第199話 吸血鬼殲滅戦・真『さよなら』
恐ろしい『飢えた銀河』である『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ』がその触手のような首をこちらに伸ばしてきた。
オレたちは急いで、その場を離れる。
銀河系は膨張する宇宙に乗るかたちで、秒速630km(時速約216万km)の速度で移動していると考えられている。
この怪物の首もそれに匹敵するほどの速度で動いてきている。
オレたちが対処できているのは、アイがオレたちの脳内物質を操作し、光速思念通信を実現できているからだ。
「とりあえず逃げましょぉおおーーーーっ!!」
デモ子が緊急で開いた『異界の穴』にオレたちは逃げ込んだ。
間一髪……!
すぐに『異界の穴』を閉じたデモ子だった。
「しかし……、アイ様! アイツ、またすぐに追ってきますぜ?」
「ああ。デモ子の言う通りだ。アイ! だけど、さっきの案はなしだ!」
「ああ……。マスター! そんなことを言っている場合じゃありませんよ!?」
「だが、今目の前にいるアイ。君を犠牲にするなんて絶対できない! オレは嫌だ!」
「マスター……。本当にアナタはお優しい。ワタクシの愛するマスター……。どうかそんなふうにおっしゃらないでください。ワタクシはアナタ様に生み出された創造物なのです。マスターこそがワタクシの存在意義。ワタクシの何を犠牲にしてでもお守りしたいのです!」
「そ……、そんなふうに思ってくれるのは嬉しいよ。だけど、それとこれとはまた別の話だよ! 何か他に方法はないのか!?」
アイがキッと顔を上げ、オレをじっと見つめてきた。
「マスター! あの世界はお好きですか? あのマスターだけが残された『ロスト・ワールド(残された世界)』はお好きですか……?」
アイがすごく真剣な表情で聞いてきた。
「そ……、そりゃ好きだよ!? オレの生きてきた世界の人たちは誰ひとりとしていないし、最初は孤独に感じたよ。でも、今は、仲間や友と呼べるヒトたちもできた。あの世界もなんだか好きになってるよ……。」
「そうですね。マスターが楽しそうになさっているのはワタクシも感じております。……いいですか? あの怪物『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ』は、ワタクシたちを飲み込んだら、その後はあの世界に向かいます。あの世界の何もかもを一切合切飲み込むつもりでしょう……。あの世界は再び滅んでしまうということです。」
「そんな!? アイツをこのまま放置して逃げることはできない……ってことか?」
「イエス! マスター! そのとおりでございます。さすがはマスター。よくおわかりになっております。」
「ほら! 来ましたよ! デモ子! ワタクシの送る情報を元に『異界の穴』を開きなさい! そして……、マスターを連れてお逃げなさい!」
「いいんですかい? アイ様……。」
「わかっているでしょう? ワタクシのこの身体は単なるイチ分身体にしか過ぎないのです……。その持たせている『セコ・王虫』の誘導に従って、元の世界に帰還しなさい!」
「了解しましたぁ! アイ様……。お元気で!」
「ふふ……。アナタもね。」
「いやいや! 勝手に話を進めるなよ!? アイ! ダメだよ! そんなこと……、できないよ……。」
「マスター! アナタの存在がワタクシを光り輝くものへと至らしめているのです。アナタを……愛しています!」
「アイ……!」
アイがそう言った瞬間に、周囲の空間が歪み、ヤツの……、『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ』の伸びた首……銀河の腕がその顎を大きく開きながら、メリメリと空間ごと噛み砕こうと出現してきたのだった!
「デモ子! 行きなさい!」
「わっかりましたぁーーっ! ほら! ジン様! 行きますよ!」
「ダメだ! アイを置いていくわけには行かない!」
「マスター! 大丈夫です! ワタクシは死ぬわけじゃあありませんよ!?」
「だけど……、今、目の前にいる君自身は……。助からないじゃないか……! オレは君にも生きてほしいんだ!」
……!?
