第168話 11枚目:挨拶()

 前に「たからばこ」騒動でヤバそうな種族巡りをした時にざっくり地理は把握したが、鬼族と言うのは大雑把に横に倒した長方形のような形をしているこの大陸の、東の端に住んでいる。

 【人化】を必要としない人間種族であり、身長の平均は2mから4mと大柄。赤鬼のイメージが一番近いだろうか。素の状態で高いタフネスと物理攻撃力に加えて、厳密に言えば霊体種族なので再生力と魔法適性もそれなりに高い。

 大抵の場合進化が起こらない人間種族の中では珍しく、それなりの頻度で進化するのも特徴だろう。デメリットとしては、各種状態異常耐性および物魔両方の防御が著しく低いといった点が挙げられる。


『つまり、鬼族の必勝パターンは先手速攻からの押し切りって訳だ。攻撃こそ最大の防御を地で行く訳だな』

「キュー(だから常に前のめりでいつでも臨戦態勢な上血の気が多いのか)」


 キャラクターメイキングの時に任意で選べる種族と言う事もあって、その攻撃特化な分かりやすさはそれなりに人気だった筈だ。その街が大陸の中では比較的『スターティア』に近いというのもあって、現在はそれなりの数の召喚者プレイヤーが長期滞在しているらしい。

 手合わせと言う名の喧嘩は日常風景、少年漫画のような殴り合いによる拳を通じての理解は通常言語、手合わせからの宴会で飲み比べで喧嘩突入までがお約束。和風という特徴より、喧嘩の聖地という認識が先に立っているようだ。


『そういう事。あと、酒に目が無くてべらぼうに強い。ザルとかワクとか言われるけど、それが基本なんだよな。だから大抵どっかで乱闘アリの宴会が起こってる』

「キュ、キューゥ……(賑やかと言うか騒がしいというか、とにかく退屈だけはしない感じかな……)」


 というのが、いつもの快速快適エルル急行で移動しながら聞いた話だ。私も『本の虫』こと検証班の人達が纏めてくれた情報を見て予習はしていたが、それで大体合っているらしい。

 なので鬼族の街に行く場合は、何処に行って何をしようが戦闘は避けられない。あらゆる暴言や巻き込まれに関して恨みっこなし。という覚悟が必要と言われている。

 ……喧嘩の聖地というか、バトルジャンキーの心の郷だよなって思うんだよね。たぶん「第二候補」が種族をランダムにしなかったら、此処に入り浸っていたんじゃないだろうか。


『あ、そうだお嬢』

「キュ?(なーにエルル)」

『子供で強いとか、三重の意味であいつらの好物だからせめて口調ぐらいは外行きにしといて。移動も出来なくなるかも知れない』


 え、何それ物騒。鬼族の街で移動も出来なくなるって、それ戦闘続きでって意味だよね。


『……まぁエルルがいいならいいんですけど。しかし好物とは』

『まずあいつら、強い奴が好きだろ? で、あぁ見えて子供も好きな訳だ。そんでもって、戦闘力にしろ飲みっぷりにしろ、見た目と実体がかけ離れているのも大好きなんだよな』

『あぁ、強者好きで子供好きでギャップ好きなんですね。で、好きな相手には寄ってくる。つまり護衛のエルルに戦闘を吹っかけてくる。だから出来れば口調ぐらいは中身に寄せておいた方が良いと』

『そうそう、そういう事』


 絡まれる条件フルコンボかな。鬼族には可愛いではなくギャップが刺さってしまうのか。何処へ行っても大人気だな私。姫呼びされてるし今更か。

 まぁ召喚者プレイヤーが多いって時点であんまり姿を見せないつもりだけど。それでも「第一候補」とのやり取りはあるだろうから、口調は意識しておこう。




 さてこれまた『スターティア』に観光に行ったときに説明したかもしれないが、フリアド世界で街と言うのは大体の場合城塞都市……周囲を防壁で囲まれた丸い形……の事を差す。

 それはかつて種族間でやり合っていた時の名残であり、モンスターという脅威から街を守る為の、文字通り最後の壁だ。

 なので鬼族の街にも、和風テイストながら防壁がぐるりと張り巡らせてあり、門の両脇には物見櫓のようなものが組まれている。エルルはいつも通り、そこから少し離れた所でゆっくりとホバリングしながら高度を落として見せていた。の、だが。


『……エルル、攻撃準備をされているような気がするのですが?』

『まぁ鬼族流の挨拶だな』

『やっぱりですか』


 ステータスが上がったからなのか、見えるんだよね。防壁の上や物見櫓に、弓を持った角のあるヒトが続々と集まっているのがさ。しかもそのまま上官っぽい人の合図で、一斉に弓を引き絞り始めてるんだよね。

 鬼族のステータスで一斉攻撃されたら、当たり所によっては流石にエルルでも痛いのでは? と思ったけど、エルルは途中で降下を止めて、ホバリング状態に入った。


『狙われますよ?』

『タイミング合わせるのに、狙わせるんだよ』


 ……つまり、挑発してるもしくはわざと隙を見せてるって事か。しかし、タイミングを合わせるとは?

 とは思ったが、まぁ何らかの迎撃をするつもりなのだろう。と、エルルの鎧の内側に張り付くようにして、耐衝撃体勢を取った。外は多少見えづらくなるけどしょうがない。

 ぴっ、と耳を立てて周囲の音に集中すると、エルルの翼の音に混じって、ギリリ、と無数の弓の弦が引き絞られる音が聞こえた気がした。こんなところでステータスの成長を感じるとはね。


『……正直、教えられた時は何の宴会芸かと思ったが……まさか役に立つとはなぁ』


 とかエルルがぼそっと呟いて、それに私が首を傾げたタイミングで、地上の方から「放て!」という号令が聞こえて。

 ずばっ! と、一斉に矢が風を切る音に紛れて、エルルが、たぶん風系の何か、エンチャントを自分にかけて。


『っせー……のぉっ!!』


 気合と共に、翼を大きく空気に打ち付けた。

 結果、ドン! と空気の塊が砲弾のように撃ち出される。

 ブレスや大規模魔法程では無くても十分な威力の範囲攻撃は、天へ降る矢の雨とぶつかって。



 ただの一瞬も保たせる事なく、一矢残さず吹き飛ばした。



『あっ』

『ヤベ』


 ……そして勢い余って防壁の大門にぶつかり、ほぼ半壊近いダメージを叩き込んだ。

 まぁ仕掛けてきたのはそっちだし、加減できない竜族のご愛敬、という事、で?

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