補」は封印解除の下支えに注力する、という感じでしょうか?』

『そういう事であるな。あぁ、流石に落ちた角を探したり矢を引き抜いたりするのは協力者が居る。故に2人には、封印との戦闘に集中してもらいたい』

「……鬼族の神を、ほぼ正面から封じ込めるだけの威力と数か……。……努力はするが、周辺被害は大丈夫なのか?」

「ま、致し方あるまいよ。我らが鬼神様が封じられるほどの苛烈な攻勢、ともなれば……。少なくとも、今“角掲げる鉄火にして卜占”の神が封じられている山が、綺麗さっぱり無くなってしまうくらいは、覚悟の上よな」


 私とエルルからそれぞれ追加の質問が出たが、どちらも問題なさそうだ。しかし山が消えるぐらいは想定内か。……まぁ、れっきとした神様を封じたんだもんなぁ。それも、バリバリな戦闘種族の。

 エルルは、んー、と考えているが、あれは質問じゃなくどういう戦闘になるか頭の中でシミュレーションしてるな。

 それに。基本的に戦う相手は“角掲げる鉄火にして卜占”の神自体ではなく、その神を抑え込む封印の方だ。とは言え、封印の変化に伴って、神自身が暴れる可能性が無い訳ではない。


『……。万一失敗した時、リカバリーは出来ますか?』

『被害が我と「第三候補」の内であれば、日を置いて最初からやり直すというのは可能だ』


 まぁ召喚者プレイヤーだしね。めっちゃエルルからの視線が刺さるけど。痛いぐらいに「何犠牲になる前提で話してんだ」って矢印がざくざく突き刺さってくる感じがあるけど。

 あと「第一候補」にもニンフさんや左右のお姉さんから視線が向いてるんだけど。

 しかし。…………絵面のせいでいまいち深刻になり切れない……っ!

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