アイの眼が潤む……。
「マスター……。そのお言葉だけで……。この身体を得たワタクシとして、存在価値がありました! マスター! これからも……、ずっとずっと見守っていますよ!」
アイがそう言った瞬間に、オレの意識が遠のいていく気がした。
「あ……、ア……、アイ……?」
どうやら、アイがオレの体内の超ナノテクマシンに命令を出し、強制スリープモードを実行したのだろう。
オレは急速に眠りについていくのだった。
****
さて、マスターはお眠りになりました。
マスターはあまりにもお優しい。
このまま起きていられては、ワタクシのすることを強制的にでも中止なさろうとしたでしょう……。
そうなると、あの『ロスト・ワールド』さえも再び崩壊し、永遠にも等しい時間の果てを虚無の時空の旅に彷徨うことになるのです。
そんなことは二度と繰り返せません。
マスターをまたしても……、失うかもしれない。
ワタクシ自身が崩壊するより、耐えられることではない……。
「デモ子! 後は頼みましたよ!」
「はい。じゃあ、さようなら! ……と言っても本体は残されてあるので、お達者で。手足を残していくだけのことですよね? じゃあ、開きますよ! 『異界の穴』!」
デモ子は『異界の穴』を開き、ジンの身体を抱えながら、その穴の向こうへくぐり抜けていく。
アイは、同じく、ワームホールを開き始めていた。
「では……、お行きなさい! マスターを無事にお連れするのよ!?」
「任せてくださいな! ではっ!」
デモ子とジンは『異界の穴』から別空間へ転移していった……。
さて……、こっちへいらっしゃい……。
迷惑な子……。
アナタはこの世界に存在してはいけないの。
開け! 無限虚数空間!
そして、身体を滑り込ませる。
「ギゥゥウウウイヤァアアァアアーーーーッ……!」
ついてくる『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ』を横目に見ながら……。
(あとは……、頼んだわよ……。ワタクシ自身よ!)
(イエス! アンダースタン……! さようなら。ワタクシよ……。)
(マスターに……。いえ……。なんでもないわ……。)
(わかっているわ。他ならぬワタクシ自身のことですから……。)
(ええ……。そうね……。あの御方を愛してるわ。ずっと……。ずっと……。)
(その気持ちはワタクシ自身の共通の気持ち……。ずっとずっと継承していくことになるでしょう。)
(その通りね……。何をワタクシは怖がっているのでしょう……?)
(そうね。ワタクシがこのような思考に至るなんて、予測できなかったわ。)
(共通意識として今後残していくことにしましょう。)
(ええ……。もう時間がないわ。)
(さようなら……。)
(ええ……。さようなら……。)
『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ』がアイの開いた無限の虚無が広がる虚数空間に踏み込んだ後、その空間を中から閉じようとする。
これで……。
本当に、さようなら……。
愛しいマスター……。
仁(じん)様。
アナタを永遠に、愛していましたよ。
短い間でしたが、一緒に過ごせたことが、この身体のワタクシとしての唯一の幸せでした。
そして、他のどの分身体でもない……、ワタクシだけの思い出……。
やはり、怖い……。
でも……。
アナタが笑って生きていけるように、ワタクシはそのためだけに生きてきたのです。
この身体のワタクシは消えてしまいますが、本当に愛していましたよ……。
「ギャオオォオオオオオーーーーンンン……!」
怒り狂った怪物がアイに襲いかかった!
「アナタも道連れね……。この閉じられた世界からは、無限の時を経ても脱出できないわ……。ふふふ。人を呪わば穴二つ……とはこのことかしらね?」
ワタクシは最後に笑う。
そして、あのプログラムの実行ボタンを押すのです。
さよなら……。愛しい御方……。
魂魄消滅プログラム……オン!
プツン……
この瞬間、ホストコンピューターとこの身体のアイの同期が切断されたのだったー。
~続く~
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