第101話 8枚目:鯨の昔話
その当時、魔物種族と人間種族に大別される様々な種族は、それよりもさらに多くの国を作って暮らしていた。
種族同士や国同士での小競り合いは絶えなかったが、それなりに交流や取引は行われていたし、別種族同士の間に生まれた子供が差別されるような事も無かったという。
「儂らはその時代を、古の平和……ロストピース、と呼んでいる」
「……俺が生まれるちょっと前の時代だな」
だが、ある時。ある種族のある国が、世界征服を行う事に本気になった。
その理由については不明だが、その種族は技術的にも、文化的にも大層進んでいたそうだ。そして、元々選民意識の高いその種族の中でも、特にその意識が高い国だった、というのは確からしい。
最初は順調だったらしい。それはそうだ。準備を万全にして不意を打てば、元々地力が高い以上勝てる相手は少ないだろう。
「だが、だ。まぁ、そうそう物事がうまく運ぶんなら、誰も苦労はしない」
とはいえ、その内その順調さには陰りが出てくる。まぁ、それはそうだ。そういう相手がいると分かって準備していれば不意は打ちにくくなるし、いくら技術が進んでいると言ったって、研究すれば弱点の1つ2つは見えてくる。
そんな訳で、じわじわとその侵攻速度は落ちていった。その国も新技術を開発し、取れる手段は何でも取り、征服した国の技術を取り込んで戦力を増強させていたのだが、それでもなお、である。
やがて、その侵攻は完全に止まり、膠着状態へと陥ったという。その時点でのその国の範囲は、大陸が丸ごと1つと、その周辺の島が無数。そして隣の大陸2つに築いた、足掛かりの場所だったという。
「十分な広さだと思うだろう。だが、奴らの目標は世界征服だ。6つある大陸の内、1つとちょっとしか無いなんて、許せなかったらしいな」
この国は諦め悪く、その足掛かりから周辺へとちょっかいを出しては返り討ちにされていたという。そんな状態がしばらく続いて、その国の内部でどんな変化があったかは分からない。
分からないが、それは間違いなく転機だったのだろう。
「この辺は軍人殿の方が詳しいと思うが……奴らは、手を出しちゃならん相手に手を出した。御使族と、不死族と、竜族だ」
「うん、よく知ってる。ま、世界征服を狙ってたって言うならどっちみち手は出してきてただろうけどな」
おっと竜族が出て来た。……何? 最強種族の一角なの? それも世界レベルの共通認識で「手を出すな」って思われるほどに? ……そりゃ強いわ。強くて当然だわ。
「それにしたって、いっぺんに、それも長の家系の子供に手を出すのはどうかと思うがな」
「全部未遂だったけどな。それに俺は防衛側だったから、逆侵攻の様子は知らないぞ」
……言葉も無いとはこのことか。私(降って湧いた系お嬢)へのエルルの対応を見るだけで、そんな事したらどうなるかっていうのは火を見るより明らかって奴だろうに。
まぁ、ともかくだ。手を出しちゃいけない相手の、それも一番手を出しちゃいけないところに手を出したその国は、当然のことながらその3種族からの猛攻を喰らう事になった。
最初の一番順調だった時の侵攻速度を逆回しにしたような速度でその国の領土は切り取られて行き、あっという間に元々の国の大きさまで縮んだのだという。
「ま、そりゃそうだな。俺らに勝てるんならそもそも途中で苦戦とかしないだろ」
「はっはっは。その戦力不足をどうにかしようとして返り討ちになってれば世話は無い」
だが、だ。
窮鼠猫を噛む、の類義語はこの世界にもあるらしい。さて元凶の国を元の大きさまで押し込んでどうしようか、となっていた中でその国は、一言で言うなら「やらかした」らしい。
詳細は不明だ。不明だが、当時その国があった所が「丸ごと消えた」のは、確かなようだ。
「そこからだ。これまでも、それなりに数が居たこの世界の生き物じゃねぇ怪物……モンスターが、一気に世界中に広がったのは」
当時元凶の国を包囲していた複数の国の連合軍の安否は不明。エルルが黙っているところを見ると、その時点では先に上げた3種族の部隊はもう引き上げていたのかも知れない。
それはそれとして、突如現れたモンスターの群れ。恐らくは通常のスタンピートの何十、何百倍、下手したらもっと規模の大きい群れだ。そのまま広がったその群れは、一気にその大陸からモンスター以外の生物を駆逐した。
そして、その空前絶後のスタンピートの被害は、その大陸でとどまらなかった。海を泳いだり空を飛んだりするモンスターも当然居る訳で……という訳では無く。
「もちろんこれは、儂らにとっては伝わってるだけの話だ。話だが……文字通りに海を埋め尽くし、モンスター自身が大陸同士をつなぐ肉の橋となって渡って来た……らしい」
「異論なし、だ。そうだとしてもおかしくない数は俺も見てる。……つーかほんとに、まじで、いっくら倒しても終わりが見えなかったからな……」
うーん、エルルが本気で言ってる。多分、かなり遠い目してるな、これ。ピョピョとルチルが鳴いているのを聞くに、額を押さえるぐらいはしているようだ。
まぁ、最強の一角である竜族ことドラゴンですらそんな状態だったのだ。他の種族がどうなったかというと……大体、お察しの通り、というやつだろう。
「そうしている間に、モンスターに埋め尽くされた大陸が、1つ増え、2つ増え……最後にこの大陸へ押し寄せた所で、神々の幾柱かが、自らを楔としてその原因を抑えにかかった。と、言われている」
そこで一旦ディックさんは話を切った。エルルも黙っている。たぶん、ここからが本題、なのだろう。
「なるほど……。今こうやって、種族同士が孤立しながらも何とか生活できているのは、その幾柱かの神々のお陰、という事なのですね」
「そういう事だ。……そして、あの肉腫についてだが」
カバーさんが納得の合の手を入れる。それに応じて、ディックさんは、ようやくその重い口を開いてくれた。
「その、モンスターが大量に現れた中に……モンスターを呼び出し、統率し、強化する『王』のような存在が、いたらしい。あの肉腫は、その『王』と見られる何かが……ほかの種族を取り込み、モンスターに変えるのに使っていた、兵器だ」
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