閑話

第88話 閑話 『手紙』



 「……ぃちゃ……。」



 「……にい……ん。」



 どこからかオレを呼ぶ声がする……。



 「お兄ちゃ……。」




 「お兄ちゃん! 起きて! 遅刻しちゃうよ!?」


 妹のハマエだ……。


 遅刻!?


 やっべ……!! 今、何時だ!?




 時計を見ると8時を少し回っていた。



 「わぁ!! ち……遅刻するじゃないか!?」


 「もお! 何回も起こしたよ!? わたし!」


 「マジかぁ! ああーーっ! もう朝食いらないよ!」


 「あったりまえでしょ!? こんな時間で朝食食べてたら、かんっ……ぺきに遅刻しちゃうんだからね!?」




 「もぉ! ほんっと、だらしがないんだから! どうせ、『猫ミミク様』のライブ動画、遅くまで見てたんでしょ!?」


 「いやぁ……。だって生ライブだよ!? 見逃せないでしょ!」


 「生ライブ……って言っても、ヴァーチャルアイドルでしょ!!」


 「ああ……。ハマエはわかってないなぁ……。まあ、『猫ミミク様』は、絶対なのだよ。」




 「はぁ……。ホント、どうしてこうなんだろう? 昔はカッコよかったのになぁ(ボソ)……。」


 「え? なんだって!? ああーーもう、遅刻、遅刻!! つか、ハマエは先に行けばいいんじゃないか!? おまえまで遅刻しちゃうじゃんか!」


 「もう!! そんなこと言ってる間に、早く着替えちゃってよ!」


 「はいはい!」



 「先に行ったら、お兄ちゃんと一緒に駅まで行けないじゃない……。」




 オレは急いで着替える……。


 妹がこそっと言ったのは聞こえないふりをしておいた。


 もう高校生にもなって、いつまでも、ブラコンもいい加減にしないとだぞ……。





 オレと妹のハマエは昔から、仲が良かった。


 普通は年頃になると、兄に対して嫌悪感と言うか、避けるようになったりすることも出てくると思うけど、ハマエに関してはそういう態度は一切なかった。


 両親が学者で、年中、留守がちということもあり、幼い頃から二人でいることが多かったからということも影響しているのかもしれない。


 だが、ある事件が関係があるのだろうとは思う。




 それは、ハマエが小学校のころ、痴漢に襲われそうになった事件のことだ。


 ハマエが小学校から帰ってくる道中で起きた。


 家に帰ってくる時間が遅くなっていて、オレが妹を心配して迎えに行ったことが幸いし、大事には至らなかった。



 帰宅途中の、薄暗い、倉庫の影になったあたりで、なにか嫌な気配を感じたオレは、そこで、妹が大人の男に手を掴まれ、引きずっていこうとしているのを発見したのだ。




 無我夢中で犯人にオレは向かっていったのだけど、まったく怖くはなかった。


 ただ、オレが守らなきゃ! ……ってそういう気持ちでいっぱいだった。


 そのころ、よく見ていたアニメで『悠久ノート』という死神と秘密結社の戦いを描いたバトルアニメがあって、その主人公に憧れていたオレは、まるでその主人公にでもなったかのように、その痴漢の男に向かって、護身用に父の麗斗(れいと)が家に置いていたスタンガンを背後から食らわせてやったのだ。




 鮮やかに躊躇なく動いたおかげで、痴漢のヤツは反撃することもできず、食らってしまった。



 「こ……この……!!」


 「カノッサの屈辱を晴らせ……だ! ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」


 オレが決め台詞を言ってビシッと決め、何度か起き上がろうとした痴漢にいくどもスタンガンショックを食らわせてやった。



 妹が警察を呼んだため、その後、数分で駆けつけた警察官に痴漢は捕まったのだ。


 だが、その痴漢がそのポケットに刃物を忍ばせていたのを、後から聞いてゾッとした。




 「お兄ちゃん! すごい! 刃物を持った相手を物ともせず、捕まえちゃうなんて!」


 「い……いや。ははは……。と……特別なことじゃあないさ。当たり前のことだよ……。」



 そう言ってたオレの内心は、恐怖でいっぱいで、心臓はバクバクしていたし、足は遅まきながらブルブル震えていたんだけどね。




 ……と、そんな事件があったからだろう。


 妹はブラコンとまで、幼馴染のるーたろうに揶揄されるほどの兄思いになったというわけだ。





 だが、あれ?


