第183話 吸血鬼殲滅戦・離『人ごろし城の決戦』


 魔女シルヴィア・ガーナッシュは、恐れていた。


 実は、過去の『餓者髑髏』事件の真犯人は、この魔女シルヴィアだったのだ。


 そして、実験で生み出された『餓鬼魂』は、まったく制御が効かず、我先に逃げ出したのだった。


 暴走した『餓鬼魂』は、ただただ呪詛と悪意と死霊を引き寄せ、成長し、世界を破滅に導こうとしていたのだ。


 幸いにして、『帝国』を筆頭とする『七雄国』がことを収めたのだが、シルヴィアはそれ以来、その呪文を封印してきたのだった。




 だが、今回、青ひげ男爵の命令とあっては仕方がない。


 魔術師シルヴィアは青ひげの忠実なるしもべなのだから……。


 そして、今、『人ごろし城』は、空中浮遊し、『不死国』の領土に撤退しようとしている……。




 「さぁ! 行けぃ! 我が祖国『不死国』へ!」


 シルヴィアが勝ち誇ったように叫んだ。



 オレは黙ってみていることしかできないのか……。


 自分の身近な人達や関わりのあった人達を全部守りたいっていうのが、間違っているというのか!?


 このまま、『人ごろし城』ごと『不死国』に、逃げられてしまったら、たとえ、こいつら青ひげ男爵たちを倒したとて、『チチェン・イッツァ』の街がどうなるかわからない。


 また、オレたちだって危機に陥ることは間違いないのだ。




 「ちくしょぉおお!」


 思わず、オレは叫んだ。



 『人ごろし城』がぐらりと動いた。


 移動を始めたのか……!?




 「ぬぅ……!? どうした!? 城よ! 早う飛んでいけ!」


 魔女シルヴィアがなにやら様子がおかしい。


 「どうした? シルヴィア! 早く城を移動させよ!」


 「へぇ……。それが、なぜか城が動かないんでございます……。」


 「なんだと!?」




 たしかに、『人ごろし城』が空中に浮かんだまま、振動している。


 いったい、何が起こっているんだ!?



 「マスター! ご安心くださいませ。今、ちょうど、このはるか上空に人工衛星『ヴァスコ・ダ・ガマ』を静止軌道に乗せました。」


 「え……!? それって……。どういうこと?」


 「そして、この周囲の超ナノテクマシンから強力な重力波を発生させ、『ヴァスコ・ダ・ガマ』と引き合わせております!」


 「つまり……?」




 「はい! 地球と月が引き合うように、万有引力の法則でございます。この『人ごろし城』は重力の引き合いによって動けない状態とさせました。」


 「おお! 万有引力の法則! オレでも知ってるぞ! なるほど! つまり、両方から磁石で引っ張ってるような状態ってわけか!?」


 「さすが、マスター! 賢明でございます!」


 「おお! なんだかよくわからないが、重力魔法を使ったのか? アイ殿はまさに賢者だな。」


 「いえ。ヘルシングさんこそ。ワタクシが動かなくても、魔力の剣で、城全体を切断しようとしていらっしゃったでしょ?」


 「あっはっは……。読まれていたか? まあ、その必要がなくなって良かったよ。」




 くぅ……。


 オレだけうろたえていたのかよ!


 なんだか知らないけど、まあ、助かったってわけか。


 いや、目の前の青ひげ男爵をなんとかしないと行けない状況は変わりないな。




 「貴様らを見誤っていたようだな……!」


 青ひげ男爵が怒りに満ちて、眼を輝かせる。


 また例の眼から出す光線か!?


 青ひげ男爵のその眼がふたたび青く輝く……。


 『青い眼をしたお人形は、アメリカ生まれのセルロイド。日本の港に着いたとき、一杯涙を浮かべてた。私は言葉が分からない、迷子になったら何としょう! 優しい日本の嬢ちゃんよ! 仲良く遊んでやっとくれ! 仲良く遊んでやっとくれ!』




 するとまた、アイの思念通信がまるで時が止まったかのように流れ込んできた。


 (マスター! また、思念通信の速度を極限にまで高めた光速思念通信でございます。)


 まわりの景色がまるで時が止まったかのように本当にゆっくりと動いているのが見える。


 あのオレの好きなアメコミ映画のクイック●ルバーみたいだ。



 (マスター! 左へ数十センチ、移動してください!)


