第16話 1枚目:決勝戦2

 誰しもが……いや、少なくとも「第二候補」は何かに気付いていたから、大多数の観戦者は目をむいて驚いたことだろう。

 杖を地に付けて微動だにせず、魔法を乱射していた魔法使い。最優の剣士である勇者の間合いまで近づかれた時点で打つ手は無いと、誰もが思っていたからこそ、その光景には度肝を抜かれたことだろう。


「なっ──にが起きた!? 勇者が肩を庇いつつ後方へ下がったぞ!?」

「槍じゃよ」

「は? 槍? ランス?」

「その槍じゃ。魔法で付与をした、一時的な物じゃがの」

「んんんどういう事だ!? 魔法使いは魔法使いじゃなかったのか!?」


 剣を振り上げようとした勇者が一瞬目を見張ったのが見えたのは、一体何人いただろうか。

 それ以前に、地につけていた長い杖を引き抜くように振り上げ、地面と平行に持ち直し、その「先端に付いた刃」で勇者の左肩を貫いた……その、居合や抜打ちのような高速の攻撃が見えたのは、さて、何人か。

 杖を槍として構えた魔法使いは、しかしそのまま詠唱を続けたようだ。ぼぼぼぼぼ、と音がして、一瞬止まっていた火と水の玉の乱射が再開される。勇者は右手だけで聖剣を振るい、魔法を斬り落としているが……大分苦しそうだ。


「魔法使いじゃよ。妙だとは思っておったのじゃ。詠唱を聞く限り、どう考えても「4属性」の魔法を同時に使っておる。なのに撃ち放たれているのは「2属性」だけ。あと2つはどこへ使っておるのかと思ったが……あの刃と、速度の強化に使っておったようじゃな」


 詠唱を聞いているだけで使っている属性が分かる「第二候補」も大概だと思うが、その解説には納得だ。勇者の聖剣にも負けず劣らずの切り札を魔法使いも持っていたらしい。


「なーるほど。弾幕で「近づかなければ」と思わせておいてからのー、近寄ったら刃を付けた杖で地面からの抜打ちブスリ! えっぐいなぁ。あ、もちろん褒め言葉だよ?」

「ただ流石に勇者じゃのう。あの不意打ちの一撃をギリギリながら躱しおった。普通なら頭か首か心臓を持っていかれておるぞ」

「腕一本もとい肩だけで済んだ勇者マジスゲーって事でいいのかな?」

「まぁ間違ってはおらん。しかしあの魔法使い、思った以上に対人戦闘慣れしておるの。モンスター相手ではあの戦術、火力不足じゃぞ」

「んーでもこれは、あの弾幕捌きながら肩を何とか治したらしい勇者スゲーけど、迂闊に近寄れないねー。けど近寄らないと攻撃が当たらない訳で。この凌ぐ戦い方、ワンチャン魔力切れ狙いか?」

「望みは薄いがの。この乱射のペースに加えて速度の強化も刃の強化も続けておる。どう考えても何かしらの仕掛けか小細工で魔力を桁外れの域まで底上げしておるぞ。無限回復状態までいっている可能性もあるの」

「なるほど仕掛けか小細工。スキルじゃなくて?」

「そんな極端な性能のスキル、実在するならとっくに儂が取っておるわ」

「そっちかー。まぁ確かにスキルとして考えるとぶっ壊れ性能過ぎるかな。しかし、装備もそんなに上等そうじゃな……あ、情報来た。うーん、杖はちょっと希少だけど『スターティア』の周辺で手に入る木材だし、あのローブも普通の雑魚敵のウルフ毛皮製らしい。手は手袋で隠れてるけど、これも普通の店売り装備だって」

「という事は、スキルでも装備でもない、という事じゃのー。あと有り得るとするなら……特殊なポーションか、魔力の回復速度を上げる装飾と魔法のコストを下げる装飾を組み合わせている、とかじゃろうか」


 改めて動きのない魔法使いを見るが、ゆったりとしたローブは体の線すら隠してしまっている。当然、アクセサリを付けているかどうかなんて、分かる訳が無い。

 それを隠す為のフード付きローブなのだとしたら、やはり対人慣れしていると見るべきなのだろう。

 ……しかし、本当に一切初期位置から動かないな。あの速度なんだから、魔法を打ちながら勇者の周りを回るように動くだけでキャパオーバーを引き起こせそうなものなのに。


「…………」


 そこまで考えて、ふと引っ掛かった。改めてローブを見る。フードを被った顔を見る。装備はおろか、表情や体の線すら分からない。

 ……ちょいちょい、とモヤシスーツ記者を手招きして、大きめの紙と太いペンを用意してもらった。画用紙にマジックペンで書くように、「第一候補」と「第五候補」が左右から覗き込んでくる中で大きく文字を書く。

 ぽん、と手を打つ仕草をする「第一候補」と、すごーい、という笑顔で小さく拍手をする「第五候補」をスルーして、モヤシスーツ記者にその紙を渡す。モヤシスーツ記者は、「それだ!」という顔をして受け取り、録画している検証班の脇から、画面に映らないようにその紙を掲げて実況と解説をする2人に見せた。


「ん? 何かカンペが……あー、あー! あー!!」

「ほっほう。確かにそれは盲点だったのう。が、可能性としては先ほどの仮説より、よほど「アリ」だわい」

「ていうかそれ以外ないだろ! 言っていいよな、言っていいよな? この実況と解説、会場に届いてないんだから言っていいよな!?」


 同じくカンペを見た検証班からオッケーサインが出たようだ。


「よーしオッケー出た! それでは解説の「第二候補」、よろしく!」

「地に足を付けて動かない間は超回復し続ける、というような感じかのう? 植物系種族の、種族固有スキル辺りならありえるの。人間と思い込んで無意識に可能性から排除しておった」

「確かに開始位置から文字通り一歩も動かないうえ、あのローブで中身がどうなってるかなんてさっぱり分からないからな! こーれは、普通の人間が相手だと思ってると勇者は厳しいぞー!?」

「文字通り無限魔力じゃからのー。かと言って掠りダメージも即座に癒えるじゃろうし、あの槍としても使える杖がある限り近寄っても難儀じゃ。こうなっては初手で決めきれなかったのが痛いのう」


 うん。流石に、あまりにも動かないなと思ったんだ。それに種族固有スキルなら少々ぶっ壊れでも、それを前提にした戦略を練れるぐらいに使い慣れるだけの時間があるんじゃないかと。

 というか、それ以外の選択肢だと、それを前提とした戦略は取れないんじゃないかなーと。まぁ、それが正解かどうかはまだ分からない。


「ワンチャンあるとしたら一撃吹っ飛ばし系の遠距離攻撃があるかどうかか? もしくは攻撃が足元に入るか」

「いや、さっき至近まで迫ったからの。種族が違うのであれば流石に気付く筈じゃ。強制的に場所を動かす攻撃が入ればチャンスはあるじゃろう」

「という事はそのノックバック攻撃を叩き込むタイミングを見計らっているということか! さー勇者が魔法使いの隙を見つけるのが先か、魔法使いが勇者の体力を削り切るのが先か!」

「勇者は先ほど肩をやられておるからの。魔法を捌くのもなかなか体力を使うじゃろうし、半時間以内に決着はつくじゃろう」

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