第139話 七雄国サミット『世界会議前日その4』


 『海王国』の皇太子ハスターは『アーカム・シティ』にある宿屋『ヒュアデス』に宿泊することにした。


 『海王国』の大使館は別にあるが、ハスターはここの宿屋がいたく気に入っていて『法国』滞在の際は必ずと言っていいほどこの宿屋に泊まるのだ。



 「「皇太子殿下! ようこそ! お越しくださいました!」」



 『ヒュアデス』の従業員たちが揃って出迎え、みなで一斉に歓迎の意を示す。




 「うむ……。また、やっかいになるぞ。みなも息災であったか?」


 「「はい!」」


 ハスターの気遣いにみんな喜んでいるようだ。




 「殿下。部屋はいつもの『アルデバランの間』でよろしいですか?」


 「おお。そうだな。ヒュアースよ。頼むぞ。」


 「は! 殿下にはいつもご贔屓にしていただきありがとうございます。」



 ヒュアースと呼ばれた男はこの宿屋『ヒュアデス』の主人である。


 従業員はみなヒュアースの姉妹で、彼女たちはアムブロシアー、エウドーラー、ペディーレー、コローニス、ポリュクソー、ピュートー、テュオーネーの7人姉妹である。




 「さっそく部屋に『黄金の蜂蜜酒』をお持ちしますね。」



 アムブロシアーがそう言って、『黄金の蜂蜜酒』を取りに行く。


 『黄金の蜂蜜酒』はハスターの好物だ。




 「ささ。一杯どうぞ?」


 コローニスが御酌する。


 「よきかな。よきかな。」


 「あぁーん。殿下。私のお酒もどうぞ。」


 エウドーラーがまた御酌する。


 「おお。これこれ。」


 「では、こちらもどうぞ。」


 ペティーレーが酒の肴を勧める。


 「うむ。美味いの。こりゃ。」




 ハスターはご機嫌のようだ。


 すると部屋へ、ヒュアースがやってきてなにやら困った様子で言う。



 「殿下。殿下を訪ねて変な人がお越しですが……。いかがいたします?」


 「なに? 変な人だと?」


 「ええ。『漆黒の鱗に覆われた爬虫人類』と言う外観をしている御方なんですが……。殿下のことを呼捨てで……。あっ!?」




 ヒュアースが報告しているスキにその男が勝手にズカズカと入ってきたのだ。


 たしかに言われた通り、黒い鱗に包まれた黒い肌、浅黒い貌がない人物だ。


 『漆黒の鱗に覆われた爬虫人類』と言う表現がぴったりだ。




 「貴様ぁ。なぜ大使館のほうへ来ないのだぁ?」


 その暗黒の男が叫んだ。



 「ああ。なんだ……。おまえか。ささ。ピュートーももう一杯。」


 ハスターは意に介さず、ピュートーに酒を酌む。


 「ああん。殿下ったら。いいの? あのヒト……。」


 「ああ。いいんだよ。放っといて。」


 「やだー。殿下。そこはだぁめ。」


 ポリュクソーがくすくすと笑う。




 放っとかれた暗黒の男が、身体をぷるぷると震わせている。



 「ハスタァーーーーッ!! やめぃ! にゃーを無視するのかにゃーーーッ!?」


 暗黒の男が大声でハスターにブチ切れる!




 「また……。にゃ言葉が出てるぞ? ニャラルトホテプよ。」


 「貴様が無視するからにゃ! にゃーはブチ切れるとにゃーにゃー言ってしまうのにゃ!」


 「ふん。おまえがまた闇のデーモンを使役しているからだろ? 本体は来ないのか?」


 「精神をこの『闇のデーモン』に移してるからにゃ。本体も同然なのにゃ。」


 「どんな理屈なんだ、それ。」




 訪ねてきたこの男の名はニャラルトホテプ。


 『海王国』の祖なる王アザトースの息子であり、ニャラルトホテプは旧支配者の一柱にして、アザトースを筆頭とする外なる神に使役されるメッセンジャーでありながら、自身の主で旧支配者中、最強のアザトースと同等の力を有する。


