第163話 吸血鬼殲滅戦・序『帰還』
コタンコロが悠々と大空に舞い上がっていく。
ケルラウグ川の激流がはるか眼下に小さくなっていく……。
恐竜騎兵隊『十の災い』の竜であるモササウルスが大きく水面からジャンプして食らいつこうとしたが、届かず下に落ちた。
「ちくしょーーーっ!! 空飛べるヤツが来るとはっ! こちらも『翼竜隊』を呼んでおくべきだったかぁあああーーっ!」
モササウルスが悔しがりながら叫んだ。
翼竜隊……、そういうのもいたのか……。
翼竜というのだろうから、空を飛ぶ隊なんだろうな。
たしかに、それが来たなら危険だったかもしれないな。
今回、脱出できたのは運が良かっただけなのかも知れない。
だけど……。
間違いなく、その運をもたらしたのは、爺やの最後の覚悟だったと思う。
あの時、爺やがイシカとホノリをこちらに向けて飛ばさなかったら……。
もし、ストーンカの動きを最後に封じてくれていなかったら……。
やられなかったにせよ、もっと危機に追い込まれていただろう。
「ジン殿。あれを見てみろ!」
ヘルシングさんが指を差した方向は、ケルラウグ川の対岸だ。
そこには、骸骨の戦士共が無数に集まっていた。
そうか……。
向こう岸だけではなく、こちら岸も取り囲んでいたのか……。
そうすると、川を渡って来たとしてもまた敵に取り囲まれていたのだろうな。
しかし、空からオレたちは逃げたことで、その無数の骸骨たちを眺めながら、この場を去っていくことができる。
爺やのことを思うと、胸が締め付けられる思いがする。
助けられなかった。
ごめん。
爺やは最後の最後、オレたちをかばってくれたんだなぁ……。
「ちょっと待って! あの集団は何!?」
ミナさんが気づいたその方向から、やはり魔物の集団がケルラウグ川のほうへ進軍してきているのがわかった。
「あれは……、スヴァルトアールヴ……『ブラックエルフ』の軍だ! なぜ、ヤツラが吸血鬼どもに加担している!?」
ジョナサンも疑問を口にする。
「その『ブラックエルフ』って言うのは?」
「ああ。ジンさん。メメント森に生存する闇のエルフたちだ。しかも、ヤツラが来た方面には『ウシュマル』の街がある!」
「それって……?」
「ああ。『ウシュマル』の街もヤバいな……。」
ヘルシングさんもそこに同意する。
「ご主人様。我はこのまま『チチェン・イッツァ』へ戻るということでよろしいか?」
コタンコロが行く先の確認をしてきた。
「そうだな。アイ。いいよな? いったん『チチェン・イッツァ』へ引き返すぞ?」
「イエス。マスター。それがよろしいかと……。」
「ジン様! 僕が『ウシュマル』の様子を調べてきましょうか?」
ヒルコがそこで調査を申し出てくれた。
「ヒルコ。ありがとう。じゃあ、調査はヒルコに頼むよ。コタンコロは、『チチェン・イッツァ』へ向かってくれ!」
「了解したよー!」
「承りました!」
コタンコロとヒルコが返事をする。
ヒルコがそのまま、コタンコロの背中の上から、空中へ身を投げ出した。
そして、身体が粘菌の姿に変化し、傘のようにパッと開き、パラシュートのように森の中に落ちていった。
そして、コタンコロは悠然と翼をひるがえし、『チチェン・イッツァ』の街の方へ飛んでいったのだ。
『ジュラシック・シティ』が吸血鬼どもの手に落ち、ケルラウグ川の真ん中に敵の居城『人ごろし城』を建てられ、さらに『ウシュマル』まで敵の手が伸びているとなると、ケルラウグ川の向こう岸のメメント森全体が敵の支配下に落ちたと見做していいだろう。
これは、もはや冒険者のオレたちだけでなんとかできる規模ではない。
『エルフ国』や『法国』、『円柱都市イラム』や『東方都市キトル』のバビロン地域の者たちもすべて巻き込む争いになると思われる。
