四年に一度の不四議(フシギ)

かがみ透

四年に一度の不四議(フシギ)

 うるう年というものを知った時、カレンダーではいつも二八日までだった二月が二九日まである年なんだって知って、二月二八日をとするあたしのホントの誕生日は四年に一度しか来ないのかなって、ちょっとさびしくなった。


 二月二九日を迎えたのは今日で四回目。


 さすがに小学校の時みたいに「四年に一度なんだから、オマエまだ二歳じゃん?」とか「三歳でちゅか?」とかイジられなくはなったけど。


 今日は、学校の帰りに駅でお母さんと待ち合わせてる。

 うちの高校、土曜日も授業があるからめんどいけど、午前中で終わるっていうのは、なんか嬉しい。

 買い物ついでに誕生日ケーキを買ってくれるっていうから、もっと嬉しい!


 改札を出ちゃうと寒いから、中からお母さんが見えてからSuicaの定期をタッチした。


 そしたら、目の前を黒いフード付きマントを被ったいかにもファンタジーな雰囲気の小柄な男が遮った。


「そこのあんた、四年に一度の幸運に恵まれるよ」


 しわがれた高めの声からすると結構なお年寄り?

 フードの横からチラッと白髪混じりのクセっ毛っぽい髪がのぞいてる。


 こんな街中でその格好はないでしょ?

 おじいちゃんなのにコスプレイヤー?