 彼は変幻自在に姿を変え、千の化身と表現されている。




 「あら。知り合いですか? 殿下。」


 テュオーネーが聞く。


 「ふん……。腐れ縁というやつよ。」




 「まあ。良いわ。……で、明日の『七雄国サミット』。なんだかよくわからんことになってるんじゃあないか? 『海王国』の威厳を保つために花火でも打ち上げるか!?」


 急にニャラルトホテプが口調を戻す。



 「いや、情報はすでに得ておる。頼むからおまえは何もしないでくれよ?」


 「ほぉ? 期待していいのか? 狂気と混乱は起きるのかな?」


 「まあ、そうなるだろうな。」


 「ほほぉ? さすがは悪巧みの御仁『邪悪の皇太子』だな……。」


 「それ、褒めてんのか?」


 「褒め言葉だろ?」


 「まぁ……。そっか。」




 「じゃあ、お連れ様も一杯どうぞ?」


 アムブロシアーがそう言って、『黄金の蜂蜜酒』をニャラルトホテプに注ぐ。


 「ああ。じゃあ、いただこう。」



 「あ、こいつ『土属性』だから、カパ体質なのだ。ゆえに温野菜でスパイスをかけたものを用意してやってくれ。」


 「そうなのね? でも今『爆裂コショウ』が手に入りにくくなってるのよねぇ。」


 テュオーネーが言う。




 「殿下は『風属性』ですからね。ヴァータ体質ですよね。だから、熱を通した温かい鍋料理やスープ・シチュー料理をご用意してますのよ?」


 エウドーラーがそう言って、鍋の蓋を取ると、黄金羊の煮込みが美味しそうにぼわっと湯気がたった。



 「美味そうだな。いただくとするか。おい。ニャル。いつまでも立ってないで座れ。」


 「まあ、いっか。おーい。俺に熟した『西王母の桃』を持ってきてくれー。」


 「はいはい。かしこまりました。」



 こうして、『海王国』の者たちはやんややんやと過ごすのであったー。



 ****






 『アーカム・シティ』の門番の屯所。


 「この荷物はスパイスってことですね? じゃあ、確認しまぁす。」


 門番ガウェインが『通りゃんせ』の呪文を唱えた。


 『とおりゃんせ とおりゃんせ ここはどこの ほそみちじゃ てんじんさまの ほそみちじゃ ちょっと とおしてくだしゃんせ ごようのないもの とおしゃせぬ

このこのななつの おいわいに おふだをおさめに まいります いきはよいよい かえりはこわい

こわいながらもとおりゃんせ とおりゃんせ』




 「ああ。大丈夫ですねぇ。じゃあ、お通りください。え……、えーと、アマノ・ジャックさん。」


 声をかけられた男は、ニヤリと笑い、答える。



 「ええ。なにも怪しいことはないですよ?」


 「はい。この見破りの呪文『通りゃんせ』は嘘を見破りますからね。嘘はないってことは確認できましたから。」


 「ほお。嘘はつけないのねぇ……。わたくしは嘘はつけない体質なのですから。ほっほっほ。」




 「お連れさんは……。ああ。雷撃結界にも反応しませんね。低級霊とかじゃあなさそうですね。えっと……。お名前は……。」


 「ジャック・オー・ランタンだよ?」


 「ああ。そうだ。ジャック・オー・ランタンさん。どうぞ。お通りください。」




 アマノ・ジャックとジャック・オー・ランタンは『アーカム・シティ』に入っていった。


 大量のスパイス(?)を積んだ竜馬車を引いていく。



 「しかし、簡単に通れたねぇ?」


 「いひひ。そうだねぇ。」


 「嘘を見破る呪文なんて、何の意味もなかったねぇ?」


 「ほんとそうだねぇ。アマノは嘘しか吐かないのだからねぇ。」


 「ああ。『法国』の有名な雷撃結界も何の意味もなかったねぇ?」


 「ほんとそうだねぇ。ランタンは上位精霊なんだからねぇ。」


 「くっくっく。さあ、行こうか?」


 「ああ。」





 『アーカム・シティ』に怪しげな男たち(?)が侵入してきたようです。


 『七雄国サミット』、いかに……。




~続く~


©「通りゃんせ」(曲/わらべ歌 詞/わらべ歌)




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