****
『チチェン・イッツァ』は総面積960エイカで、1トキオドム=12エイカなので、80トキオドムで東京ドーム80個分の広さの街だ。
1東京ドームが46755平方メートルなので、3740400平方メートル=約3.7平方km、つまり1.92km四方の正方形と同じ面積ということになる。
まあ、前にアイが説明してくれたんだけどね。
オレたちは正門側の前に降り立ち、そこでコタンコロも人間大の大きさに戻る。
イシカとホノリは二人とも両腕を破損していて、超ナノテクマシンで治療中とのことだ。
『チチェン・イッツァ』の正面門から中に入る。
入口のすぐ近くに前にも寄ったレストラン『オックストン』が見えるが、今は寄っている余裕はない。
『チチェン・イッツァ』のほぼ中心地にこの街の統治者ククルカン・クグマッツが住んでいる『カスティーヨ』と呼ばれるククルカンの神殿があり、その向こうに『戦士の神殿』や『千本柱の間』があり、そこを通り過ぎた向こうに市場がある。
その近くの小さな泉、シュトロク・セノーテを越え、森林地区の中に一軒家『マヤハウス』へ辿り着いた。
情報屋『ヤプー』のサルガタナスさんの家だ。
「ああっ! ジンさん! 無事でしたのねぇ!?」
「サルガタナスさん! ええ。なんとかね……。」
「青ひげ男爵は……、どうなりました?」
「それがマズイことになったんだ!」
オレたちはサルガタナスさんに事情を説明した。
「なるほどねぇ……。それはこの街も危ないわね。ククルカン様にご報告したほうがいいわね。」
「そうだな。ククルカンにヤツラ吸血鬼どもの侵攻を教えてやらないとな。」
「ヘルシングさん! 『ヴァンパイア・ハンターズ』を全員、集結させましょう!」
「ジョナサンの言う通りね。」
ヘルシングさんたちもこの事態にメンバーを集めることにしたようだ。
「まあ。その前に……。今日はもう遅いわ。動くにしても明日にしなさいな。」
サルガタナスさんがそう言うと、奥から弓を持った緑の服を着た女性ゾレイ・レラージェが現れた。
「食事をご準備しております。どうぞ。」
「おお!? それは嬉しいな!」
「それはありがたいですね。」
「ご飯! 食べたいであるゾ!」
「ご飯! 食べたいのだ!」
「へーい。こちらへお越しくださいな!」
奥からさらに姿を現したのは、大きな雄牛のような姿の男だった。
「あ、彼はファライー・モラクスと言いますわ。うちの料理人をやってますの。」
「へぇ。料理人まで雇ってるんだ……。サルガタナスさん。」
「あーい。おいらはモラクスだす。薬膳料理が得意だす。」
「薬膳料理か! 今のオレたちにはありがたいな。」
「ニシル山のおいしい水をどうぞ。」
ゾレイさんがめちゃくちゃ美味しい水をみんなに注いでくれる。
そうして、出されたモラクスさんの料理は、レーラズやセフィロトの木の葉などをふんだんに使った野菜炒めに、コカートという身体が熱くなるようなソースをかけたものがメインだった。
さらにハオマぶどう酒をたっぷり用意してくれてたので、みんな今日はふんだんに飲んで食べたのだった。
とても美味しかったが、身体が高揚してなかなか眠れなかった。
いや……。コカートって、まさかね?
違うよね?
(マスター。ご安心ください。興奮作用のある成分は体内の医療ナノテクマシンがすべて沈静化させております。)
(お……、おぅ……。)
それは安心だな。
だけど、お酒に酔ったりするのも、同じく沈静化されるんだよね。
今日は少し酔っていたかった気分だったので、ちょっと残念だと思ったのだったー。
~続く~
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