第157話 10枚目:体力下限(仮)

『のう、「第三候補」』

『なんですか、「第二候補」』

『流石に削れ方が少ないと思わんか?』

『そりゃ思いますよ』


 ウィスパーが念話的なもので良かった。落ちていく高度を何とか維持しつつ詠唱していても、考えるだけで反応できるのは本当に助かる。まぁそれも、カンペ的な詠唱をながら作業でも間違えないという前提があってこそだけど。

 叩き込んだ大技の数は、もうすでに両手足の指を越えている。合間に間に合わないと思ってブレスに切り替えた分を含めるともっとだ。私だけでそれなのだから、少なくとも同じだけ叩き込んでいる筈の「第二候補」の分を含めると更に多い。

 だが……それでもまだ、レイドボス「膿み殖える模造の生命」は、健在だった。いや、何でだ。


『ここまでの事を考えると、とうに蒸発していなければおかしいでしょう』

『じゃよな。事ここに至るまでと、少なくとも同じだけの火力は叩き込んでおるぞ?』

『実際の所は多分もっと行くでしょうね。いよいよ加減が無くなってますし』

『お互いにのー。防壁がもたんと見て、修復班が編成されておるわ』

『知ってます。全体放送で流れたじゃないですか』


 と反応した所で、クールタイムの関係で属性を選んでいられなくなり、いつかの巨大な異形へ叩き込んだ冷気の槍を真っすぐに撃ち下ろす。ゴバキィ!! とすごい音を立てて氷漬けになるレイドボス。

 即座に上空から退避しつつ、それでも様子を見るその先で、バキベキと骨が折れるのにも似た音を立てつつ凍った部分が折れ砕けていく。一応ダメージにはなっているらしく、それはそのままレイドボスの分体へと変じた。

 凍った部分が無くなれば、元の形を取り戻すレイドボス。変わらずにぐぱりと口のように体の一部を開き、そこへ「第二候補」から白い炎の槍が雨霰と叩き込まれた。


『何か見落としておるんじゃろうのう』

『だと思いますが、探すのはカバーさん達にお任せするしかありませんねぇ』

『まさかイベント日数によって体力にロックが掛かっておるとかではないと思いたいところじゃ』

『ははは。それこそまさかでしょう。どういう理屈をつければそうなるんです? この空間の要は四方の権能神達ですし』

『まぁのう』


 それでも再生した所で、今度は私の【闇古代魔法】による重力圧殺魔法……アビリティ、マイクロブラックホールを叩き込む。一瞬は小さくなるんだが、わさわさとレイドボス分体がその場から散ると、やはりもこりと変わらぬ速度で元の形を取り戻す。

 そうなんだよな。大きさが、これだけ叩き込んでいるのに変わらなくなってるんだよな。具体的には防壁よりちょっと小さいぐらい。大きさが残り体力を表しているという想定からすると、どうなってんだ? とも言いたくなる。

 ……しかし、情報の取り逃しがあった、として……どこだ? 墓地の再調査はもう行われている筈だし、あそこに何かあったなら情報が回ってくるはずだ。権能神たちにも【神話言語】の普及を兼ねてかなりの人数が行っている。こっちでも新情報が出たとは聞いていない。


『……まぁ、そう思いたくなるのも分かりますけどね。さっきから嵩すら減らなくなってますし』

『全くじゃの。往生際の悪い奴じゃ』


 街(廃墟)の中……だと、詰みだろう。それに今までの流れからして、レイドボスが出現する=街(廃墟)の中がキルゾーン化するのは確定だ。そんな場所に、レイドボスを倒すキー情報を仕込んでおくか? ちょっと説得力が足りない気がする。

 同じ理由で街(廃墟)の地下も無い。レイドボスが出現した時点で進入できなくなるんだからな。あるとしても、見つけたら見つけた人が嬉しいだけの倒した後の裏話的なあれだろう。

 けど、何か情報が足りてないのは確かだ。何か、鍵となるものが足りていない。でなきゃこの、あとちょっとで削り切れない状況が説明できない。ここまで理詰めで進めてきた運営が、今更イベント期間が勿体ない程度でそんな理不尽を課すものか。それぐらいの信用はしている。


『この大詰めになってから何か所も駆けずり回るような事は無いと思うのですが』

『となると、あっても精々あと1か所じゃな。あと1か所、ふーむ。今まで探した場所から「考えれば思い当たる」場所、のう』

『当然アレ関係なのですから、この空間を作る時に混ざった神々の力とは関係なし。けれど要となる権能神とも違う場所で……街本体は除外していいですね。レイドボスが出現した時点で実質進入不可ですし』

『虎穴に入らずんば虎子を得ず、ともいうが、流石にこれは違うじゃろうな。完全に死地と化しておるわい』


 なおこの会話はウィスパーなので『本の虫』の人達には伝わっていない。……が、多分あの人たちならこれぐらいはとっくに考えているだろう。

 その上で指示が来ない、という事は、まだ分かっていないのかそれとも準備中なのかは分からないが、やるべき仕事に変わりは無いという事だ。


『まぁその内ギミックが解けたら新しい指示が来るでしょう。微妙に再生速度が上がっている気もしますし、このままレイドボスを封殺し続けますよ』

『それもそうじゃな。儂らが手を止めれば、そこから全部が瓦解してしまうまであるからの』


 モンスターの無制限召喚は、調査の手を止めるだけではなく討伐のタイムリミットも削る。

 だから、それだけはさせる訳には、いかないのだ。

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