第163話 10枚目:知らせる声

 カバーさんに地図を渡すのとネックレスを着けてもらうのとで、一旦北の拠点へと戻った。うん? 反応? ははは、今までのボックス様関連のあれこれを参照。つまり、大騒ぎだ。

 普通装備には耐久度と言うものがあり、何もしなくても定期的に修理しなければいけない。ところが「月燐石のネックレス」の耐久度は謎の「Gi」という表示だった。これは何かというと、GODitemの略、つまり神器なので、壊れない、傷まない、修理いらずの装備、という事らしい。

 補給に難があるので修理はどうすればいいのかなと思ってたから本当にボックス様最高。性能と特性もあって本当に最高。なんでこんな最高な神様がまだマイナー扱いされてるの?


「問題の小悪魔ですが、【鑑定】しても詳細が出ないんですよね」

『えぇ……』


 情報を纏めていたカバーさんからそんな話を聞いてナニソレとはなったが、あの小悪魔は他にも(主に知名度が低い神のイベントを潰すという意味で)やらかしていたらしく、現在召喚者プレイヤー全体から見敵必殺な邪魔者という認識をされている。

 倒しても倒してもお星さまになるばかりで、減った様子が無いとの事。ドロップも無いし心底邪魔とはソフィーさん達の証言だ。ほんとにな。狙う相手が知名度の低い神っていうのも小物感があるし。

 ちなみにボックス様のイベントは、どうやら1人1回のようだった。条件は白いルピナスと白いカスミソウが一緒に生えているのを見る事。貰える物は人によって違う。


「…………正直、公式のご褒美よりありがたいという声が一部で上がっていますね。大きな声では言えませんが」

『まぁボックス様、もとい“神秘にして福音”の神ですからね。その名前からして自明の理と言うものです』


 ははは。エルルの反応からしてここまで信徒に全力な神様なんてそうはいるまい。信徒じゃなくてご褒美目当てのなんちゃって信仰でも同じように祝福してくれるとかほんと最高なんだよなぁ。このままずるずる深みにはまってメイン信仰するプレイヤーが増えればいい。

 それと、もう一度ボックス様のイベントが起こった場所に行ってみたところ、イベントが発生したルピナスとその周辺のカスミソウは採取する事が出来た。当然ゲットしたさ。落ち着ける場所が見つかり次第植えて増やして、「庭」でいう1区画分一杯にするんだ。

 レイドボス報酬ももらい、ボックス様からのメイン報酬も貰って大変満足だ。カバーさんにイベントを書き込んだ地図も渡せたし、そろそろ一度ログアウトしよう。日付をまたいで再ログインする事にならなくてよかったなぁ。




 はい。私です。何故か日付変更線直後に再ログインしています。何でだろうね。リボンの下にネックレス着けて貰って大満足で、いい気分のまますっかり寝るつもりしてたのに。

 やっぱり妙な予感がした時点でメールを開くのを止めておくんだった。寝る前のチェックをうっかり忘れて、朝になってから見れば良かったのに。そうすればさぞかし良い夢が見れただろう。

 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。そう感心しながら、すっかり寝入っている蔵猫族の子供たちの中から起き上がる。起こさないようにそっと移動して、窓から外に出た。流石にこの時間にもなれば、周囲に人の気配もあまりない。


『で、』


 北方向に開拓したあとをなぞるように移動して、やや西方向に寄る。北の端に到着するその手前、林になっていた木々の並びが途切れる直前で、まだ修理されていない、半壊した建物の上に降りた。

 そのまま前足を揃え、お座りの姿勢になってから、月も傾いて薄暗い中に声をかける。


『わざわざ呼び出して、何の用ですか? 「第一候補」』

『くっははは、これはこれは嫌われたものだな』


 聞こえる声は【魔物言語】だ。つまり、現時点で「第一候補」もまだ【人化】のロックが解除されていない……人の形をしていない、という可能性が高い、という事だ。

 私にすら現在の姿を見せる気が無いのか、その姿は見えない。全く、メールでこんな場所を指定してきたことと言い、こっちはこっちで秘密主義だな。


『嫌ってはいませんが、こちらは大仕事をした後です。その後も探索していましたし、流石にそろそろ休もうと思っていた矢先なんですよ』

『タイミング的にそうであろうとは思っていたが、改めて謝ろう。すまん』

『謝罪を受け入れます。ので、本題へどうぞ』


 この場所イベント空間に「第一候補」が居る事自体に疑問は無い。妖精族の所でティフォン様に会っている以上、この大陸にはいるだろうなと思っていたから。それに「第二候補」の証言もある。神官を目指している以上、神殿を見つけたら修理はするだろう。

 それに、マイナススキルが多い、と言う事は、成長により時間がかかるという事だ。御使族がどんな姿かは今も分かっていない。不死族は比較的人間種族に近いようだから【共通言語】が基本になっているようだが、たぶん元の姿が人間種族とかけ離れているのだろう。

 【人化】が必要でも、人間要素が強いか人間に近い種族であれば【共通言語】で喋れるのは分かっている。ま、それは私も同じだけどな。相変わらず猫サイズの銀色仔竜ですが何か。可愛いからいいんだ。


『うむ。要件としては、可能性の薄い頼みが1つ、忠告が2つだ』

『可能性が薄いとは』

『何せ、まぁまず断られるであろうことが分かっているからな! 一応と言うやつだ』

『それ頼む意味あります?』


 無いと思うが、言葉通り一応という事なのだろう。しかし私相手で望みの薄い頼みねぇ。


『神器を授かったであろう? 神殿にて祀る気は無いか?』

『無いです。お断りします』

『で、あろうな』


 あ、うん。そりゃ望み薄っていうか望みなんかないわ。これは身に着けてこそ真価を発揮するタイプの神器だからな。外す訳ない。自分から離れた場所の神殿に寄贈なんてありえない。論外だ。

 ……なるほど、それでも神官として神器の存在は見逃せないから、それで一応か。

 結果は分かっていた、とばかりあっさり諦める「第一候補」。半分ついでなのだろう。2つの忠告というのが本題だな。


『では忠告だが、保護したのは蔵猫族の子供で相違ないな?』

『検証班ことクラン『本の虫』が手に入れた情報が間違いでなければ、蔵猫族の筈ですよ』

『うむ。ならば間違いあるまい。であるなら、彼らは猫の姿通りに気ままでな。特に食事を自分のペースでとる事を好む。故に名の通り蔵に住み着くことが多い訳だが、その身が宿す属性は火である故な。ちょっとした事ですぐボヤ騒ぎに発展する。延焼にはよく気を付けるが良い』

『それはまた、人間種族に嫌われそうな特性ですね……』

『ネズミ等の害獣はもちろん、時に自身の倍ほどあるモンスターすら追い払う非常に優秀な蔵番であるのだがなぁ。また、火の属性は生命の活性にも通ずる。周辺の実りも良くなるぞ』

『有能ではあるんですね。そのボヤ騒ぎさえ除けば』


 これが玉に瑕と言うやつか。有能で可愛いとか最強な筈なのに、それでなお足を引っ張るボヤ騒ぎ常習犯という特性。特に森を大事にするエルフ辺りからは目の敵にされそうだ。

 逆に、火がある事が当たり前のドワーフなら良い相棒になるかもしれないな。彼らが住んでる所って大体あんまり植物の育ちが良くない鉱山だから、実りが良くなるなら万々歳だろう。


『そういう事であるな。さて、では2つ目だが……神との接触を行える機会を潰して回っている存在が居ると聞いたが、確かか?』

『私も直接見ましたよ。全く、白いルピナスを他の色に染めるなんて悪戯にしたって限度があるでしょうに……。他は確認していませんが、主に知名度の低い神々を狙っているようですね。これは『本の虫』の人達が調べた結果ですが』


 あの小悪魔の事だろう。思い出してもイラッとする。去り際がギャグなのと存在自体がデフォルメキャラな感じなので若干緩和されているが、やってる事は悪質極まりない。

 素直に答えると、うぅむ、という感じで悩ましい声が聞こえて来た。おや。何か不都合でもあったか?


『……最初に我の所見を伝えておくならば、それは、奇妙だ』

『奇妙?』


 不都合、という訳では無かったらしい。しかし、不自然ではある、と。うん? 「第一候補」から見て奇妙? どういう事だ?


『我が神官を目指している事は知っているな?』

『それはもちろん。あ、ティフォン様に感謝を伝えておいてください。加護を頂いて大変助かってます』

『相分かった。うむ。それ故に今も多くの神との接触をはかり、また見識を深めている訳だ』


 あと封じられた神の開放とかな。ダンジョン実装の時のイベントの作成使徒……使徒生まれ住民を探しているというのも含むか。そもそも移動速度に難があるという可能性もある。

 そんな事を思いつつ、『故に、神々に対する知識は人より多いという自負がある訳だが』と続いた「第一候補」の言葉の続きを待ち、


『その小悪魔は、我が聞いた話によれば……“偶然にして運命”の神の眷属の筈だ』

『……何ですって?』


 続いた言葉に、眉間にしわが寄るのが分かった。

 乱数の女神がわざわざ他の神のイベントを潰す? どういうことだ。


『かの女神は確かに下界の者の不幸を笑う面を持つが、同時に幸運を祝福する面も持ち合わせている。聞いた話では属性としては中立にして中庸の、裏表も無ければ引きずりもしない、快活で気持ちの良い性格をしている筈だ』


 …………まぁ確かに、ダイスに悪戯するという意味ではイメージぴったりだけどさぁ……。

 しかし、あの小悪魔からは悪意しか感じなかったぞ? それも弱い者いじめをする系の、小物感を伴った浅くて薄っぺらい悪意。それが、仮にも神の眷属? ボックス様で言うところの“ナビ”さん?

 えぇ?


『まぁ、それ故に、最初に言った通りだ。我は奇妙だと感じる。故に……“偶然にして運命”の神に、何か起こっておるのやも知れぬ。かの女神、およびその周囲には、念の為気を付けるが良い』

『……冗談、と思いたいところですね。神に何かしらの影響が起こっているなど。しかし実際に変化は起こっていると。分かりました。『本の虫』の方々にも共有をお願いしておきます』


 そう答えると、『うむ』と返事が返って来た。同時に、感知系に反応していた気配が離れていく。最後まで姿は見えなかったな。

 しかし、乱数の女神に、あんまり良くない異常ねぇ。

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