第158話 10枚目:見えた光明

 広域チャットで周辺の情報を流し聞きつつ、【吸引領域】も【王権領域】も開放して、どうにか咆哮の出を潰しながらのある意味な耐久戦が始まって、1時間が経過した。


『「第二候補」、まだ復帰できませんか!?』

『5分も経たず無茶を言うでないわ!? ポーション中毒との綱渡りじゃと言うに!』

『その5分で私が何発大技叩き込んでると思ってるんです!』

『見てれば分かるわい! えぇい、いよいよ儂らだけでは厳しいか!?』

『まぁそもそも本来は数百人がかりで相手する奴を2人で抑え込んでる現状が無理なんでしょうけども、しまった抜けます!』

『東と北は任せい!』


 流石にそこまで続ければ、私も「第二候補」も疲弊する。特に「第二候補」は特化型とは言え成長途中、一般召喚者プレイヤーに比べればそのステータスは桁外れに高いが、レイドボスを魔法だけで相手にするには流石にまだ力不足だったらしい。

 私が魔力切れになっていないのは、やはり【吸引領域】が大きい。それプラス、クールタイムもあって詠唱が間に合わない時に撃つブレスの威力を底上げする為の宝石、あれが若干とはいえ魔力回復に一役買っているようだ。後はたぶん、【幼体】によるステータスのマイナス補正が、魔法関係は緩めになっているとか。

 相変わらず再生前と再生後のサイズが変わらなくなったままのレイドボスが、ぐぱりと口のように目の下に当たる部分を開いた。詠唱完了まではあと数秒かかる。魔法は撃てなくなっても体は元気な「第二候補」は、モンスターの群れを片付ける為に防壁から降りて行った。


――――オ゛ォ゛ァ゛ァ゛ア゛――――! ! !

「[風に散り、吹かれて果てよ――ウェザリング・ガスト]!」


 それに一拍遅れ、形と大きさを取り戻したレイドボスが咆哮した。割と致命的な数秒を置いて、進路上にある物全てを磨り潰し粉砕する、風のハンマーが叩き込まれる。

 太く低い濁った声のような音の調子が、咆哮のそれから悲鳴染みたものへと変わる。それでも、相当数のモンスターが呼び寄せられたことだろう。現に広域チャットにも迎撃の指示が流れたし。

 次の再生には詠唱していては間に合わないので、インベントリから大分目減りしてきた宝石付きのアクセサリを取り出して一口でぱくり。「第二候補」が魔力切れでへばるようになってからは、再びレイドボスのほぼ真上に常駐しているのでそのまま大きく息を吸って、


――――オ゛ォ゛――――

「キュァアアアアアアアアアアッッ!!」


 いい加減に沈みやがれ体力馬鹿! という疲れと苛立ちを存分に込めて、ブレスを叩き込んだ。再び形を失うレイドボス。その間に、ブレスの裏で進めておいた詠唱を加速させた。

 これが良い経験になっているのか或いは何かまたトリガーを引いたのか、途中から【並列詠唱】及び【無音詠唱】というスキルが生えたのだ。というか、でなきゃ「第二候補」がへばった時点で抑えきれなくなっている。

 順調に魔法型に育ってる訳だが今は仕方ない、子供時代が終わってから取り返すことを考えよう。しかし、


『本当に再生が早いですね……っ!』

『なぬ!? お主さっきブレス撃っておらんかったか!?』

『撃ちましたよ! 確実に一回は形を無くしたのに、絶対これ再生速度上がってます!!』

『戦闘自体よりこの上下移動が大変じゃの! ちと待てい!』


 口を動かしカンペを読み上げる事で加速する、【無音詠唱】を習得した時点で表示された詠唱ゲージが溜まり切る前に再びレイドボスは形を取り戻した。全く本当に、こっちの詠唱速度もそれなりに上がってる筈なのに何でそれより早い!

 ぐば、と再び咆哮の前動作。そのタイミングで、東方向の防壁の上に「第二候補」が戻ってくる。大変と言いつつその移動速度はおかしいんだよなぁ。


「[青き煌きは清浄にして神聖たる証

天上世界の敷石に抱かれ眠れ――コフィン・オフ・サファイア]!」


 そしてその高速移動をしながら詠唱を完了したのか、レイドボスが青い石の棺に閉じ込められた。そのまま、街(廃墟)の中央に開いた大穴へと落ちて……うぞうぞとレイドボスの分体が縁を這いあがって来た。

 かと思えば、その数秒後にはまたもこりと元の大きさを取り戻す。あーもう、本当にキリがないというか、しぶとい! 分かってたけど!!


『今回は何発撃てますか「第二候補」』

『移動しながらじゃと魔力のロスが大きくてのう、3回ぐらいで勘弁してくれんか』

『間に2回ずつ私が繋ぎますから4回は頑張ってください。私もそろそろ魔力が厳しいです』


 言っておくが、たぶん、私も「第二候補」も魔力の自然回復速度は尋常ではない。普通にしてたら魔力切れなんて起きないだろう。それが魔力切れを起こしかけているというので、どんな勢いで再生しているか察してほしい。

 とはいえ、あと1時間持たせろと言われると「無理!」と返すしかなくなっている訳だ。オーバーキルの気配が薄くなってきたから、もしかすると魔法に対する耐性でも付いてきたか?

 さてどうしよう。いよいよ詰みの気配がしてきたぞ?


『緊急連絡です!』


 これはマジで運営がなりふり構わずクリア阻止に走ったか、という考えもよぎるようになってきたところで、広域チャットに流れるカバーさんのアナウンス。


『四方の防衛拠点は最低限の人員を残し、南西方向に向かって下さい! レイドボス「膿み殖える模造の生命」のコアが発見されました! 急速再生時にその防御が無くなり、あらゆる攻撃が通るようになるようです! 繰り返します、四方の防衛拠点は最低限の人員を残し、南西方向に向かってください!』


 その間もレイドボスは再生を続けているし、私はそこへ氷の刃が荒れ狂う嵐のような大技を叩き込んでいた。目で見る限り、「第二候補」も大技の準備をしているようだ。

 さてさて。


『急速再生時に、ということは、急速再生はさせないといけない訳ですね?』

『という事じゃな。それにちゃんとこっちに構って貰わんと、向こうの防御を厚くしてしまう可能性が高いのう』

『ははは、全く、本当にしぶといというか面倒ですねぇ』

『全くじゃのー』


 ははは、とウィスパー越しに乾いた笑いを「第二候補」と交わしながら、【吸引領域】の効果範囲を広げて更に高度を上げる。ちら、と視線を向けた先では、「第二候補」が魔力回復のポーションらしきものを飲んでいるのが見えた。

 本当にあのレイドボスはろくなもんじゃないらしく、【吸引領域】で魔力を回復させると、時々状態異常にかかるのだ。今の所耐性を抜かれても数秒で回復する程度にとどまっているが、効果範囲を広げるとその危険性は増す。

 そして魔力回復ポーションのポーション中毒は、魔力に対するスリップダメージだ。「第二候補」は綱渡りと言っていたから、いつ中毒になってもおかしくないのだろう。それでも飲んだ。つまり。


『さぁてここが踏ん張りどころです!』

『最後の最後まで釘づけにしてやるわい!』


 完全封殺で、やはり本質は人造スライムであるレイドボス「膿み殖える模造の生命」のコア破壊を、最短時間で行えるようにする。

 その為の、最後のラッシュをかける覚悟、という事だ。

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