KAC20202「お題:最高のお祭り」上書き

 アキはああ見えて器用な女子だった。

 普段はバカみたいなテンションで接してくるくせに、頭はよく、運動も芸術もお手の物だった。


「そんなに褒めないでくださいよ、ハル先輩。照れちゃうじゃないですか」


 かと言って過剰な自己顕示欲は持たず、ひねくれた性根でもなく、その多才さを鼻にかけることも(ハルを除いて)しなかった。

 誰からも愛される性格だったと思う。


「忘れちゃったんですか、ハル先輩。今日、わたしの誕生日なんですよ。だから、ほら。クラスのみんなからこんなにプレゼントが。――おやおや? ハル先輩? 先ほどから機を窺うようにバッグから何か取り出そうとしてますが、もしやソレは?」


 そんな彼女だから、中学の文化祭では複数の出番が予定されていた。

 バンドにダンス、果てはコンピュータ部によるCGアニメーションの発表。


「ハル先輩、見てください。このロボットの動き。滑らかで力強く、そしてロマン溢れる出来栄えでしょう」


 機械にまで強いと知ったとき、ハルは驚きを通り越し恐れすら抱き始めた。何事も平凡に収まる自分からすれば化け物といって差し支えない傑物だった。


「ハル先輩? こんなに可憐な女子をつかまえて、化け物とはひどい言いようですね。こんなに可愛いのに。……可愛いですよね?」


 そんな彼女が出る予定だった文化祭が、今日、開く。



     〇



『次は、軽音楽部によるバンド演奏です』


 淡々と読み上げられた演目を聞いて、ハルはハッと顔を上げる。全校生徒が集められた体育館で、檀上にスポットライトが灯る。先ほどまで何が行われていたのか、ハルの記憶にはなかった。


 バンド演奏。アキが出る予定だった――


 女子四人が登壇し、それぞれの配置につく。

 ドラム、ベース、ギター、残りの一人がギターを抱えながらのボーカル。


 ギターボーカル、その位置にいた女子は――


 その女子はハルの知らない女子だった。

 ハルの胸中などに構いはせず、演奏はつつがなく行われていく。


 演奏技術は乏しくとも、ボーカルのハスキーな声が印象的だった。

 バンドは成功と言える盛り上がりを見せていた。


 ハルは俯き、耳をふさいだ。

 カラオケで聞いたアキの声を思い出そうとした。



     〇



『次は、ダンス同好会による――』


 二十人ほどの学生が登壇し、やけに重低音が響く音楽と共に調和のとれた踊りを見せる。


 ハルは檀上の端から端まで、何度も何度も彼女を探した。

 しかし、彼女はいない。


 ハルは宙を見上げて、目を閉じた。

 花火を両手に自由に舞うアキの姿を思い出そうとした。



     〇



『次は、コンピュータ部による――』


 檀上に降ろされた巨大スクリーンに、CGアニメーションが流されていく。どれも拙い映像だったが、部長が作ったという最後の一つだけは別格の出来だった。


 ハルは思わず立ち上がる。見覚えがあるCGだった。

 何で、何で。

 吐き気に似た怒りが喉をせり上がってきた。


「ふざけるな!」


 静かだった体育館に、ハルの怒声が響き渡る。


 ――ど、どうしたハル

 ――何でそんなに怒ってるんだよ?


 周囲の友人が彼を落ち着けようとする。ハルの肩や袖に、友人たちの手が触れる。ハルは払いのける。


「あれは、アイツの作ったものだ! 他人が、奪うな! 横取りするんじゃない」


 ――アイツ?

 ――アイツって?


 なおも騒ぎ立てるハルに教員が近付き、彼は連れ出され、事態は収束した。



     〇



 ――文化祭で激怒するヤツ、初めて見たよ

 ――さっきは何で怒ってたんだ?


「なんでもないよ」


 アキは文化祭が好きだった。祭りと名の付くものは大抵好きだったように思う。

 見ることも、やることも好きな彼女。今日の文化祭に出られれば、さぞ楽しかっただろう。生き生きとした彼女の笑顔が、自然と頭に浮かんだ。


 ――そういえば、さっき言ってたアイツって?


「……アキのことだよ」


 ――アキ? ……そんなヤツいたか?


「いたよ。確かにいたんだ」


 友人たちは戸惑う素振りを見せたが、すぐに親しみを込めた笑みを浮かべた。そして半ば無理矢理にハルの背中を押す。友人たちに押されるがまま、ハルは他クラスの出し物を巡った。


 ――何があったか分かんないけど、楽しもうぜ

 ――そうだ。今日は祭りだぞ。お前も好きだったじゃん


 ハルが好きだったのは祭りだったのか、それとも――


 ――どうだ、ハル。楽しいか?


「……ああ。最ッ高、だね」


 ハルは誰に向けるでもなく吐き捨てた。

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