第162話 吸血鬼殲滅戦・序『決断』


 オオムカデ爺やは思う。


 この世界は理不尽の塊であるのじゃ。


 生まれたときから、その種族によって選別が決まり、魔物は駆逐される運命なのだと。



 オオムカデは名を持っていなかった。


 ただただ、他の魔物を喰らう者。


 ゴブリンはとくに歯ごたえがあり大好物だった。




 人間種どもの街を観察もした。


 純粋なる超英雄族や、妖精族などは優遇されておったわい。


 幸い早期にそれを悟り、超英雄族や妖精族には手を出さなかった。


 そのためか、特に討伐対象にもならず、砂漠周辺のエリアで長く生きてこられた。




 同族のヤツラの多くは、自分のチカラを過信して、己より強大な魔物や超英雄族に挑みかかり、そして……、散っていった。


 ここ数百年はもう同種のヤツラに出会うことはなかった。


 もうわしと同族の種はいないのであろうなぁ……。






 いつしか、わしは『オオムカデ爺い』と呼ばれ、一定に恐れられつつも特に討伐されることもなかった。


 わしのほうが危険から遠のいていたのもあったのやもしれんが……。


 決して誰からも関心を得られることもなく、ただただ生きながらえてきたのじゃ。




 ジン様と会うまでは。



 ジン様はこんな魔物のわしを蔑みもせず、『爺や』と呼んでくれおったわい。


 今までわしを蔑称で『じじい』呼ばわりしてくる者は数多くいたし、名前すらなく『オオムカデ』と種の名前で呼ばれることしか無かったわしに、初めて親しみを込めて『爺や』と呼んでくれたのじゃ……。




 そして、今回の旅にわしを連れて行ってくれたのじゃ。


 わしは今までの長い生の中で、初めて誰かのために、役に立っておったのじゃ。


 老体に鞭打ってでも無理をしてでも、わしは嬉しかった。


 これが生きているってことじゃとわしは悟った。




 ただ餌を喰らい、強敵に怯え、逃げ惑う日々は、生きているとは言えん。


 短い旅ではあったが、この日々はわしの生きてきた中で最良の日々であった。


 そして……。




 魔力の尽きたわしを見捨てずに、ここまで助けに来てくれたジン様やアイ様、イシカ様にホノリ様。


 また、その御一行のヘルシング殿やジョナサン殿にミナ殿。


 自分たちの身も危ないのに、なんとか助けようとここまで駆けつけてくれたのじゃ。


 そして、迅速に救援に来てくれたコタンコロ殿、ヒルコ殿。




 今、まさにさらなる危険を冒して、わしをなんとか助けようとしてくれておるわい。


 もう満身創痍で動けんわしを……。


 じじいのわしを……。



 魔力ももう残り少ない……。


 身体にももうチカラが入らない……。


 じゃが!


 ここでわしが動かなければ、ジン様たちを巻き込んでしまう。




 彼らを巻き込むわけにはいかん!


 特にイシカ様やホノリ様を巻き沿いにしては、ジン様に申し訳ないわい!


 なんとかしなくては……。


 最後の力を振り絞るのじゃ……。


 奮い立て! 今、動かなければ死んでも死にきれんわい!




 オオムカデ爺やは半身を起こした。



 ブシュゥウウウーーー……ッ……



 身体の傷口から血が吹き出す。




 オオムカデが魔力を振り絞った!



 『London Bridge is broken down,Broken down, broken down.London Bridge is broken down,My fair lady!』

 (ロンドン橋落ちる、落ちる、落ちる、ロンドン橋落ちた、マイ・フェア・レディ!)


 オオムカデが呪文を唱えると、地面が大きく揺れ、地割れが起きたのだ。




 オオムカデ爺やとアラハバキの間の地面に大きく裂け目ができたのだ!



 「なっ!? 爺や! どういうつもりだ!?」


 「これは! ジン様! 飛び越えて向こうに行きますよ!?」


 アラハバキはそれでもなんとか向こう側に行こうとした。




 「来るなぁーーーっ!!」


 すると、オオムカデ爺やが大声で叫んだ。



 「こっちに……。ぜぃ……。来るんじゃあないわい……。はぁ……。」


 息も絶え絶えに爺やが声を出す。




 『海は荒海、向こうは佐渡よ、すずめ啼け啼け、もう日は暮れた、みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ!』


 オオムカデ爺やが振り絞るように呪文を唱えた。


 「最後の……、魔力じゃ……。ぜぃ……、ぜぃ……。」




 砂の嵐が突如として巻き起こり、今まさに断裂の起きた地面の亀裂を飛び越えようとしていたアラハバキをその砂嵐が包み込んだ。


 その砂は、アラハバキの巨体を押し返した。


 そして、そのままその身体を巻き上げ、オレたちの方へアラハバキが飛ばされてきた。




 アラハバキが思わず、そのフュージョンを解いてしまう。


 イシカとホノリの姿に戻ったのだ。


 「ジン様! イシカがもう一度行くであるゾ!」


 「ジン様! ホノリが再び助けに行くのだ!」




 「イシカ! ホノリ! ……もう手遅れです……。」


 アイが珍しく小さな声で言った。




 「アイ……? どうなんだ?」


 「爺やの生命力はもう尽きます……。」


 「くっ……。ダメなのか……?」



 爺やは最後の魔力を振り絞り、イシカとホノリを助けたんだなぁ。


 「イシカ……。ホノリ……。もういい……。おまえたちまで犠牲になってしまう。行くな。」



 「「了解……である……。なのだ……。」」


 イシカとホノリも動きを止める。




 「ジン様……。わしは幸せでしたぞ……。」


 オオムカデの巨体がそのまま、うねうねと動き、怪牛ストーンカに巻き付き出した。


 なおも前に進んでこようとしていたストーンカの動きが止まる。




 「ぶもぉ……!?」


 ストーンカは振り払おうと身体を振るが、巻き付いた爺やの身体が締め付けだして離さない。



 そしてその間にも、恐竜騎兵『ディノ・ドラグーン』たちが、その包囲網を狭めてきていた。


 シアッツ、タルボサウルス、カルノタウルス、モササウルスがそれぞれ迫り来る。


 ジンたちはコタンコロの背に乗り、空中へ脱出する。


 間一髪だ。




 「爺やぁああーーーーっ!」


 オレは声を大にして叫んだ。


 だが、その声はもう爺やには届いていなかった。



 最後の力でストーンカを縛り続ける爺やは意識はすでに無いようだった。


 だが、その縛りは揺るぐことなく、ストーンカは動きを制限されている。


 その手に持つ戦斧でオオムカデの身体を切ろうとするが、自身の体に巻き付いているため、切るに切れないようだ。




 「ぶももぉおおおーーーぉおーーっ!!」


 ストーンカがものすごい叫び声をあげた。


 周囲の大気がビリビリと振動する……。



 それでもオオムカデの身体は巻き付いたチカラを緩めることはなかったー。




 ****






 ジン様。


 わしはほんに幸せでしたぞ。


 生まれい出て数百年ー。


 これほどまでに楽しかった時間はなかった。


 初めて食ったグガランナ牛は美味かった。



 ああ……。


 マツサカウシやコウベウシも食べさせていただけると言ってくれましたなぁ……。


 それが食べられなかったのは心残りじゃが……。


 もっと大事なものを頂いたわい。


 温かいその心をな……。



 爺やと呼んでいただいたこと、これほど嬉しかったことはありませんでしたぞ。


 どうか、これからもご無事で……。


 そして、わしにはよくわからんかったが、アニメやマンガなどというものを、みなが楽しそうにして見ることができるその平和な世の中の実現を願うジン様の夢が……。




 願わくば叶いますように、わしもお祈りしておりますぞ……。





~続く~


©「砂山」(作詞:北原白秋/作曲:中山晋平・山田耕筰)

©「ロンドン橋」(曲:イギリス民謡/詞:イギリス民謡)





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