第197話 吸血鬼殲滅戦・真『落ちる』


 オレたちのすぐ後ろまで『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』が迫ってきている。


 この極限の状態で、なにか手立てがあるというのか……。


 あのアテナさんやヘルシングさんの最大級の攻撃でもその存在を消すことができなかった相手だ。


 オレたちの攻撃が効くということはないだろう。




 (デモ子! アイツと一緒に『超弩級大質量ブラックホール』に突っ込みなさい!)


 (え……、ええぇええ!?)


 (アイ! それはさすがに可愛そうじゃあないか?)


 (あら? アナタ、ブラックホールの中から『異界の穴』で脱出できたりしませんの?)


 (いやいやいやいや! ブラックホールの中に吸い込まれたら、さすがのあたしでもバラバラになってしまいますやん! 死んだら『異界の穴』とか使えませんやん!)


 (あらそう?)


 (絶対、アイ様……。知っていてあたしにブラックホールに突っ込ませるつもりだったわ……。)




 うーん……。


 さすがに、脱出できないデモ子を犠牲に突っ込ませるのも気が引けるなぁ……。


 (アイ! 他に手立てはないのか?)


 (あります。それしかないようでございますね。)


 (おお! あるのか!? それはいったい?)


 (マスター! ご説明している時間はないようです! ヤツが来ました。その『方法』を実行しますか?)


 (ああ! じゃあ、やってくれ!)


 (イエス! マスター! 承知いたしました……。)




 そう言って微笑んだアイだったが、なんだか物寂しそうな表情をしていたのが、少し気になった。


 しかし、それも気にしている余裕もなく、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』がやってきたのだった。



 「ギィイハァーーーッ……!」




 怪物が鳴き声を真空の空間に響かせた……。


 魔力……というやつのせいだろうな。


 まったく、魔力というものは物理法則を簡単に超えてきやがる。




 (来たわ! デモ子! 『異界の穴』を開きなさい!)


 (あいあいさーっ!! では、開け! 『異界の穴』ぁーーっ!!)


 (マスター! こちらへ!)



 そう言って、アイはオレとデモ子を連れて異界の穴から、再び、異空間へ逃げた。


 その直後、オレたちがいた場所に、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』が襲いかかったのだ。


 間一髪、逃れた……というわけだ。




 オレたちが再度、出現したのは、『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』の背後の空間だった。


 つまり、ワープでさきほどの位置関係が逆転したっていうわけだ。


 まだ、ヤツはオレたちが背後に回ったことに気がついていない……。




 (マスター! デモ子! ワタクシの後ろへ!)


 (ああ! わかった! アイ! 頼むぞ!)


 (アイ様ぁ! あたしも守ってくれるなんて! 感激ですぅ!!)




 アイが自分の目の前の空間に、さきほど移動した異空間につながる穴からその異空間に散らばる無限の物質を集め出したのだ。


 それはものすごい超大質量となり、集積した極超新星となっていく……。


 こ……、これは超大質量の恒星が一生を終える時に極超新星となって爆発する時に似ているぞ!?



 (Exactly(そのとおりでございます)! これによって超爆発を引き起こし、ブラックホールが形成される際にガンマ線バースターを生成します!)


 (つまり……?)


 (宇宙最強のエネルギーであるガンマ線バーストをヤツにぶつけます!)


 (なんていうことを実行しようとするんだ!?)




 (太陽が100億年間で放出するエネルギーを上回るこの最大衝撃で、ヤツをあの『超弩級大質量ブラックホール』に押し込んでやりましょう!)


 とてつもないエネルギーが集中していく……。


 オレたちの前に異空間の穴が空いているのが、この超強力なエネルギーの余波からオレたちの身を守るというのか……。


 アイ……。超人工頭脳ならではのさすがの計算力だ。


 異空間を利用し移動したのも、その異空間の物質を集めたのも、その物質でガンマ線バースターを生成するというのも、すべて計算ずくだったのだ。




 (お褒めいただきありがとうございます! マスター! これが、宇宙で最も光度の高い物理現象……、『ガンマ線バースト』です!)



 ピカッ!!



 (うおぉ……っ……!! ま……、まぶしい!!)


 (なんていう恐ろしいエネルギーなんですかぁ!? アイ様……。やはり恐ろしい御方……。)


 (『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』よ! 喰らってぶっ飛びなさい!!)



