第2話 前書き:チュートリアル
そして、来る8月1日。
「ええと……ネット回線接続、よし。事前インストール、よし。身体の基礎データ入力、よし。水分補給とトイレ、よし。服……下着なのは、まぁ、仕方ない。よし」
サービス開始の12時まで、あと5分。届いた機材……端のチャックを合わせる事で寝袋になるジェルマット、ぱっと見るとバケツにも見えるヘルメット、電源やインターネットに接続するコード……をちゃんと接続し、説明書に書いてあった通りの薄着(肌着)姿で、最終確認。
説明書によると、1日にログインできる最大回数は3回まで。一度に出来る連続ログインは3時間まで。一度ログアウトしてから1時間はログイン出来ない。そして、ゲーム内は時間が加速していて、現実の4倍の時間が流れる、という事だ。
昼ご飯はもう済ませた。今から3時間なら、ぶっ続けでゲームをしていても問題ない。というか、していても大丈夫なように色々と頑張った。
「さて、と。マットを寝袋にして、ヘルメットを被って……」
部屋の床に広げたジェルマットの上に寝転び、ごそごそと端を手繰り寄せてチャックを引き上げる。頭を外に出して、ずぼっと外見バケツ、中身精密機器のヘルメットを被った。
もごもごと位置を調節し、手をジェルマット寝袋の中に戻す。意外と息苦しくない暗闇の中で浮かぶ時刻表示が12時を指すのを待って
「『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』、ログイン──」
言葉を発すると同時に、強い眠気にも似た眩暈が起こった。それが小さくなるのと引き換えに起こる落下感。一瞬、お腹の中身が浮かび上がるところまでいって、ぼふっ、と柔らかい場所に落下する感覚があった。
「おわっ!?」
慌てて置き上がると、周囲に広がるのは特大のクッション、あるいはマシュマロが一面に転がっている、真っ白な場所だった。上を見上げると、そこは満天の星が輝く夜空が広がっている。
手を握ったり開いたりしても、その感覚は現実のそれと変わらない。しかし、見回す光景は完全に現実離れしたものだ。これがVRか、なるほど。
「……過疎る訳だなぁ」
確かにこれが相手では、平面の世界では対抗できないだろう。ちょっとは帰ってくる人が居てもいいようなものなのに、と思っていたが、確かにこれを知ってしまっては帰れない。
ふかふかなクッションだかマシュマロだかな大きな塊を触っていると、リリン、と鈴の音が聞こえた。顔を上げると、正面に透明な画面が展開する。
『初めまして、新規プレイヤー様。私は“ナヴィ”。プレイヤー様の補佐をさせて頂く者です。よろしくお願いします』
「ボックス様の眷属の……ではないですねすみませんよろしくお願いします」
左右に妖精のような羽の付いた画面に文字が並ぶ、という姿(?)を見て口をついて出てきた言葉は、すぐに訂正する。
というのも、コトニワ公式は通常、白い箱姿の「ボックス」という神様とその眷属である「ナビ」のコンビでイベントやお知らせを行っていたのだ。で、その「ナビ」の姿というのがこの、画面に妖精のような羽、という姿なのである。
良く聞けば「ナビ」ではなく「ナヴィ」だったし、そもそもここは『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』ことフリアドだ。違うに決まっているだろう。何言ってるんだ私。
『あら、我々と我々の主をご存じですか?』
「あれっ」
『おや、そうではない?』
「いやその、まじで「ナビ」さん……?」
と、思ったら、何故か反応があった。首を傾げる動く絵文字が可愛い。
『ボックス様の眷属「ナビ」の1人、“ナヴィ”です。真名をナヴィティリアと言います』
「真名って事は、わぁ、本物だ……。「庭」の1つを任されていたルミルです。最後に「庭」に行ったのは7月31日で……って、えっ。ここってボックス様がいるんですか?」
『ルミル様ですね。レコードを検索いたします。検索条件、プレイヤー名「ルミル」、最終ログイン「7月31日」……該当有り。代表オブジェクト【カタカナ「る」の大石碑】、住民4名、区画数32の庭を管理していたルミル様ですか?』
「あ、はい。そのルミルです」
情報過多なのでちょっと整理すると、コトニワではそれぞれの「庭」に「住民」を住ませることが出来た。方法は色々あるが、超極稀だとだけ言っておく。画面の向こうでちょこちょこ動くキャラ達は控えめに言って可愛かった。
で。コトニワでは、プレイヤー含め名前というものが3文字まででしか付けられなかった。これでは名前被りが大変な事になってしまうので、本体であるブログでキャラを紹介する記事を書き、そこで「真名」として、区別化しやすい長い名前を紹介していたのだ。中二病ではない。
そして「庭」には代表オブジェクトというものが設定できて、これが「庭」の名前代わりになっていた。私のちょっと良く分からない名前のオブジェクトは、イベントで頑張って手に入れたもので実は結構な貴重品だ。
『最後まで我が主に任せられた領域を見守って下さったのですね、ルミル様。ありがとうございます』
「あはは、ありがとうございます。ほんと、別れが惜しいというか、悲しいというか……だからここにも来たと言いますか」
区画については最初の広さを1として、課金や拾ったアイテムの組み合わせ、イベント報酬で広げられる庭の広さの単位で、上限はなく、確か大物だと3桁に届いていた筈だ。最終ログインについては、言うまでもない。サービス終了日まで入り浸っていましたが何か。
……で、まぁ。フリアドに引き継ぎ可能なデータ、というのが、その住民と作り込んだ「庭」だった……というのが、大きな理由の1つである。
だって、会えるんだぞ。画面の向こうで動いているのを見るのが精いっぱいだったあの子達に、直接、会えるんだぞ? 触れ合えるんだぞ? もふもふできるんだぞ?(力説
『なるほど、そういう事でしたか。では、そろそろ手続きを進めさせていただきます』
「あ、はい。お願いします」
気を取り直したらしいナヴィティリアさんの言葉(文字)に従って、フリアドの登録を進めるのだった。
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