森の奥の洋館で、彼はそれでも笑っている
優希
第1話
うちのお嬢さまは4年に1度、恋をしますの。そして、フラれると4年間沈み込みますの。沈んで、沈んで、4年くらい経つと「あ、あの方ですか?もう昔の男ですわよ」なんて言って、笑って次の男を探しますわ。お嬢さまは美人ですから、すぐに次の男を見つけて恋をしますわ。そして付き合って1週間で別れ、また沈みますの。
今からお話するのは、4年に1度の恋の物語なんかじゃありません。お嬢さまとワタクシの3年と51週間の恋を邪魔するおじゃま虫の物語ですわ。
………おっと、ワタクシとしたことが、自己紹介がまだでしたわね。ワタクシ、お嬢さまの忠実なる下僕、メアリーと申しますわ。一応、この家のメイド長兼お嬢様の身の回りのお世話係をしていますわ。以後お見知りおきを。
-------------------------------------
月曜日:4年間くらい落ち込んでいたお嬢さまが、やっと元気になられた。今日から新しい恋人を作るぞ!なんておっしゃってる。でも私は知っている。毎日、元カレの名前を呼んで泣いていたことを。そういえば、4年前の日記にも、おんなじことが書いてあった気がする
火曜日:昨日、光の速さで男を捕まえてきたお嬢さま。私が相手の素性を調べ上げるまで、お嬢さまには指一本たりとも触れさせはしない。
水曜日:まあまあ、悪くない家の出だった。こいつは前の男のように金目的なのだろうか?それとも、お嬢さまをめちゃくちゃにしたいと考えているのだろうか?全く読めない。
木曜日:お嬢さまが、私にしか見せないような顔をあの殿方に見せている。これは、早急に排除しなくては…。
金曜日:さてどうするか…。今までの男はみな、お嬢さまに悪意を持って近づいてきたし、脛に傷を持つものだらけだった。しかし、今回は違う。どうしようか…。
-------------------------------------
「で?これで僕に毒を飲ませようとしたってわけかい?サンドラ嬢も飲む飲み物に細工するなんてメイドとして最低だね」
両手を縄で縛られた状態で、世界一最低な男は聞いてくる。私の秘密の日記を開いて、わざわざ今週の分を読み上げながら。この日記は自室でしか開かないし書かない。お嬢さまに見られるわけにはいかないからだ。取り寄せた毒と一緒に、そうそう見つからないところに隠しておいたのに、なぜ見つかったのだろうか…という疑問を飲み込みつつ私は答えた。
「あら、ワタクシたちには毒ではありませんわ。それに、お邪魔虫を排除することに何か問題でも?」
この分だと、過去に私が行なったことも知っているのだろう。どうせ知っているのだから、ここで嘘をつくよりも素直に白状しよう。そう理性が囁いてくれているのに、どうも素直になれない。話をすり替えて誤魔化してしまうのは、私の悪い癖だ。
「いや、何の問題もないとも。それに君が本心から僕のことを、お邪魔虫って思っているのは伝わってくるしね」
驚いたことに、彼は何も言ってこなかった。それどころか、私のことを容認するようなセリフを言ってくる始末。
「どういうこと…?」
思わず疑問がこぼれてしまった私に対し、彼は答えてはくれなかった。
「とうぜん、僕に協力してくれるね?」
妖しい彼の瞳に見つめられ、私は“はい”と答えることしかできなかった。
俺は、人の考えが読める。人の思っていることが分かる。初めはこの力で、帝国に尽くしていた。それなりに重宝されていたけど、あるとき王様が“こいつはいつか裏切るのでは?“と考えて、暗殺者を雇って俺を暗殺しようとしていることを知った。それに、同僚からの妬みや嫉妬の気持ちも膨れ上がってもう爆発寸前のところまで来ていた。だから俺は城を辞め、旅に出る事にした。なんでも、辞めた途端に犯罪者にされたらしく、追っ手に捕まらないようにいろんな町を転々とした。そして、このお嬢さまと呼ばれるサンドラ嬢を見つけた。妬みや嫉妬の感情が無く、ただただ純粋。正直、一目惚れだったね。そこから、サンドラ嬢のメイドのメアリーにサンドラ嬢のいろいろを聞いた。メアリーは優秀だったらしく、俺の素性を調べ上げていた。それと殺しに来たことをサンドラ嬢にばらすぞと言ったら、湯水のように出るわ出るわ。聞いた俺でも引くくらいの情報を得る事が出来、恋する乙女はからかってはいけないということを学ぶことが出来た。
えっ?俺が誰だか知りたいって?俺はクリス。帝国1の賢者にして、不老不死の罪人さ。
日曜の夜、私は初めて自分から殿方を自室に招きました。今までは勝手に侵入してきて、メアリーに叩き出され、結局メアリーと噛みあう日々だっただけに新鮮です。二人でベッドに座りおしゃべりをしていると、彼の白い首筋が目に入ってきます。そして、それを見ていると噛みたいという欲求が高まってきます。それを何とか抑えて、おしゃべりに集中しようとすると、突然彼が言いました。
「あ、噛みたければ噛んでください。僕、不老不死なんですよねー」
急に言われて、私はとっさに理解することが出来ませんでした。イマナンテ…?
「ですから、噛んでいいですよと」
私は自分が抑えきらなくなるのを感じていました。いつも、フラれてから1週間くらいのときに起きる、メアリーをめちゃくちゃにしたくなるあの気持ちです。快感だけを求め、体中が快感のにおいのする方へと飛びつくようなあの感覚。人の血は有限であり、吸い過ぎると死ぬということは頭の片隅にありましたが、私は本能のおもむくままに彼を求め続けました。
「お嬢さま、おはようございます」
朝、またいつものようにメアリーが起こしに来ました。
「うわっ、私のときよりもたくさん噛んでる…」
メアリーが何かを言っていますが、耳に入ってこないです。隣には、首筋に傷のある彼。私は今幸せでした。
お嬢さまを起こしに行くと、お嬢さまと彼は幸せそうな寝息を立てて寝ていた。悔しいけれど、彼の方がお嬢さまを幸せにするだろう。私はただ、悪い虫を追い払うだけの役目だったのだ。どんなにお嬢様のことが好きでいても、私はしょせんメイドで、お嬢様はお嬢様。300年と5100週間好きだったとしても、4年目に入れば私ではなく新しい男を探しに行く。これは100年間変わらない。
幸い、彼は今までの男とは違う。私は二人の元を去ろう。そう思った時だった。
「メアリー行かないで。クリスは悪い人ではないわ」
寝ぼけているのか、寝言なのか。どちらかはわからないが、お嬢さまが私を呼び止めたことだけは確かに聞こえた。
「はいはい、ワタクシはどこにも行かないですよー。ですから起きてください」
お嬢様がフラれるのは、私があなたのことを独り占めしたいから。そんなの分かっていて、それで離れようとしたけれど離れられなかった私。そんな私を、お嬢様は許して一緒にいていいと言ってくれる。300年と510か月も独り占めしていたのだから、今更一人じゃなくてもいい。だから、だから……。
言い訳をしてしまうのは、私の悪い癖だ。ここは素直に彼とお嬢さまの1週間では終わらない恋を祝福しよう。
「お嬢様、おはようございます」
ここは、西の森の奥にひっそりと建つ洋館。耳を澄ませば、かすかに笑い声が聞こえる扉の向こうでは、今日も吸血鬼と不老不死の賢者が幸せそうに暮らしている。
森の奥の洋館で、彼はそれでも笑っている 優希 @yukiyuki19212
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます