第79話 7枚目:空の旅と人魚族

 さてそんな訳で、月曜日登校して帰宅して、ログイン。そのまま快適快速エルル急行で空の旅だ。


『妖精族はお嬢が寝てる間に様子見て来たけど、大丈夫そうだったからまぁ良しとして』

『なるほど。大丈夫そうなら良かった』

『で、次点でヤバイって言ってた魔族だけど、あいつら空間の扱いは上手いし基本戦闘力ある方だ。そんで何よりな、大陸が遠い』

『距離があるなら仕方ないね』

『その上で、この間この大陸のほぼ反対側まで行っただろ。その時にざっくり目星をつけておいた中で、一番ヤバそうなとこに行くつもりだ』

『大陸全体見える高さまで行ったもんね。で、その一番ヤバそうなとこって?』

『人魚族』

『にんぎょ』


 エルルが採った進路は南西。北は寒く南は暖かいこの大陸で、『スターティア』と反対側の海岸線の辺りだ。どうやらそこにファンタジー種族代表格の人魚がいるらしい。

 高高度を維持しつつ、ちょっかいを掛けてくる鳥形モンスターを雑に叩き落としながらエルルは飛んでいく。……下に見える地形的に、歩いて行ったらリアル数週間、つまりゲーム内数か月はかかっていたと思われる。

 まして『スターティア』と反対だもんな。こう、ざっくり横長の長方形の形をしてるこの大陸の、中心点を挟んで反対側辺りだ。目を凝らしてみてみたが、どうやら多数の川が流れ込む大湿地があり、それがそのまま海に繋がっている地形のようだ。


『昔から「海の守護者」って言われてる種族だけあって、戦闘力は割とある。その上結構魔法も得意だ。ぶっちゃけ俺でも束になってかかれると割と苦戦する』

『エルルが苦戦するとか強くない? それのどの辺がヤバイと』


 解説聞く限り何とかなりそうな印象だ。野良ダンジョンぐらい普通に潰せそうな感じがある。何がヤバいのだろうか。

 素直に聞くと、エルルは僅かに唸り声を零した。見えないけど分かる。これはエルルが頭が痛い時、眉間にしわを寄せているときの癖だ。


『戦闘力的には大丈夫なんだけどな。戦闘慣れもしてるんだけどな。……万一滅ぶとヤバい。大陸全体で、水場が一気に危険地帯に変わる。人魚族が居る辺りは地下水脈も関連してるから、川だろうが泉だろうが関係ない。下手すりゃ井戸までモンスターの巣窟になる』

『なるほどそれはヤバイ』


 超納得した。ていうか人間種族滅ぶんじゃなかろうか? いくら堅牢な城壁を築こうが兵士を鍛えようが関係ないんだから。水が即ち敵になるって事は侵入し放題だし。

 それ以前に、水が手に入らない、それすなわち餓死一直線だ。多少は魔法で作れるのかもしれないけど、それで補いきれないから井戸や川からの水を利用している訳で。

 万一にも滅んだら大陸が詰む。それが人魚族。おーけー理解した、様子見最優先だな!!


『んー……上から見る分には問題ない、っぽい……?』

『とりあえず、ひとまずは?』

『だな。降りてみないと細かいとこまでは分からないが』


 そうこう言っている間に着陸圏内まで辿り着いたようだ。ホバリングの体勢になりつつエルルは地上の、推定人魚族の街の様子を見ているらしい。私も顔を出して眼下を眺めてみるのだが……うーん分からん。

 とりあえずエルルから見える分に問題は無いようだ。ひとまず安心といったところだろうか。ここからは刺激しない為にゆっくりと離れた所に降りていく。

 相変わらずさっぱり地上の様子が見えないのだが、エルルには何か反応があったのが見えたようだ。扇状地、と言うんだったか。湿地だけど。その端に降りようとしていたエルルが進路変更し、ようやく私の眼にも見えるようになった島の1つへ降り立つようだ。


「やぁ、竜族の方ですか。これは久しいですが、我らに何用ですかな?」


 見事な姿勢制御で振動も無く降り立ったエルル。そこに、のんびりとした調子の声をかけるのは……一見すると、普通の兵士さんだ。金属鎧の所を全部青っぽい皮で出来た鎧に変えて、槍を三又鉾に変えればそのまんま。

 強いてそれ以上の違いを言うのであれば、顔色が日に焼けている割に青白い、といったところだろうか? 耳と髪は見えないが、目や鼻、口は『スターティア』で会った普通の人……もとい『本の虫』のカバーさんと変わらない。

 ぽんっ、という感じで光を散らし、エルルが【人化】する。ガチャ、と背中に背負う形の大きな剣の位置を直し、帽子の位置も直した。私? もちろん定位置の軍服の中だよ。エルルの動きは推定でお送りしております。


「うん、ちょっとね。少々きな臭いというか、厄介というか。そういう話……うーん、無関係じゃ無いし言っちゃっていいか。そういう啓示があったんだ。変わりはない?」

「厄介な啓示とは、穏やかではありませんな。今の所特段、是と言って変わった事は起こっていない筈ですが」

「何事も無いならそっちの方が良いんだけどさ。一応ね」

「ですなぁ」


 神が実在するフリアドの世界において、啓示というのは一定以上の信頼がおけるだけの重みがある。現実でいうなら、政府の公式発表ぐらいだろうか。だから、その取扱いも慎重にならなければならない。

 まぁ伝えないで下手を打つのも何をやっているんだかなので、伝える時はちゃんと伝える必要があるのだが。その辺は交渉事にも慣れているエリート士官軍ドラゴンなエルルにお任せだ。

 とはいえ、この和やかな世間話の調子を聞く限りは大丈夫そうだ。ほっと一安心だな。


「……そう言えば、妙な通達がありましたな」

「妙な通達?」

「えぇ。なんでも、召喚者を名乗る者が来たら、最優先で王宮に連絡を入れ、内密に連れてくるように。種族は問わないものとする。と」


 …………おや?

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