第102話 8枚目:不穏の元凶

 ……悍ましい、とは、この事だろうか。

 普通の種族を……住人を、「取り込んで」「モンスターに変える」兵器。下手なゾンビ映画のようなその特性は、残念ながら事実のようだ。


「今回は、まだ幸いだった。あの試練の扉の向こうにいた奴はいなかった。取り込まれたのは、試練として現れたモンスターと、試練の扉だけだ。……もちろん、扉が失われたのは大変な損失だ。だが、命には代えられん」

「だろうな」

「でしょう、ね」


 エルルもカバーさんも同意を示す。改めて思い出す。あの、巨大な異形を。……成程、海産物系って事であんな姿だったのか。今更ながら納得した。

 しかし、フリアドにおけるモンスターの文字は、魔物ではなく怪物だったのか。いや、そっちが本来の意味だけどさ。うん。やっぱり魔物種族とモンスターは全くの別物だったな。

 ……魔物種族とモンスターを混同したのは、まぁ、人間種族だろうというのは、もはや時代の流れと言うか予定調和と言うか、誤解を地道に解いていくしかないアレだろう。


「何よりの問題は……あの、肉腫が、今ここに現れたって事だ。伝わってる話なら、あれはモンスター共の『王』に当たる「何か」しか扱えない筈だ。ってぇ、事は、だ」

「……なる、ほど。最低でも、「居た」。最悪……まだ、「居る」、と、言う事、ですか」


 カバーさんが引き取って口に出したその結論。それに返る、ディックさんの「そうだ」という言葉の重さが凄まじい。多分、エルルも戦闘開始早々にそれに気づいたから、今の今まで口を噤んでいたのだろう。

 ……だって、何処にいるか分からないから。あるいはもしかしたら、すぐそこにいたかもしれないから。知っているという事は、危険度が高いという事で……いつ、どこから狙われても、おかしくなかったから。

 文字通りの意味で、一欠けらの油断も出来なかったのだ。どこに「最悪」が潜んでいるか分からない状態では。


「正直言わせてもらえば、今してるこの会話も怖いな。アレはこの世界のものじゃない。何かもっと別の、想像とか理解とか、そういうのの更に外側のモノだ」

「全くだ」


 エルルもまた重い息を無理に吐き出すようにして、言葉を繋いだ。それに、ディックさんも同意を返す。

 しかし、なるほどなぁ……。その「『王』に相当する「何か」」っていうのが召喚者プレイヤーの大枠の敵、召喚された理由だと考えて良さそう、か?

 もっとも、その戦力差は大変な事になっていそうだが。たぶん、魔物種族召喚者プレイヤーでもまだ現状だと全くの力不足だ。まぁゲームとして考えたら、まだリリースから1年経ってないからなー。仕方ないんだけど。


「なるほど……成程。考えるべき事、調べなくてはならない事は、それこそ山のようにありますが……。お二人とも。今回は大変貴重なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました」


 カバーさんが何を考えていたのかは分からない。が、エルルとディックさんに匹敵するほど重く、硬くなった声で、それでもお礼を言って、この場は解散となったのだった。




 どうやらカバーさんは、あの会話を動画として撮影していたらしい。掲示板を覗いてみると大変な騒ぎになっていた。特に魔物種族とモンスターが全くの別物っていうのが衝撃だったらしい。


・嘘だろ、見た目モンスターでもダメな場合があるのかよ!?

・逆に見た目人間系でもモンスターだったら倒さなきゃダメなのか

・どうやって見分ければいーんだよそんなの


 まぁ大体この3つの意見が多かったな。

 ちなみにエルルに見分け方を聞いたところ、あっさりと回答が返ってきた。


「【血脈】スキルがあれば魔物種族。なければモンスター」

『【血脈】スキルで見分けてるんだ』

「お嬢にもあるだろ? 人間種族にもある筈だぞ。何せ神の加護と祝福を受けるのに必要な大前提スキルだからな」

『なるほどー』


 ちなみにどうやって【血脈】スキルの有無を判別するかというと、それは慣れだと言われた。分かるようになれば、モンスターは今にもまして不気味に感じるのだそうだ。

 不気味ってどんな感じ? と聞くとエルルはしばらく考え込み「存在そのものが違和感」と言った。……まぁディックさんの昔話を聞く限り、モンスターというのはこの世界には「無かった」存在だ。違和感にもなるか。

 その後いくつか質問してみて、私が得た感覚は「下手な合成写真」というものだった。今見ている写真(フリアド世界)に、上から全く別の写真(別の世界)の一部を切って張り付けたような違和感。


「試練に出てくるのは、そういうものとして許容されてるのかまだマシなんだが……外の、普通の場所で見るのはすっげー不気味」

『なるほど』


 首を横にゆるく振りつつエルルはそう言った。だから、モンスターへの攻撃は躊躇も無ければ加減も無いらしい。両方必要ないんだけどね。文字通り見敵必殺だった理由は、そういう事だったようだ。

 ……しかし、「『王』に相当する「何か」」ねぇ……。


 竜族の長は竜皇。不死族の長は死帝。御使族の長は筆頭。そう呼ぶらしい。

 で。この、フリアドの世界には、職業としての「勇者」がいる。

 そして「勇者」っていうのは……「魔王」に対抗する為の、存在だ。


(もちろん、人間種族にも魔物種族にも、国や集落の長が「王」を冠しているところはたくさんあるだろうけど)


 ……一気に、不穏になって来たな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る