第3話:ナッツクランチ【前編】


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 ――――魔法のドーナツ屋。

 それは魔界の森にひっそり建つヴィレッジショップ。

 銀の時計が十時を指せば、その扉が開かれる。

 

 お店には煌めくガラスのショー・ケース。

 そこに悠々と並ぶのは甘い香りのドーナツたち。


 店主は若き青年プレッツと、

 カウンターには手のひらサイズの妖精少女フェリー。

 笑顔の二人は元気いっぱいにお客様を出迎える。


 表の看板に描かれた店名は幸運の名を持つグリュック商店。


 さあ、開店の時間だ。

 まずは一口だけでも彼らのドーナツをご賞味あれ。

 美味しさの魔法と称される、そのドーナツたちを。

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 『なんだかお客が減った気がするの』


 それは喫茶店ラビッツの店主"ミルク"の言葉だった。


 白いウサギ耳を生やした少女の表情は、ひたすら困惑に満ちていた。


「気のせいかと思ったけど、気のせいじゃないの。だって常連さんの姿も少なくなったの……」


 少女は透き通るツヤ肌に、ウサギ耳と同じ真っ白な長髪を靡かせ、吸い込まれそうな大きく黒の瞳は、誰が見ても可愛らしいと思える容姿の持ち主である。


 可憐な少女が眉間にしわを寄せて考え込む理由とは、まさに先ほどの台詞通り、彼女が経営する喫茶店のお客様の減少傾向に募る不安の兆しであった。


(おかしいの。今までこんな事はなかったの。ミルクのつくるコーヒーは味が落ちてないと思うし、お店だって清潔感を保つために毎日キレイにしているの)


 彼女のお店はゼーゲンヴォール東部に拡がる森林の一角に在った。


 木造平屋の小さな喫茶店は、カウンターの六席のみと非常に狭いが評判は悪くない。


 現に彼女が施したオリジナル・ブレンド・コーヒーは隣町にも噂が届くほどである。


 一方料理は少々苦手で、炒りピーナツが看板なのは寂しいが――。


「でもでも、ここまでお客が少ないのはおかしいの。ねえねえ"ピレニィ"もそう思わない? 」


 ミルクは、目の前のカウンター席でコーヒーを啜る一人の青年に愚痴を零す。

 若い風貌の男は彼女の台詞に黒い犬耳をピクリと動かす。コーヒーカップを握りしめたまま、店内を見渡してから小声で答える。


「……言われてみれば、減った気がするね」

「やっぱりなの! 」

「コーヒーの味が落ちたわけじゃないのに、不思議だね」


 彼女の焙煎したコーヒーは美味の一言だ。

 いつ飲もうが、飽きられるような味には思えない。


「でも目に見えて客が減ったの。フィヴィとかグラッパも最近は来てくれないし」

「ん、グラッパさんて確か……ああ、そうか」


 以前常連だった客の名前に、ピレニィは何かを思い出してポンと手を叩いた。


「どうしたの。何かに思い当たる節でもあったの? 」

「思い当たるというか思い出した。グリュッグ商店って知っているかい」

「えーと、確かドーナツ屋さんって聞いた気がするの」

「それそれ。今じゃ魔法のドーナツ屋なんて呼ばれてるんだよ」

「大そうなお名前なの。そしたらミルクのお店は魔法のコーヒー屋さんなの」

 

 ミルクはむふーっと鼻息を鳴らす。


「あはは、そうだと思うよ。だけど、そのドーナツ屋さんが問題だと思う」

「ど、どういう事なの? 」

「みんなドーナツ屋さんに入り浸ってるって聞いたよ」

「……そうなの!? お客さんが取られちゃったの!? 」

「だねえ。まあ仕方ないことだと思うんだけどさ」

「仕方ないって……どういうことなの? 」


 ミルクが首を傾げる。

 ピレニィはコーヒーを一口啜ってから、それを言った。


「お菓子やコーヒーは専門店で買うと高い嗜好品しこうひんなんだよ。最早、趣味の領域だと思う。だから普通は、高いお菓子を買って安いコーヒーで済ますか、高いコーヒーを飲んで安いおお菓子にするか取捨選択してる。今は、そのドーナツに惹かれているだけで、そのうちミルクのコーヒーを飲みに戻ってくると思うよ」


