第198話 吸血鬼殲滅戦・真『空ける』


 異空間に避難したオレたちだったが、ホッとしたのもつかの間だったことをこの後、思い知らされることになるのだった。



 逃げた先の異空間は、さきほどの『超ド級ブラックホール』が終焉となっていた世界のすぐとなりに存在するパラレルワールドのようだった。


 やはり、なにもない空間で、この空間世界の遥か彼方のどこかに『超ド級ブラックホール』があるらしい……。


 だが、オレたちはそこを目指すということはもうしない。




 なぜなら、ヤツに通じなかったことをたった今、見せつけられたからだ。



 「アイ様……。ヤツはとんでもないですねぇ……。これからどうします?」


 「……ですね。あのまま放置していても、いずれはワタクシたちを感知して追いかけてくるでしょうね……。」


 「そうだな。執念深いことこのうえない存在だしな。オレたちを追ってくることは想定の範囲内だな。」




 しかし、のんびりその対策を考えているヒマはオレたちにはなかったのだ。



 ビキ……




 本当に音がしたわけじゃあなく、そんなふうな感覚に囚われただけだったが、空間に亀裂が入ったかに見えた。



 ビシビシビシビシィ!!




 いや、何度も言ってすまないけど、本当に空間に音が響いたのではなくて、脳内にそのイメージが直接伝わってきた感じだ。


 そして、ヤツが現れた……。


 しかも、そのサイズは驚くほど巨大になっていたのだ。


 いや、巨大なんてものじゃあない。


 この異空間よりも遥かに大きいのだ。


 この異空間をすべて食い尽くす勢いだ……。




 「ヤバいぞ!」


 「ひぇええーーっ! アイ様! 逃げましょうぜ!」


 「わかっています! デモ子! 次の空間へ避難しますよ!」


 「了解ですぇーーーっ!!」




 デモ子がまた『異界の穴』を開く。


 オレたちは急いで、その穴に逃げる。


 だが、今度は『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』の反応が早い!



 「ゴギャァアアァアアアーーーッ!!」




 オレたちがくぐり抜けた穴が閉じる前に、無理矢理にこじ開けてついてきたのだ。



 ビシビシ!




 空間にひびが入る……!


 ヤツは自身の存在すべてを無理矢理にこの異空間にねじ込んできたのだ。


 ちなみにヤツの大きさはすでに、並大抵の大きさじゃあない。


 その大きさ、なんと、100万光年……!




 オレたちの元いた世界の銀河系の直径が10万光年、アンドロメダ銀河が22万~26万光年、銀河系とアンドロメダ銀河の距離が約230万光年だったっけ……。


 つまり、ちょっとした局部銀河群ほどの大きさがあるというのだ。


 それが生物のように、その首を伸ばしてくるというのは、まさに腕を伸ばしているようだ。


 銀河系にも腕があったっけ……。




 まあ、もっともものすごいスピードで襲ってきているのだが、全体の動きを俯瞰で見るとすごくゆっくりに見える。


 それほど、スケールが大きい……というわけだ。




 いったい、こんな化け物をどうやって退治するのだ?


 いや、退治できないまでも逃げることさえできないんじゃあないのか……?




 (マスター! 最後の手段があります!)


 (アイ! どうするというんだ?)


 (はい。この化け物……、すでに『ズメイ・ゴルイニチ・ミルキーウェイ型』と呼びますが、ヤツを倒す手段は今現在、ワタクシたちは持ち合わせていません。)


 (な……!? なら、いったいどうする!?)




 (閉じた無限の虚数空間にヤツを閉じ込めます! 無限の時空の牢獄です!)


 (なるほど……。そんな手があるのか!? しかし、ヤツをどうやってその無限の虚数空間に閉じ込めるというのだ?)


 (はい。その前に、その閉鎖された無限虚数空間は中からしか閉じることはできません。)



 (なんだって? つまり……?)


