第138話 七雄国サミット『世界会議前日その3』
『アーカム・シティ』の門番ガウェインはその日の業務日誌にこう記した。
アフターアポカリプスAA暦3996年3月9日ー。
『海王国』の代表ハスター殿下、到着され入都す。
お供のバイアクヘーという魔獣、入都許可ならず。
『法国』の雷撃結界『もろ人こぞりて』の洗礼を受けしゆえ許可能わず。
……と。
「さあ、こちらへどうぞ。バイアクヘー殿。申し訳ありませんねぇ。規則なもので。」
『アーカム・シティ』の都市警備隊『スプリガンズ』の門番ガウェインがバイアクヘーを門番の施設に案内する。
「ふん……。まったく失礼しちゃうぜ! 俺様を魔獣扱いとはよ……。」
連れられたバイアクヘーが悪態をつく。
「申し訳ございません。ハスター殿下も寛大なる御方でありがたきことです。」
もうひとりの門番トリスタンも丁重に詫びる。
「はいはい。それねぇ。ハスター様が俺様にここで待つように仰ったから、おとなしくしてるんだからな? おまえら、命拾いしたな!」
「それはそれは、ありがとうございます。」
バイアクヘーの挑発的な言葉にもさらりと受け流すトリスタン。
ハスターはバイアクヘーを門に残し、一人で入都して、悠然と街を歩いて去っていった。
その後ろ姿は不気味な霧に覆われていたのだという。
名もなき霧に……。
****
『シュラロード帝国』は、一部のヒト族をまとめた超英雄族が独立して建国した帝国である。
AA1775年『カーズ法国』に対し、独立戦争を起こし、AA1783年、独立を果たしたのである。
その後、AA2336年、南部がさらに支配体制を確立し、その支配権を握った征魔大将軍と、北部にいる帝国皇帝の2極体制となって現在に至っている。
その『北部帝国』の皇帝ブラフマーが、今回の『七雄国サミット』に参加するために、『法国』にやってきていた。
『アーカム・シティ』にある『エーラーワンの祠(ほこら)』は『北部帝国』の大使館なのだ。
「白鳥のハンサにちゃんと食事を与えてやってるか?」
ブラフマーが自身の乗り物である白鳥のハンサを気遣って、従者ナーラダ仙に声をかけた。
ブラフマーは4つの顔に4本の腕、修行者のような特徴的なもつれた金色の髪(ジャタ・ムクタ・マンディータと呼ぶ)、そして王冠をかぶっている。
それぞれの手には水の器、数珠、杓(ヤジュニャの儀式で用いるもの)を持っていて、下半身にはチーラ(cīra、木の皮)をまとっていた。
ブラフマーの右にブラフマーの妻サラスヴァティー、左にサヴィトリが座している。
サラスヴァティーはその容姿はこの世のものと思えないほど美しく、肌は白く、額には三日月の印を付け、4本の腕を持ち、2本の腕には数珠とヴェーダ、もう1組の腕にヴィーナと呼ばれる琵琶に似た弦楽器を持っていた。
「ワタクシのクジャクちゃんもちゃんとご飯食べてる?」
サラスヴァティーも自身の乗り物である孔雀を気にかけて同じくナーラダ仙に問いかけた。
ナーラダ仙はサラスヴァティーの息子である。
両親から同時に乗り物の心配をされたナーラダは少し笑ってしまった。
「あっはっは。父上、母上。そんなにご心配であるか? ハンサも孔雀も元気いっぱいで今朝もエサを食べておりましたぞ!?」
ナーラダが答える。
「それならいいのだよ。」
「それは良かったわぁ。」
「それより、母上、そんなに可愛がっておいでの孔雀の名前がクジャク……では、なんだか可愛そうであるぞ!」
「あらぁ? いいのよぉ! わかりやすい名前のほうがいいでしょ?」
「そうだぞぉ? ナーラダよ。おまえは実に細かい。もっとおおらかに生きよ。」
「おほん……。それよりも、『幕府』のマハー・ヴァイローチャナ将軍閣下がお越しになるとか?」
じっと聞いていたサヴィトリが発言した。
サヴィトリは「鼓舞者」、「激励者」、「刺激者」などの意味を持ち、黄金の眼と、黄金の両腕を持つ太陽神のひとりである。
「はーぁ……。そうですねぇ。父上。いかがいたしますか? お会いになられます?」
ナーラダはめんどくさそうに聞く。
できれば、会わずじまいで帰りたい……と、そう思っているのである。
「ふむ。会ってみるかの?」
ブラフマーはこともなげに答える。