 本当は『最高のお菓子に最高のコーヒー』を飲むことが出来れば、幸せなんだろうけどね。


 ピレニィは笑いながら彼女に伝えた。


「そういうことなの? なら、そのうち皆は戻ってきてくれるの? 」

「だと思う。ミルクのコーヒーは最高だよ」

「分かったの。ピレニィがそういうなら信じるの」

「うん。じゃあ売上に貢献するためにもう一杯コーヒーを貰おうかな」

「ありがとうなのー! 」


 ひとまず納得したミルクは、彼の言葉通り常連たちが戻ってくるのをのんびり待ってみようと思った。


 ―――だが、明くる日の朝九時過ぎ。


 様子を見ると言ったはずのミルクは、開店前のグリュッグ商店傍の茂みにコソコソと隠れて、その姿を伺っていた……。



(えへへっ。結局、敵情視察に来ちゃったの。だってしょうがないの。新しく買った焙煎器ロースターのお支払いが近いってこと、すっかり忘れていたの……! )



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(た、高すぎた買い物なの。でも、それを抜きにしても早くお客さんたちには戻ってきて欲しいの。だから敵を知り、己に足りないものを知るの。悪いところを改善して、お客さんたちを喜ばせるの! )


 ミルクは目を輝かせて心内で激しく叫んだ。

 しかし、決意の瞬間、ミルクの周辺が影を帯びて暗くなる。


「あれ、急に夜になっちゃったの」


 どうしたのだろうと辺りを見回す。

 と、目の前に何かが居た。

 恐る恐る見上げてみれば、いつの間にかグリュッグ商店の店主プレッツが、微笑みながらこちらを見下ろしていた。


「おやおや、可愛いウサギさんだ。かくれんぼでもして遊んでいたのかな? 」

「…………出たの~~~っ!? 」


 突然現れた(自称)ライバルのプレッツ。

 思わず心臓が口から飛び出しそうになる。

 反射的に声を上げて逃げ出すが、慌て過ぎた結果、足がもつれ、その場で転倒してしまった。


「あうぅっ!? 」


 ズザザーッ!

 地面に思い切り膝を擦ってしまう。


 大きな傷は負わなかったが、転げてしまった恥ずかしい気持ちや、プレッツに見つかってしまったことなど相まって、瞳に大粒の涙を浮かべた。


「う、ううぅ~……っ」


 今にも泣きだしそうに目が潤む。


 だが、地面に転がっていた体が"ふわり"と浮いた。


 それは、倒れたミルクに対し、プレッツが両腕でお姫様抱っこのように持ち上げ介抱したからであった。


「驚かせてゴメンよ。怪我しちゃったね。ウチで消毒してあげるからね」

「は、離して欲しいの。ミルクは大丈夫なの! 」

「ミルクちゃんっていうんだね。怪我ちゃんと消毒しないと駄目さ」


 プレッツは善意で彼女を自宅兼お店へと運ぶ。


 しかし、ミルクにとってみれば不本意極まりない結果に他ならず、彼女は悲鳴を上げながら、グリュッグ商店に連れ去られてしまった。


「ミルクは全然だいじょ……あ、あっ、あ~~~、なの~~~っ!! 」


 ―――そして十分後。


 結局ミルクはグリュッグ商店のカウンターの椅子に座らされ、敵であるはずのプレッツに怪我の手当てまでされてしまった。 


「ううっ悔しいの。とっても悔しい結末なの~……」


 なんて情けないのだろうと心底落ち込み、ウサギ耳も項垂れる。

 プレッツはどうにも優れない彼女の態度が気になった。


「まだ痛いのかな。折角だしドーナツを食べるかい。元気が出るよ」

「ド、ドーナツ? 結構なの。敵のほどこしは受けないの! 」

「敵って。もしかして、俺が敵なのかい」

「そうなの。このドーナツ屋と店主さんはミルクの敵なの! 」

「ど、どういう事だろうか」


 彼女の台詞にプレッツは考え込む。


 しかし、彼女はお客様として見覚えがない。


 よもや自分を敵に見立てた『ごっこ遊び』をしているのか。


 だけど本気で自分を敵視しているご様子。


 どうして見ず知らずの子供に目の敵にされているのだろう。


 う~む……??