 (はい。誰かが中から空間を閉じる必要がございます。)


 (えぇーっと……。というのは、部屋の扉を中から閉めるように、誰かがヤツと一緒にその無限虚数空間に入り、中から空間を閉じなきゃいけないってことか?)


 (イエス! マスター! その通りでございます!)




 (いったい、誰がそれをやるんだよ!? あ! その閉じた無限虚数空間から、デモ子が『異界の穴』を開き脱出するっていうのか?)


 (いいえ。マスター。その虚数空間は閉じた空間なのです。一度、中に入り、つながりを閉じてしまえば二度と繋げることもできないし、中から『異界の穴』を開くことは不可能です。閉じられた無限の孤独な空間なのです。ただ、その最初につないだ瞬間にだけ存在する虚無の空間なのですから……。)


 (……ということは……?)




 (イエス! 誰かが犠牲にならなければなりません。)


 (そんなぁ……!?)




 デモ子が怯えた目でこちらを見ている。


 オレは一瞬、頭が真っ白になった。


 いくらなんでも、帰ってくることができないのがわかっていて、デモ子にさせるというのは罪の意識を感じてしまう。


 デモ子も化け物とはいえ、オレたちの役に立ってくれた。


 それにあの声優さんのモノマネを聞いて、オレは少しデモ子に感情移入しているのだ。




 (アイ! その手は使えないよ! さすがに誰かを犠牲にはできない!)


 オレがデモ子を見てからアイに向き直りそう答えたその時ー。




 (もちろん、ワタクシがやりますよ? マスター。)


 アイがオレを見て、微笑みながら言ったのだ。



 (……え? アイ……が?)


 (イエス! マスター!)


 (いやいや! アイも戻ってこられないんだろう?)


 (マスター! お忘れですか? ワタクシのこの身体は仮の身体。本体は『霧越楼閣』にあるホストコンピューターに存在しているのですよ。)


 (あ……! そうだった……。……っていや、待てよ。といっても、その身体ってたしか……!?)


 (はい。マスターの肋骨の細胞をベースに合成されたバイオロイドでございます!)




 バイオロイド……。


 それもオレの細胞の一部をベースに作られた……?


 それはいったいどういうことだ……。


 生物の身体を持っているということか?



 (マスター。その通りでございます。有機体で合成された『人間』の身体に、ワタクシの意識・記憶をダウンロードし、意識をホストコンピューターと同期させ、並列的に存在している有機的端末と言えましょう。)


 (そうか……。それはわかった。意識と記憶はコンピューターにもあるということなんだな? だけど、この今、目の前にある身体には……『魂』があるんじゃあないのか?)


 (マスター! その答えをワタクシは有しておりません。意識と記憶はバックアップがあります。どうかご安心を……。)




 なるほど……。


 意識も記憶も引き継ぐことができるのか……。


 だがしかし……。


 本当に今、目の前にいるアイを犠牲にしてもいいというのだろうか?




 この肉体を有しているアイと、コンピューター上に存在するアイとは、確かに記憶を共有しているのかも知れない。


 だが、意識を双方向にフィードバックしているとはいえ、果たして同一のものと言えるのか?


 この眼の前の肉体を持ったアイに、『魂』はないのだろうか?


 いや、その前に、この眼の前のアイという存在は、別個体と言えないだろうか……。




 (マスター! 難しく考えないでください。ワタクシはマスターを守るために存在しているのです。単にワタクシはワタクシの存在意義を示すだけですから……。)


 (いや! アイ! そんなこと言ったって……。)



 ドギャアァアアアーーーーン……






 そんなやりとりをしている間にも、ヤツの伸びる首の一つがオレたちに迫ってきていた。



 (躊躇している暇はありません! マスター! やるしかありませんよ!)



 そう言って、オレに微笑みかけたアイはなんだか悲哀を含んだ表情をしていたのだったー。





~続く~

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