エピローグ『私を作ってくれた人』

 宇佐美家はオレの住んでる町の駅から二つほど離れた場所のマンションにあった。オートロックの扉に綺麗なエントランスと結構……いや、かなり豪華なマンションだった。エレベーターに乗って目標の階へと向かう。マンションへ入る時にオレが来たことは分かっていたからか、部屋のインターホンを鳴らすとすぐに真琴の母親である鈴さんが出迎えてくれた。

「こんにちは、和樹君。熱い中来てくれてありがとね」

 そう言って笑う鈴さんを見ていると、真琴の笑顔が重なる。なんであいつから鈴さんの写真を見せてもらった時似てると気づかなかったのか。そんな考えを小さく振り払ってオレは鈴さんの後をついていくように中へと入った。

 家の中は綺麗にまとまっており、オレの家より片付いていた。リビングを通り過ぎて案内された和室に入る。そこには小さな仏壇が置かれており、その手前に飾っていたのは何かの賞状を持って笑顔を咲かせている真琴の写真だった。

「その写真ね。あの子が忍者の免許を取った時のものなの」

 ずっとその写真を見ていたから、鈴さんの声にびくっと自然と体が跳ね上がった。

「え? 忍者って、あの忍者ですか?」

「そうなの。あの子、本物の忍者になったのよ。本物の忍者って言っても、外国の人に日本文化を教えるスタントマンみたいなものらしいけどね」

 お茶をオレの元に置きながら説明してくれる鈴さん。あぁだからあいつはクナイとか変わり身の術とか使ってたのか。

「お爺ちゃんの影響でね。お爺ちゃんが好きな忍者を見て自分もなりたいって言い出したの。でも、みんななれっこないって言ってたんだけど、すっごく頑張って本当になったのよ」

「すごい努力家だったんですね……」

「そうね。でも、一番の理由は和樹君だったのよ」

「オレ……ですか?」

 突然オレの名前が出てきて目を瞬かせる。一体オレが何をしたのか思い出そうとするけど、もちろん思い出せない。鈴さんは、ちょっと待っててね。と席を立ち和室を出て行った。

 クーラーの音を聞きながら待つこと数分、鈴さんが戻ってくると、その手にはたくさんのノートが積まれていた。

「それは?」

「あの子のね、日記なの」

「日記……ですか……」

 畳に置かれたノートを一冊手に取ってみると、丸文字でDiaryという字が書かれていた。ボロボロになっているノートもあれば、まだまだ新しいノートもあり、数は軽く20は超えており、それだけで真琴の真面目さがよく表れている。

「あの子がね。この前夢に出てきてこう言ったの。もしも和樹君が尋ねてきたら、私の日記を見せてあげてって。見られるのは少しだけ恥ずかしいけど、和樹君ならいいって」

「真琴が……」

「この日記はね、昔和樹君と出会った時からずっとつけてるのよ」

「オレと、出会った日から……」

「覚えてない? 和樹君のお爺ちゃんのお葬式の時に真琴と和樹君が会った時のこと。あれから中々会う機会がなかったけど、真琴はその日から突然日記をつけ始めるって言いだしたのよ」

 まったくその時のことが思い出せなくて、オレは一番古いノートを一冊手にとって開く。破らないようにゆっくりと捲って一番初めの日記に目を通す。

 そこには子ども特有の丸っこい文字でその当時のことが書かれていた。その文に思わず胸が詰まる。

「……そんなことなら、初めに言えよな……」

 ごしごしと乱暴に目を擦ってオレは呟く。




 ○月×日 今日、私は一人の男の子と出会いました。名前ははやせかずきくん。かずきくんは、私の忍者になりたいという夢を応えんしてくれました。

「すごい夢だね。きっとなれるよ」そう言われた時、胸がすっごくあつくなって、かなしくなんてないのに、なみだが出そうでした。

 今までだれも私の夢を聞いてくれなくて、もうやめようかと思いました。でも、かずきくんのおかげで、もういちどやってみようという気もちがわいてきました。だから私は、かずきくんにこう約束しました。

 かならず忍者になって、かずきくんを守ってあげるね。困ったことがあったらぜったいにかずきくんを助けてあげるからね。と。かずきくんはうん。と首をたてにふって、私たちは手をつなぎました。今日から私はがんばって忍者になる努力をします。ぜったいになります。そしていつかかならず、かずきくんに忍者になれたことをつたえに行きたいです。


 end

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