 プレッツは頭に大きなハテナ・マークが浮かぶ。


 すると、キッチンから飛んで来たフェリーがミルクの姿を見るやいなや口を開いた。


「……あれれ、ミルクじゃない。うちに来るなんて初めてじゃないの? 」

「あっ、フェリーなの。そういえばドーナツ屋さんはフェリーのお家だったの! 」


 どうやら二人の反応を察すると顔見知りらしい。

 プレッツは間に割り込む。


「フェリーはミルクちゃんと知り合いだったのかい」

「知り合いっていうか、前はミルクのお店によくコーヒーを飲みに行ってたから」

「そういうことか。ミルクちゃんのご両親が喫茶店でもやってるんだ」

「違う違う。ミルクが一人で経営してる喫茶店だよ」

「えっ」


 そんな馬鹿な。まだ六、七歳程度の少女だぞ。

 ミルクに視線を向けると、彼女は右手を胸にあてがい「店長なのー」と自信満々に言った。


「冗談……こんな幼い子が店長って」

「それは人間界のルールだから。ここは魔界だよ」

「だからと言って」

「自立するのに年齢は関係ないの。いい加減に魔界に慣れて」


 フェリーはジトっとした半目で睨み、小さな指先でプリッツの頬を突く。

 いつものやり取りが逆転され、プレッツは悔しそうにした。


「うぐぐっ。そ、そうだ……ね」


 それにおいても、彼女が店主だと知ったことで、どうして彼女が自分を敵視しているか合点がいった。


「あー、多分だけどミルクちゃんは俺のドーナツ屋とキミの喫茶店をライバルに見ていたんだよね」


 プレッツが言う。

 すかさずミルクは頷いた。


「最近ドーナツ屋にお客が取られちゃって大変なの。だから敵情視察しに来たの」

「そうだったのか。そんな気は無かったんだけど……悪い事をしてしまったね」

「別に謝ることはないの。飲食業界が厳しいのは分かってるの! 」

「そ、そっか。ミルクちゃんは現実を見据えているんだね~……」


 幼過ぎる店主は、誰よりも大人らしい反応を見せてくれた。


「ふふん、褒めても何も出ないの。でも、一つ教えて欲しいの」

「何が気になるんだい? 」


 ミルクは、先ほどまで自分が隠れていた茂みを指差して言った。


「ミルクは完璧に隠れていたはずなの。どうしてミルクがあそこに隠れていると分かったの? 」


 それに、プレッツは笑って答えた。


「ええと、ぴょんと立った可愛い耳が茂みから見えていたものだから」

「……あうっ!? 」


 ミルクは恥ずかしそうに耳を両手で隠した。

 

「し、しまったなの。こんな情けない事はないの。ミルクはもう帰るの~! 」


 顔を真っ赤にしたミルクは跳ねるように店から出て行った。


 慌てさせて申し訳ないことをしたな。


 そんな事を考えると、フェリーが何かに気付く。


「あっ。ミルクってば何か落としていったみたい」


 玄関付近の床に転がる茶色の果実。


 プレッツは「何だろう」と、それを拾ってみた。


 殻に包まれた見た目は胡桃くるみのようだが。


「クルミかな。だけど少し大きいし……丸っこいね」

「これって極上の胡桃エクサ・ナッツじゃないかな」

「エクサナッツ? 」

「魔法銀の土壌の作物だから人間界には無いと思う」

「へえ~……」


 なんと興味がそそられる作物だろう。


「ミルクは料理が苦手だからね。素材のまま美味しいお茶菓子を出してるみたい」

「……ということは、生でも食べることが出来るってことかな」

「もちろん。芳醇でとっても美味しいんだから」


 それはそれは、何というか、今すぐにでも頬張りたい。

 だが、これは他人のもの。

 指先で転がし、まじまじエクサナッツを眺める。

 すると、玄関で来客を告げるチャイムが鳴って猫属の少女『ルビィ』が現れた。


「おや、ルビィちゃん。いらっしゃいませ」

「今日は学校が休みだから遊びに来ちゃった。おはよーございますっ」


 ルビィは満面の笑みで挨拶した。

 と、彼女はプレッツが手にしていたエクサナッツを見て予想外な言葉を口にした。


「これ……うちにもあるやつだ。お父さんがつくってるの」

「あっ、そういえばキミのお家も銀の土壌があるんだったね」

「美味しいんだよ。私も大好き」

「やっぱり美味しいんだ。そのうち俺も食べてみたいな」

「……欲しいの? 」

「味見したいなとは思ってたんだけどね」

「じゃあ、待ってて! 」


 突然ルビィは店から飛び出す。

 さすが猫属だけあり、一瞬で姿は見えなくなった。


 どうしたのだろう?


