第97話 8枚目:知ってても言えない

 さてそんな訳で私とルチルでバフを重ね、エルルは様子を見つつちょいちょいとちょっかい(というには一撃が重いが)を掛ける、という感じでしばらく戦闘に参加していると、船の一隻が戦線から離れた。

 一度港に入るのかなと思っていると、そこから上空へと小型の花火……推定信号弾が打ち上げられる。


『お、向こうもこっちに気付いたみたいだな』

『やっぱりあれ誘導してるんだ?』

『まぁ自己紹介と情報の共有は大事ですからねー』


 いくらエルルがでっかいと言ってもそれは普通の生き物相手の話だ。流石に豪華客船サイズの船なら十分乗れる。

 なので、全身黒い金属鎧装備の白いドラゴンさんは甲板の松明を目印に降下、着地……いや着艦になるのか? ともかく、船の上へと移動した。ひょこ、とルチルも顔を出す。

 私は顔を出さない。何故ってそりゃあ、人間種族召喚者プレイヤーがたくさんいる気配がするからね。


「やはりエルルさんでしたか。おや? 同行者の方が増えましたか?」

「まぁね。で、渡鯨族と一緒に戦ってるあれ、何?」


 着地して軽く周囲を見回し、どうやら罠ではないらしいと判断したのだろう。気軽な感じでエルルは【人化】し、ルチルはその左肩へ移動したようだ。そしてこの声は、検証班ことクラン『本の虫』のカバーさんじゃないか。

 ……もしかしてこの船、召喚者プレイヤー達の指令拠点的な船だったりするのか? だから動きが早かったとか?


「それが、私達にもよく分かっていないのですが──」


 カバーさんの説明によれば、渡鯨族の所も人魚族と同じく、海神様が自身の神殿に、そのキャパシティの限り周辺の野良ダンジョンをかき集めてどうにか対処していたのだそうだ。

 比較的『スターティア』に近いという事で、割と初期から召喚者プレイヤーも参戦。……ほら、渡鯨族は鯨だけあって、【人化】しないとダンジョンでは戦えないから。

 で、人間種族召喚者プレイヤーだけではこれどうにもならないのでは? と思ったあたりで魔物種族召喚者プレイヤーが参戦。状況は盛り返したらしい。まぁ、うん、ほら、種族レベルによる基礎ステータスの差がね?


「──ここまでは良かったのですが、3日程前にその試練を集めた扉に、何か肉腫のような物が発生しているのを確認。それはまたたく間に扉に広がり、やがて扉を飲み込むと……あの巨大な「何か」になった、という事です」

「……えーと、それでいくと、もしかして、結構削れてる?」

「いえそれが……我々の火力が足りないのか、むしろ大きくなっているぐらいでして」

「うっっっわ…………」


 あ、エルルが額を抑えて天を仰いだ。これ相当ヤバいやつなのでは?


「えー、あー、港の方はどうなってるんだ?」

「船に乗れる人数にも限りがありますし、定期的に魔物の群れがやってくるので、そちらはそちらで戦線を張っている状態ですね」

「お嬢、ルチルそっちやっていい?」

『いいですよ。ルチルがいいならですが』

『僕はいいですよー!』

「んじゃ頼んだ」


 ぱたた、と軽い羽音がしたから、ルチルはすぐに飛んでいったのだろう。……え、大丈夫? 結構距離あったよね? エルルはさくっと移動したけどルチルからすれば結構距離あると思うんだけど?

 ま、まぁ自己強化バフかければ大丈夫……? かな……?? と思ったが後の祭り。誰もツッコまないので大丈夫なのだろう。そう思う事にする。


「ところで、エルルさんはあれの正体に心当たりが?」

「ある。あるけど迂闊に口に出したくない。……渡鯨族からは何も聞いてないのか?」

「いえ。皆様も、今のエルルさんと同じことしか」

「じゃあダメだな。とりあえず、俺はさっきまでの調子で攻撃を続けるから、出来るだけその傷に攻撃を集中させる感じで……いける?」

「やりましょう。それで倒せる目が出るのなら」


 カバーさん、まさかの即答。余程手詰まりだったらしい。

 という訳で、早速行動とばかりエルルは【人化】を解いて再び空へ。うーん実に厄い気配がするぞー?


『エルルー?』

『悪いお嬢、流石にこれは、せめてアレ片付けてからで頼む』

『そこまで言うならしょうがないね。バフかけるよー』


 私でもダメか。なぁにその「名前を言ってはいけないあの人」みたいな扱い。もしかするとその辺に魔物種族とモンスターの違いがあったりする?

 けどまぁそれもこれも、全部あの甲殻と触手のお化けを倒してからの話だ。とりあえず私は全力で、エルルにありったけのバフをかけつつ衝撃に備えるのだった。

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