 (おお! わかった! よし! ええ……ぇい……。動け……。動け……。)




 そして、また光線をすんでのところでかわすことができた。


 「ぐぬぬぬ……。なぜ余の『青い眼の人形』をかわせるのだ!?」


 「男爵様! これは時空系の魔法使いかもしれませぬぞ!」


 「バカな!? そんな時空系の魔法なんて、伝説レベルの魔法だぞ!?」


 「しかし、それ以外、考えられませぬ!」




 すると、そこでヘルシングさんが目にも留まらぬ早業で、持っていた大剣を青ひげ男爵へ投げつけたのだ!


 その専用とも言える武器を投げつけるだなんて!


 そして、案の定というか、青ひげ男爵は、いとも簡単にその剣をかわし、避けてしまった。


 ヘルシングさん、いったい何を考えてるんだ!?


 この危機に焦ってしまったのか……?




 そうオレが思っていたところ、魔女シルヴィアの様子がおかしい。


 「ぐ……ぐふ……っ! わ……わしを狙う陽動じゃったのか……!」


 なんと、シルヴィアの胸に、ヘルシングさんのボウガンの矢が数本、刺さっていた。


 それも、すべて正確に心臓の位置、つまり魔核を貫いていた。


 そして、その後の動きも鮮やかであった。


 投げつけた大剣は、なんと、青ひげ男爵が座っていた王座の椅子に当たり、跳ね返って空中にあったのだ。


 それをさもわかっていたかのように両手で掴んだヘルシングさんが、その最上段から思い切り、シルヴィアを一刀両断に斬って捨てた。




 「剣技円舞『サン・マルコ』っ!」



 それは美しく円を描くかのように、最上段からきれいに一文字に大剣で斬りつける技のようだ。


 鮮やか……、お見事としかいいようがなかった。




 「シルヴィア! おのれ! ばあやを先に狙うとは!」


 青ひげ男爵が悔しがる。



 ゴゴゴゴゴゴ……



 何か音がする。




 「マスター! 城が落ちています! どうやら魔力での移動するチカラが途絶えたものと推測されます!」


 「そうか! 魔女シルヴィアが倒れたことによって、城が落ちているんだな!」


 「はい! なんとか重力解析計算し、この『人ごろし城』を不時着させてみせます!」


 「アイ! 頼んだぞ!」




 オレはちょっと思いついたことがあったので、周りの超ナノテクマシンにひとつの指示をだしていた。


 青ひげ男爵が、不気味に笑い出した。



 「くっはっはっは! 愉快であるぞ! 余をここまで楽しませたのはそなたらが初めてだ! ほめてつかわす! だが、ここからは本気を出す! もはや生ののぞみは尽きたと思えぃ!」


 青ひげ男爵がそう言って呪文を唱えた。


 「闇の眷属の最大究極強化呪文『十五夜お月さん』だっ!!」


 『十五夜お月さん、ごきげんさん! ばあやは、おいとまとりました! 十五夜お月さん、妹はいなかへもられてゆきました!』




 青ひげ男爵が黒くおぞましく輝き出した。


 魔力がわからないオレでも感じる果てしないエネルギーのほとばしり……。



 「ジン殿! あの呪文はレベル7の闇の強化魔法『十五夜お月さん』だ! ヤバいぞ!」


 「つまり、あの『魔王』と同じくらいお危険度ってことですね?」


 「そうだ! まずいな……。ヤツめ。ここで果ててもいいって覚悟だな。」




 その間も、『人ごろし城』はゆっくりと降下をし続けていたのであった。


 もちろん、アイが絶妙なコントロールをしてくれているからではあるのだがー。



~続く~


©「十五夜お月さん」(曲/本居長世 詞/野口雨情)

©「青い眼の人形」(曲/本居長世 詞/野口雨情)






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