 そう考える間も無く彼女は戻ってきた。

 片手には大きい革袋を携えている。

 まさかとは思ったが、その予感は的中する。


「プレッツ、これあげる! 」


 彼女が開いて見せた革袋の内側には、これでもかというほどのエクサナッツが詰まっていた。


「ぬおっ、なんだこの大量のエクサナッツ!? 」

「おうちでつくってるやつー♪ 」

「いやいや、こんなに貰えないよ。きっと安くないんだろうし」

「お母さんに言ったらね、これを持っていきなさいって」

「嬉しい話だけど、こんなに沢山いいのかい」

「遠慮なくどーぞだって! 」


 そこまで言うなら返すのも失礼だし、有難く貰っておこう。

 ……さて、早速一つばかり摘まんでみるか。


(やっぱり胡桃に似てる。けど細かい部分が違うや)


 外殻は人間界の胡桃と比べて若干柔らかいようだ。


 平たい部分を両手の親指の腹で押さえ、それぞれ逆側に力を込めるとミリミリという音を立てて簡単に破れてしまう。


 殻の内側には、山型で黄金色の果実が顔を覗かせた。


(ナッツっていうよりクリみたいだなこりゃ)


 中身は胡桃というより栗に酷似している。

 しかし、クンと嗅いでみた香りはピーナツに近い。


(栗のような見た目で香りはピーナツね。問題は味だ……)


 極上の胡桃……その名に恥じぬ旨さを見せてくれよ。

 そう願い頬張ったナッツの味は、まさに驚愕の一言であった。


「……なんて良質な脂なんだ」


 口当たりは非常になめらか。

 芳醇な香り鼻を抜ける。

 カリッと噛み砕いた果実は強い甘みを持つがクドさは無い。

 

 その味わいは、最高級のバターで炒られたバター・ピーナツを彷彿とさせた。


 これほど旨いナッツは初めてだ。


「凄く美味しい。こんな食材が魔界にはまだあるんだ……」


 強く感動するプレッツに、ルビィは嬉しそうにした。


「えへへ。そんなに喜んでくれると私も嬉しい」

「本当に美味いよ。道理でミルクちゃんの喫茶店でもこれを出してるわけだ」

「あっ、ミルクちゃんのこと知ってるの? 」

「一応顔見知りかな」

「私のお友達なんだ。ミルクちゃんはこのナッツをいつも買いに来てくれるの」


 なるほど。

 ということは、ミルクが落としたエクサ・ナッツもルビィの自宅から購入したものだろう。


「このナッツはコーヒーとは合うだろうなあ」

「ミルクちゃんは凄く合うって言ってた」

「そっか。ちなみにルビィちゃんはナッツの値段がいくらか知っているかな」

「百グラムで千ゴールドって前に言ってたよ」

「たけぇ。やっぱり目が飛び出る値段だけど……ふむ」


 その値段を踏まえ、あることを考えてみる。

 ショーケースに並ぶドーナツとエクサナッツを見比べつつ、もう一つルビィに質問する。


「ミルクちゃんのお店でお客さんが減っている話は聞いてる? 」

「うん。お母さんが、最近少ないみたいだよーって言ってた」

「なるほどね。……よおし、分かった」


 パチンッ!