 オレはいったい……?


 ハマエ……。




 「はっ!!」


 オレは目を覚ました。


 夢か……。



 時は少し遡って、オレたちがアーリくんたちと再び『円柱都市イラム』に行く前の晩のことだ。




 なぜ、こんな夢を見たか原因はわかっている。


 オレは昨晩、『霧越楼閣』の2階、つまり、両親の部屋と妹夫婦の部屋を訪れたのだ。


 どうしても足を向けることができなかった部屋……。


 なぜならば、心のどこかで、これは夢じゃないか? あるいは、全部嘘なんじゃないか? ……そう思いたかったから……。




 妹の部屋は、るーたろうとの物も置かれていて、オレの知ってた頃の部屋とはずいぶん変わってしまっていた。


 だけど、隅に置いてあった大きな熊のぬいぐるみは見覚えがあった。


 アニメ化された『猫ミミク様』の2期に出てくる『くまんちゃ』だ。

 可愛い見た目とは裏腹に、生意気なキャラで、だが、『猫ミミク様』を大切に思う気持ちは決して誰にも負けないというくまっ子のぬいぐるみ……。


 オレがハマエの誕生日に買ってあげたんだったなぁ。




 部屋を見渡すと、机の上に手紙が置いてあった。


 手紙の表には、こう書いていた。



 『お兄ちゃんへ。』




 「まさか……!? ハマエからオレ宛ての手紙か!?」


 オレは思わず大きな声を出してしまった。


 まあ、誰も咎めるものはいないのだけど……。




 オレは震える手で手紙の封を開けた。


 幾星霜もの月日が経っているのに、手紙は決して朽ち果てていない。


 誰かが保存をしていてくれたらしいな……。




 『Dear! お兄ちゃんへ。


 お元気ですか? ……というのも変かもね。


 お兄ちゃんが冷凍睡眠に入ってもう10年が経ったよ。


 いろいろあったんだけどね。るーくんとも結婚もしたし。



 お兄ちゃんがるーくんを庇ってくれたから、無事に結婚できたんだよ?


 お兄ちゃんにはホント感謝してる。


 結婚式に出席してほしかったなぁ。




 お父さんとお母さんは最後までお兄ちゃんが蘇ることを信じていたよ。


 もう二人ともいないけどね……。



 お兄ちゃん。私とるーくんは明日、この家を離れます。


 緊急避難命令が発令されてね。もうこの家には戻ってこれないかもしれない。


 お兄ちゃんを置いていくのは、嫌だけど……。国の命令だから仕方がないみたい。


 管理はAIがしてくれるから、よほどのことがない限りはここは大丈夫だとは思う。




 ごめんね……。


 ホントごめんなさい……。


 お兄ちゃんをひとりぼっちにさせてしまう。


 お兄ちゃん、ごめんなさい。



 ハマエを、ハマエとるーくんを許して……。




 お兄ちゃん。あの時、私を助けてくれてありがとう!


 くまんちゃのぬいぐるみのプレゼント、ありがとう!


 そして……。




 身を挺して、るーくんを助けてくれて、ありがとう!


 お兄ちゃんのおかげで、ハマエとるーくんは今日まで生きてこられました。


 本当にお兄ちゃんに感謝してるよ! もちろん、るーくんも同じ気持ちだよ。



 そして……。




 さようなら。



 お兄ちゃんを大好きでした。



 お兄ちゃんの世界でたった一人のかわいい妹、佐馬江端万恵(さまえ・はまえ)』






 ああ……。


 ハマエはもういないんだな……。


 父さんも、母さんも、そして、るーたろうもか。





 オレはこの日、この世界で目覚めてから初めて号泣した。


 泣いて……。


 泣いて……。


 涙が枯れ果てるくらいまで泣き尽くしたのだったー。



~続く~



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