第1話 宛先:広い世界へ
昔、インターネットと言えば平面の画面に、実体のキーボードで文字を打ち込む物だった頃。今ではすっかりSNSに取って代わられたブログというコンテンツを飾るパーツとして、『ワードガーデン』というものがあった。
これはブログの記事を投稿したり、その記事にコメントが書き込まれたり、検索を行える窓をブログに張り付けて検索したりすると、それらの「文字」がアイテムとして出現し、そのアイテムを使って与えられた「庭」をカスタマイズする、という、ゲームのような何かだ。
「庭」の大きさは、アイテムを集める事でレベルを上げるか、アイテムを集めたり加工したりして売った内部のお金を使うか、現実のお金を使う事で広げられた。猛者になると、本体であるブログよりも広大な内部空間を持っている、なんてこともあったようだ。
「ほぁっ?」
そのお手軽さと、「文字」によって出てくるアイテムの種類や数がデザイン含めて文字通り果てしなく膨大だった事から、結構あちこちで見かけていた『ワードガーデン』。ブログの記事や検索履歴が元となるので、実に個性あふれる「庭」がインターネット世界のあちこちに建築されていた、の、だが。
SNSが広がりに広がり、AR技術が発展していくにつれて文字と平面のブログは日陰へと追いやられ、VR技術による社会の革新が華々しく行われる段になると、もう完全に時代遅れの烙印を押され、廃れていってしまった。
当然、本体であるブログが廃れてしまえば、『ワードガーデン』、「文字」による「庭」もまた、それに付随する訳で。……サーバーの問題なのか、そのブログ自体の閉鎖も早かった気がする。
「……ふぇ」
で。そんな中で、私はちまちまとブログを続けて「庭」をいじり続けていた少数派だった訳だが……とうとう、『ワードガーデン』公式から、サービス終了のお知らせが届いた。使っているブログサービスの大元からも同時に、同時期にサービス終了のお知らせが届いていたので、どちらにせよ続けられなかったから仕方ない。
が……何故か。落胆と納得と共に読み進めていた事務的なメールの最後に、これがただの時代に負けたサービス終了ではない、という感じの内容がくっついていた。
「……と。つまり……VRMMOの、新作タイトルに……コトニワ(『ワードガーデン』の略。ことのはのにわ)の要素があって。データ引継ぎが、出来る……?」
ざっっっくり簡単に要約してしまえば、そういう事のようだった。細かい部分は引き継げるデータの範囲とか、引き継ぎ方とか、引き継いだデータがどうやって反映されるかとか、その辺の詳しい事が書かれている。
それを、たっぷりと時間をかけて何度も視線を往復させて確認した。メールアドレスは、何度か公式イベントでアイテムを貰ったことのあるものだったので間違いなく公式。
問題は、引き継ぎ先のゲーム……正確には、今まで手を出してこなかったVR、そこに接続する為の機材、なのだが。
「こ……これまでのご愛顧、ありがとうございました、キャッシュバックキャンペーン?」
どうやらそれも、コトニワ公式、もとい、新作VRMMO公式からプレゼントされるらしい。太っ腹だ……と思ったら、VRも普及が進み、ランクの低い物であればそこまでお値段がする訳でも無くなっているらしい。
廉価版でも接続に問題があるとか、遅いとか、そういう問題は無いようで。高い機材の何がいいかというと、それはフレーム単位での動きを必要とするごく一部のオーバースペックな人達の話のようだ。
あとは、匂いとか、感触とか、そういう細かいところが鮮明になるとか。遊ぶだけ、VR式のインターネットに繋げるだけなら、そこまでのスペックは必要ない、らしい。
「……これは……いい、な」
元々、インターネット自体がVR前提となりつつあったから、いずれどこかでVR機材を手に入れて、今使っているものと入れ替える必要があった。なかなか、お金も機会も無かったから、なあなあで済ませていたけど。
ならいっそ、この機会に乗ってしまうのもいいかも知れない。何より、引き継げるデータの中に、VRに是非とも引き継いで、その結果どうなるかを見たいものが含まれていた。
「ただ……引き継いだデータを引き出すのが、微妙に、条件が厳しいような」
もう一度確認すると……引き継いだデータは「異空の箱庭」というアイテムを手に入れなければ、確認できないようだ。ただ、そのアイテムについては、一切何の情報もない。
その新作タイトル……『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』についても調べてみたけど、ほとんど情報が無かった。ベータテスターが感想を言い合っているところが精々で……そこにも、当然無かった。
……手に入らない、という事は、無い筈。
「純スキル制、ステータスは体力含めて隠しパラメータ扱い、行動は現実と変わらない自由さ、職業システムは所属ギルドがそれに当たる。腕で時間を補うか、時間で腕を補うかは人次第。課金は不明……」
ダウンロードする際に購入費がかかるが、その後の接続は基本無料。だから、課金はあるだろう、というのが、『フリーオール・アドバンチュア・オンライン』、通称フリアドについて語ってる場所の結論だった。
お金は出せないので、もし「異空の箱庭」を手に入れるのが難しいなら、腕か時間で補うしかない。幸い、今のところ勉強は授業を受けて宿題をこなし、あとはちょっとテスト前に頑張れば問題ない。
だから、お金は無いが時間はある。そして何より、サービス開始が8月1日。夏休み真っ最中だ。宿題は……7月中に頑張っておけば、大丈夫。たぶん。
「…………なら、やってみよう、かな」
機材やデータの引き継ぎに関しては、実際のサービス終了時……6月末の時点で、もう一度メールが来て、そこで登録等をするらしい。
それまでは今までと変わらず『ワードガーデン』をお楽しみ下さい。と〆られたメールをもう一度読み返して、そう決めるのだった。
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