 強めに指を鳴らす。

 着用していたエプロンを脱いで、何か支度を始めた。


「ちょっとちょっと、まだ仕事中なんだけど。何するつもりなの? 」


 一体何をする気なのかフェリーが尋ねる。

 プレッツはいそいそ準備をしながら、それを答えた。


「折角だから……ねっ」


 自信満々に語ったのは"とある提案"であった。

 それを聞いたフェリーは「プレッツらしいケド」と苦笑いした。


「でしょ。結構いい考えだと思うんだ」

「そんなにミルクちゃんのことが心配になっちゃった? 」

「だってこのままじゃ喫茶店の経営が危ないっていうし」

「はあ~……面倒見がいいというか、お人好しっていうか」

「だからドーナツ屋はちょっとだけ臨時休業。今から皆で喫茶店に行こうか」


 そう言ってプレッツが準備したのは三つの大きな革袋。


 ヨイショ! と背負って、フェリーとルビィと三人で外へと出る。


 店舗のドアには"外出中"の看板を回して、ミルクの喫茶店『ラビッツ』へと赴いた。


 フェリー達に案内されて知ったことだが、グリュッグ商店と喫茶店ラビッツはさほど離れていなかったらしく、歩き始めて直ぐに到着した。


 平屋の木造で造られた小さな喫茶店は、小さな西洋のお城造りでファンシー感満載だ。


 表看板には『準備中』とあったが、店内にミルクの姿を発見して突撃した。


「こんにちわ、やってるかな~! 」


 カラフルな曇りガラスのドアを叩いて、意気揚々と喫茶店に踏み込む。

 店内はコーヒーの薫香が漂い、味のある小物や装飾物など喫茶店らしいレトロな雰囲気があった。

 しかし店内を掃除をしていたミルクは、突入してきたプレッツを見るやいなや飛び跳ねて驚いた。


「ひえぇっ、なのー!? 」


 彼女は急いでカウンターの裏側に姿を隠す。

 それでもやっぱり可愛いウサ耳はぴょんと突き出しており、プレッツは笑いをこらえながら話しかけた。


「ぷっ……。ご、ごめん。驚かせちゃったね」

「な、なにしにきたの。もしかして、ミルクに復讐しにきたの!? 」


 ウサ耳を激しく揺らしながら言う。

 プレッツは怖がらせないように柔らかく否定する。


「違うさ。キミに良い話を持ってきたんだ」

「……良い話、なの? 」


 ミルクはカウンターからそっと顔の半分を覗かせる。

 

「ああ、とっても良い話だと思う。と、その前に聞きたいんだけどさ、ミルクちゃんのお店でコレを提供しているんだよね」


 プレッツがカウンターに乗せたのは、エクサナッツの詰まった革袋。

 ミルクは「そうなの」と頷く。


「そこのルビィちゃんのお店から買ってるの。本当は高いって知ってるけど、ルビィちゃんのお母さんはミルクに安く売ってくれるから助かるの~。ていうか、なんでルビィちゃんがいるの?? 」


 ミルクはルビィに笑顔で手を振った。

 ルビィも「えへへ」と嬉しそうに手を振り返す。


 ……可愛い。


 二人のやり取りにプレッツはニヤけながら、この店に来た本題を説明する。


「ゴホンッ。じゃあエクサナッツをこの店が入荷している前提でお話があるんだ。もしよければ、このお店で"ドーナツ"を売る気はないかい」


 ドーナツを……売る?

 プレッツの台詞にミルクは今日一番に耳をピンッッッ、と立てた。


「ま、まま、まさかミルクのお店を乗っ取るつもりなの~~!? 」

「いやいやそうじゃなくて」

「だってドーナツを売れって言ったの! 」

「違う違う! 落ち着いて。乗っ取るつもりは全然ないから」

「じゃあ、どういうことなの! 」


 疑心暗鬼のミルク。

 それも当然で、プレッツは彼女に信じて貰えるよう物腰低めにそれを説明した。


「キミのコーヒーはエクサナッツと良く合うって聞いたからね。エクサナッツで作ったドーナツをこのお店で売ったらどうだろうって提案なんだ。作るのはミルクちゃんだけど、監修がグリュッグ商店にすればウチに来ているお客んも喫茶店に足を運んでくれると思う」


 プレッツの持ってきた提案とは、グリュッグ商店とラビッツによるコラボ商品の展開だったのだ。


「もちろんドーナツはこのお店の限定品にするつもりだから、食べたいお客さんはラビッツに来ないと買えないわけ。そしたらさ、お店のコーヒーも売れると思うんだ。ああ、いくつ売ってもウチはお金を回収するつもりは無いから安心してね」


 悪くない話だがミルクは唸った。

 何故なら本人プレッツに利が無いことを疑ったのだ。

 「一体なにが目的なの」

 疑問を呈した。

 対し、プレッツは恥ずかしそうに答えた。


「俺は、俺の作るお菓子でみんなが幸せになってほしいって思ってる。だから、俺のドーナツで誰かが不幸になるのは嫌なことなんだ。この言葉だけじゃ信じて貰えないかな」


 心の底から言葉だった。

 屈託ない態度に、ミルクはプレッツが本気なのだと理解し、答えてくれた。


「わ、分かったの。なら、やらせてほしいけど本当にいいの……? 」

「もちろんだよ。さあ、一緒にドーナツをつくろうか」


【……後編へ続く】


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