 思わず足を留めたあたしには構わず、コスプレじいちゃんはサーッと人混みに紛れて見えなくなった。


閏菜じゅんな、どうしたの?」


 お母さんの声に、ハッとなる。


「今、なんか知らないおじいさんが、『四年に一度の幸運に恵まれるよ』って言って来て……」

「おじいさん? そんな人いた?」

「いたでしょ? お母さんとあたしの間に、黒いフード被った人が」


 あんなにすごく目立つ格好だったのに、お母さんはキョトンと、いつもの丸い顔を向けてから、キョロキョロしてる。

 もうとっくにいないんだけど。


「まあ、嫌なこと言われたわけじゃないんだから、早く買い物済ませて帰ろ」

「うん……」

「にしても、四年に一度の幸運て、単に誕生日のこと言ってるんじゃないの?」


 お母さんがニヤニヤからかう。


「え、じゃあなんで、あの人、あたしの誕生日知ってたの!? コワ!」

「そんなの適当でしょう?」


 めんどくさいことを考えたくないお母さんは、さっさとスーパーに向かって歩き出したから、あたしも並んで歩いた。


「そうそう、福引やってるのよ。こんな時期に珍しいわね」


 お母さんが指差した方をあたしも見ると、赤い法被はっぴをはおったおじさんやおねえさんたちが、長机の向こうにいて、買い物客たちが何人か並んでいた。


 お母さんは、あたしを待ってる間に一回このスーパーに来てチラシをもらっていたらしい。


「このチラシを持っていけば一回だけ無料で回せるんだって。もっと回したかったら買い物してチケットを貰うそうよ」


 たいして興味なかったけど、お母さんと一緒に並んで、福引の丸い装置をぐるんと回した。


 コロンと、虹色の玉が出た。

 見たことない色だなぁ。


「こっ、これはっ……!」


 お店の人たちが目を丸くして、あたしと玉とを交互に見た。


「四年に一度の大当たりでーす!」


 カラン、カラ〜ン! とベルを鳴らした。


「すごいですね、お嬢さん! この虹色の玉が出たのは四年ぶりですよ!」

「は?」

「すごいじゃない、閏菜じゅんな! で、賞品は何をいただけるんですかっ!?」


 はしゃいでるお母さんが見開いた目とツヤツヤさせた顔で身を乗り出した。


「北海道産新巻鮭丸々一匹と、ロシア産ズワイガニの足しゃぶしゃぶ用を2kg、塩水ウニ100gと醤油漬けいくら500gが二瓶になります!」


「四品も!?」


「はい! 四年に一度のことなので!」


 お店の人は、80cmはありそうな新巻鮭の木の箱と、カニの足が入った発泡スチロールをどかっ! と置くと、ウニの箱といくらの瓶二つを紙袋に入れてくれた。


「重っ……!」

「もらったのはいいけど重いし、冷凍庫に入りきるかしら? 鮭は帰ったら早速切って、カニは夕飯で食べて残りは冷凍庫に入れて……」


 お母さんはぶつぶつシュミレーションしながら、ウニといくらの紙袋を腕に下げて鮭の箱を抱えて、あたしはカニの発泡スチロールを両手で運んで駐車場の車の中にしまった。


「保冷剤たくさん入れてくれたのはいいけど、余計重かったわね。じゃあ、ケーキ買って帰ろうか?」

「うん!」


 あたしたちはケーキ売り場に急いだ。


「おめでとうございます!」


 お母さんが好きなの選んでいいって言ってくれて、イチゴがふんだんに盛られたタルトを選んだら、売り場のおねえさんが満面の笑顔になった。


「今、ちょっとしたキャンペーンをやっていまして、今日イチゴのスイーツをご購入のお客様で29番目の方にプレゼントを差し上げるというものなんです!」


 おねえさんは、イチゴがこれもまたふんだんに乗っかったショートケーキのホールを、奥から取り出して来て見せてくれた。


「今日はすっごくツイてるじゃない!」


 お母さんはホクホクの笑顔で、あたしの肩を叩いた。

 けれど、次の瞬間、また冷凍庫の心配をし始めた。ケーキも切り分けてラップをして冷凍庫に入れないと、とかなんとか。


 助手席に座ってシートベルトをして、膝の上にケーキの箱の上にタルトの箱を乗せると、隣でお母さんが車を発進させた。




「あら? あの子、カイトくんじゃない?」

「あ……」

「久しぶりに見たら、背も伸びて、髪型もカッコよくなったわね」


 家の駐車場に車を停めて、お母さんはにこにこカイトと挨拶すると、あたしにもにこっと微笑んでさっさと家の中に入ってしまった。


「閏菜、これ、誕プレ」


 青いリボンでキュッと結ばれた袋を開けると、あたしの好きなグレーの猫のぬいぐるみが入ってる!


「わあ! カイト、覚えててくれたんだぁ? 昨日LINEでも何も言ってくれなかったから、カンペキあたしの誕生日忘れてると思ってた!」


「忘れるわけないだろ? 閏菜のホントの誕生日の日に絶対あげようと思ってたんだから」


 中学の同級生で家もまあまあ近いカイトが、ちょっとかしこまる。


 ホントだ。お母さんに言われて今気付いたけど、カイト、ちょっと背伸びたのかな?

 なんとなく、秋に会った時よりは頼もしく見える。


「それでさ、……俺たち、……付き合わね?」


「……うわぁ……」


「え、なに?」


 一気にカイトが心配そうな顔になった。


「今日ね、信じられないラッキーがさっきから続いてるんだよ。だから、まさかと思って……」


 カイトが余計に心配した顔になった。


「それで、閏菜はどうなの? やっぱずっと同級生のままの方が……とか言うなよ?」


 あまりに心配そうなカイトの顔が、ちょっとだけ可愛く見えた。


 中学の時、カイトは二月二九日のあたしの誕生日を「すげー! 四年に一回なんて激レアじゃん! いいなぁ!」って、逆に羨ましがってくれた。それから、この人、いい人だと思ってたのを思い出した。


 なんだか恥ずかしくなって、カイトから視線をぬいぐるみに移してしまった。


「……いいよ。……付き合おうか?」

「えっ、マジ!?」

「うん」

「……やった!」


 玄関で騒いでたら、お母さんが顔を出して、カイトにケーキを食べていくように勧めた。

 カイトは嬉しそうに照れながら、ペコペコして上がった。




「やった〜! ガチャで女神来たー!」

「えーっ! マジすげぇ! 閏菜!」


 リビングのソファで二人でスマホのゲームをやってたら、うるう年キャンペーンで通常だと0.04%の確率でしか出ないはずの激レアキャラが、課金もせずに当たった!


 うるう年キャンペーンと言っても、このゲームは四月でサービス終了なんだけどね。


「わ! ついでに、激レアガチャのチケットが四枚当たった!」

「すご! ツイてるなぁ!」

「今日運良いから、もう回しちゃお!」


 カイトもあたしのガチャの結果が出るのをガン見して待ってる。


 キランと画面が虹色に輝くと、☆4のキャラが出た。


「☆4かぁ〜。どうせなら、5くらいのが来てほしかったわ」

「まあ、さっきすごいの来たからいいんじゃね?」


 武器のガチャも回すと、もう持ってるヤツだった。


「四分の一の確率で出るヤツか」


 カイトに言われて、ふと我に返った。


「☆4キャラに、四分の一の確率で出る武器……?」


 幸運が、だんだんショボくなってる気がする……?


 しばらく遊んでたカイトが帰る時、一緒に玄関を出て少し歩いたところで、向こうから黒マントが浮かんで近づいて来たように見えて、思わず立ち止まった。


「どうした?」


 カイトも不思議そうな顔をしてあたしの視線を追って、びっくりしたように静止した。


「どうだね? そろそろ『幸運』も落ち着いて来たかね?」


 「……誰?」って、横でカイトにきかれて、服の袖を引っ張った。


「……おじいさん、さっきも会った人?」

「ああ」

「さっき、あたしに『四年に一度の幸運に恵まれる』って言いましたよね? 確かにあれ以来すごいラッキーが続いてるんですけど、一体なんなんですか?」


 なんか不安になっておじいさんのフードの中を覗き込むけど、やっぱり顔はよく見えない。口元がシワ深いなぁってくらい。


「言った通りだよ。四年に一度の幸運が舞い込んで来たのだよ」


「四年に一度の幸運……! なんでですか? なんでそんなことが、あたしにばっかり起きたんですか?」


「それは——」


 フードの中の口が、笑うような形に開いた。


「お前さんが、『四年に一度の逸材』だからだよ」


 カイトとあたしの目が合う。

 お互いに不可解だった。


「あの、それって、あたしがうるう年の生まれだからでしょうか?」

「それもあるが、『四年に一度の逸材』だからだよ」


 それ以上聞いても、おじいさんはそれ以上のことは言わずに、またスーッと歩いて行ってしまい、カイトと追いかけたけど角を曲がったところで姿が見えなくなってしまった。


「なんだったんだ……?」


 カイトが茫然とつぶやいた。


「『四年に一度の逸材』って言われても……」

「レア度わかんねぇな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

四年に一度の不四議(フシギ) かがみ透 @kagami-toru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