「「え……!?」」
その場にいた者は全員、驚いた。
それもそのはず、『帝国』が南北朝時代に突入してから、皇帝と将軍が相まみえたのは、将軍任命の時のただの一回きりだったからだ。
前回の『七雄国サミット』もその前回も、そのまた前回も、皇帝が出席すれば、将軍が出席辞退をし、将軍が出席する際は皇帝は出席しなかったのである。
つまり、接見する機会がなかった……。
いや、その機会を持たないようにしてきた……。
そう言うほうが正しいのであろう。
「で……、では、そのように取り計らいを……。」
サヴィトリがやっとと言った様子で発言をし、ナーラダも我に返ったようで慌てて動き出した。
「はい。では、準備をしてまいります!」
ブラフマー皇帝はそんな息子の様子も意に返さず、ニコニコと微笑んでいたのであった。
****
『シャンバラ自由都市国家連合』はガイア山脈の地下に在る地底国家『地底国』であり、都市国家の集合だ。
この国は各都市国家に代表がおり、その連合議会でもって国家運営をしている。
主な種族はドワーフである。
『地底国』から今回の『七雄国サミット』に出席の意を示したのは、その都市国家連合の代表議長ラー・アトゥムだ。
ラーの一団は、『地底国』にある地底湖フヴェルゲルミルからラーの『太陽の船』に乗って、アケローン川を下り、『法国』の西端『セイクリッドハート・シティ』に到着していた。
「ラー王よ。『セイクリッドハート・シティ』はなかなか美しい街ですな。」
「うむ。『法国』でもここは農村地帯なのであるな。」
ラー王に声をかけたのは『太陽の船』の船頭ケプリ。スカラベ(甲虫)の姿をした太陽を司るものだ。
『セイクリッドハート』の門番をしているのは、ヘスペリデスと呼ばれるリンゴ農園『ヘスペリデスの園』に住んでいる乙女たちだ。
そのヘスペリデスの、輝き・明るい女アイグレー、紅・赤い女エリュテイア、牝牛の眼の夕焼け女ヘスペレトゥーサの3人姉妹が数日前にラーたちを出迎えたのだ。
「なにか御用はありませんか? ラー陛下。」
「また街を案内いたしますわ。ラー陛下。」
「リンゴ食べますか? 陛下。」
「ほう……。噂に名高い『ヘスペリデスの園』の『黄金のリンゴ』か……。だが、俺はレタスが好物なのでな。レタスがあれば所望するぞ?」
そう言って彼女たちに声をかけてきたのは、ジャッカルのようなツチブタのような頭をしている者セトだった。
セトは『地底国』の粗暴な性格を持つ戦争を司る者であるが、軍隊の守護者・軍神でもある。
悪邪アポピスからラーを守る役割を任務として、この一団に同行してきているのだ。
「セト様は本当にレタスが好きなんですねぇ。」
アイグレーがうなずき、レタスを持ってこさせた。
「アドニスのレタスです。どうぞ、お収めください。」
持ってきたヘスペリデスのアレトゥーサがレタスをセトに手渡した。
「それにしても、ラー陛下。この『セイクリッドハート』から首都『アーカム』までは1.7ドラゴンボイス(約1000km)は離れておりますが、明日が『七雄国サミット』の開催日ですが……。この街でのんびりしておられて良いのですか?」
エリュテイアが疑問に思い、質問をする。
これまでじっと黙っていたもうひとりのラーの従者オシリスがここでボソリとつぶやいた。
「それは心配ご無用。この『太陽の船』は今は夜のモード・メスケテトだが、昼のモード・マァジェトに切り替えることで空をも飛ぶことが可能なのだ。なあ? ケプリよ?」
「はい。オシリス様。」
オシリスは民に小麦の栽培法やパンおよびワインの作り方を教え、法律を作って広めることにより人々の絶大な支持を得ている神聖都市国家裁判長の地位を得ていた。
「うむ。そろそろ、『アーカム』に向かうとするか……。帆を上げよ! モード変更『マァジェト』!!」
ラー王が声をあげ、『地底国』の一団は、『法国』の首都『アーカム』に向かうのであったー。
~続く~
©「もろ人こぞりて」(曲:ヘンデル/詞:別所梅之助/日本基督教団讃美歌委員会編 「讃美歌」(1954年刊)112番に準拠)
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