 ズキュゥウウウーーーーゥ……ン……ン……!!





 「ギニャァアアアアーーーァアアアーーーッ……!」


 あの『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』が、この超エネルギーの光線を受けて、『超ド級ブラックホール』のほうへ押されていく……。



 (行っけぇえええーーーーっ!!)


 オレも心のなかでそう祈る。




 (マスター! あと3秒でヤツが事象の地平面を越えて向こう側へ落ちます!)


 (おお! やったか!?)


 (3……、2……、1……、……ゼロ! ヤツが事象の地平面を越えました!)



 ヤツの動きが完全に停止し、その位置に永久に固定されたかのように静止して見えている。



 事象の地平面、シュバルツシルト面とも呼ばれるが、情報は光や電磁波などにより伝達され、その最大速度は光速であるが、光などでも到達できなくなる領域(距離)が存在し、ここより先の情報をオレたちは知ることができない。


 この境界を指し「事象の地平面」と呼ぶのだが、その一線を今、ヤツは越えて、あの『超ド級ブラックホール』に落ちて行っているのだ。


 もうこちら側に戻ってくることはできないだろう……。


 ブラックホールに向かって落下する物体は事象の地平面を超えて中へ落ちて行く。


 ブラックホールから離れた位置の観測者から見ると、物体が事象の地平面に近づくにつれて、相対論的効果によって物体の時間の進み方が遅れるように見えるため、観測者からはブラックホールに落ちていく物体は最終的に事象の地平面の位置で永久に停止するように見える。


 同時に、物体から出た光は重力による赤方偏移を受けるため、物体は落ちていくにつれて次第に赤くなり、やがて可視光領域を外れ見えなくなる。




 ヤツはこのまま時間の経過とともに、『超ド級ブラックホール』の超重力と超斥力によりその身をバラバラに分解され、中心に落ちていくだろう。


 永遠に抜け出られない宇宙の蟻地獄だ。


 さすがのヤツもこれで終わりか……。




 (アイ。この後、ヤツはどうなるんだ?)


 (悠久の時の流れの後に、ホーキング放射によってエネルギーを失っていき、エネルギーは質量と等価なのでブラックホールの質量の減少とともにヤツも消滅するでしょう……。)


 (お……おぅ……。知ってたけどね。一応、聞いてみたんだよ。)


 (さすがです! マスター! ブラックホールの蒸発もご存知とは感服いたしました。)


 (ま、まあな……。)




 相変わらず、事象の地平面に凍りついたかのように張り付いている『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』を見ながら、オレたちは元の世界へ帰ろうとした。


 だが、しかし……。





 ピクリ……



 ヤツの首の一つが動いたかのように見えた。





 そんな……?


 まさか!?




 ヤツが吸い込まれたと思われるその『超ド級ブラックホール』は、ヤツ自身が巨大なブラックホールと同価値だったかのように、2つの巨大なブラックホール同士が衝突したときと同じような超爆発を起こしたのだった!


 超強力な重力波動がオレたちに襲いかかってきたのだ……!



 (デモ子! 急いで『異界の穴』を開きなさい!)


 (はいっ!! ヤバいですね! 今、開きましたっ!!)


 (逃げるぞぉ!! ヤバいっ!!)



 オレたちは緊急避難をしたのだった。





 今回の『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』と『超ド級ブラックホール』の衝突により発生した激しい衝突により、時空のゆがみが波となってオレたちを襲ってきた重力波は『GW190521』の数十倍はあっただろう。


 オレたちは異空間に逃げて来たが、ヤツをいったいどうすれば倒せるのだろうか……?


 魔力というのは、この世の事象をも歪ませるものであるのは間違いないだろうな。




~続く~


※2019年5月21日の早朝、はるか彼方で発生した重力波が地球に到達し、米国の「LIGO」とイタリアの「Virgo」という2つの重力波観測所でとらえられた。

天文学者たちがその信号を分析したところ、これまで検出されたなかで最大の衝突と、理論上ありえないブラックホールについて、手がかりが得られた。

「GW190521」と名付けられたこの重力波は、途方もない規模の衝突によって発生した。

研究者の見積もりによると、それぞれ太陽の66倍と85倍の質量をもつ2つのブラックホールがお互いのまわりを回転したあとに合体し、太陽の142倍の質量のブラックホールを新たに形成したという。"


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