第82話 クエストを受けよう! 『スワンプマン』


 農園の北の監視小屋は荒らされていた。


 数十体はいるであろう泥人形がその泥を巻き散らかし、監視に当たっていた当直の『バロン・ダンサーズ』の警備の者がいなくなっている。


 オレは超ナノテクマシンの暗視モードのおかげで、赤外線にて視覚情報を再構築し映像化したものを見ているので、昼間と何ら変わりなく見えるのだ。




 すると、後ろからランダさんが呪文を唱える声がした。



 『春高楼の花の宴、めぐる盃かげさして、千代の松が枝わけいでし、むかしの光いまいずこ!秋陣営の霜の色、鳴きゆく雁の数見せて、植るつるぎに照りそいし、むかしの光いまいずこ!』




 (マスター! これはレベル4の身体強化魔法・夜目の呪文『荒城の月』です!)


 (なるほど。暗視できるようにしたんだな!?)




 「ジンさん! あれは『スワンプマン』です!」


 ランダさんが泥人形の群れを指してそう叫んだ。



 「スワンプマン!? なんだそれは?」


 「はい。魔力で動く泥人形で、レベル7の光魔法『テン・リトル・インディアンズ』で作り出す疑似生命体なんです! まさか……この呪文を知る者がいるとは!?」



 珍しい呪文ということは……、使い手は限られる……か?




 「この魔力の泥人形は、不死なんです!!」


 「つまり……術者を倒さないと、こいつらは止まらないってことか!?」


 「そのとおりです!」




 「ジン様ーー! こいつら、倒しても倒しても起き上がってくるであるゾ!」


 「ジン様ーー! この子ら、ぶっ飛ばしてもぶっ飛ばしても、再生するのだ!」


 イシカもホノリもさっさと戦闘に入っていたか……。しかし、やはり、不死のようだな。




 「マスター! この泥人形は破壊しても何らかの因果律にて、原子同士が再結合してしまいます! その因果を断ち切らなければ動きを止めることはないと推測されます!」


 「くぅーーっ! こっちには打つ手無し……か!?」




 オレのいるほうにも泥人形が群れを為して襲いかかってきた!


 オレはその方向に超ナノテクマシンの防御陣を集中させるように意識を向けた。



 「サイコガード!」




 泥人形たちがわらわらとオレに襲いかかってきたが、見えない壁にさえぎられる。


 「ランダさん!! オレの後ろに!」


 「こ……これは!? ありがたい! ……しかし、これは? 防御壁の魔法『イッツミーオオロード』じゃあないか!?」



 またか……。なんだか面倒だなぁ……。もういいや!




 「はいはい。そうなんです……。それでバリア……あ、防御壁を前方に張ってるんです。なので、オレの後ろから出ないでくださいね。」


 「しかし……。レベル7の光魔法ですよ。さきほどの次元魔法といい、こうもレベル7の魔法を使いこなすとは……。大魔道士か!? いや、賢者?」


 「あーあー。そのあたりはまた今度ということで……。とりあえず、目の前のアレをなんとかしましょう!」


 「ああ……。そうだったな。で、どうするか!? あのスワンプマンは不死身なのだ……。」




 「術者を倒そうにも、術者の位置がわからない……。どうすればいいのだ!?」


 ランダさんが悔しがって、その顔の仮面を外した。


 お……おお! めちゃくちゃ美人じゃないか!?


 エスニックな雰囲気の黒髪美人。その髪は天然のパーマでもかかっているのかウェーブがかっている。


 しかも、そのプロポーションは抜群で、『出るところ出んかい!』ってすごまれている極道さんと同じくらい迫力があって自己主張がすごすぎる!




 「マスター……! こほん! ワタクシもかなりのものと自負しておりますが?」


 「あ……アイ! いや、そうだね。あははは……。」



 思念通信……要注意だな。




 「何の話をしている? スワンプマンをどうするかってことでしょ?」


 「そ……。そのとおりですよ! いやぁ、どうしようかなぁ。困ったなぁ……。」


 オレは慌てて、考えるふりをした。




 「とにかくっ! 動きを封じるのはどうかな!?」


 「イエス! マスター! あの泥人形を凍結させるのはいかがでしょう?」


 「なるほど! 氷魔法か!? ジンさん。氷魔法はできるか?」



 うっ……。氷魔法どころか、何の魔法もできないんだよねぇ……。


 さあ、どうするか……。このピンチ……。




 たしか急速冷凍させるには、液体窒素とかをぶっかけるとか、気化させる時に熱を奪うという気化冷凍……、おっとここからはなにか思い出せないな。


 オレが思案していると、アイが思念通信で伝えてきてくれた。



 (マスター! ここはランダの出方を見てみましょう。)


 (おお! そうだな。そうしよう! それがいい!)




 「ランダさん……。アナタは魔女だと言いましたよね。アナタはなにか氷魔法は使えないのですか?」


 アイがランダさんに問いかける。


 いいぞ! アイ! いい仕事しますねぇ。


 (あ……ありがとうございます。マスター。)




 「あ……ああ。私は……すまない。レベル4の冷却呪文『雪のこぼうず』かレベル3の凍結呪文『氷にさえわたり』くらいしか使えないんだ。

レベル5の凍結の上級呪文『冬の夜』が使えれば……。修行不足ですまない……。」


 「なるほど……。では、ワタクシがあの泥人形の動きを止めておくので、その2つの魔法で時間をかけて凍結させることは可能ですか?」


 「そ……それは、時間さえかければできるかもしれん。」


 「マスターの防御シールドと、ワタクシの電磁気放射で、あの泥人形どもの動きを押さえておきますので、さっそくお願いします!」


 「了解した!」




 ランダさんが冷却呪文『雪のこぼうず』の詠唱を開始した。周囲の大気ごと冷却し、凍結しやすくする。


 『雪のこぼうず、雪のこぼうず、屋根におりた、つるりとすべって、風にのって消えた!』


 さらに重ねがけで凍結呪文『氷にさえわたり』を唱える。



 『あらしの吹けば立ち待つに、我(あ)が衣手に置く霜も氷(ひ)にさえわたり!降る雪も凍りわたりぬ、今さらに君来まさめや!』



 この呪文は……! あの『赤の盗賊団』のサタン・クロースが使っていた呪文だ!




 急速に辺りが冷え込み、冷気が立ち込める。


 そして、迫りくる泥人形たちの動きが遅くなっていく。



 (マスター! 低温の大気中に、高吸水性高分子に水を含ませて凍らせた微小な氷結晶を噴霧することで人工的に雪を作り、積雪を生じさせます!)


 (おお! それは屋内スキー場で使われてた人工降雪機の要領だな!? さすが、アイ! 頼れる存在だな!)


 (え………ええ。ポッ……。そんな、当然でございますわ!)




 泥人形たちの動きがだんだん緩やかになっていく―。


 ランダさんはさすがに魔女を自称しているだけあって、その魔法力はずっと続いている。


 魔法使いは後衛で魔法を放つのが、やはりパーティーとしても戦略上、理にかなっているのだろう。


 今回は前衛を、『魔法使い』のオレと、『賢者』のアイが務めているのだけどね……。





 泥人形……スワンプマンたちの動きが完全に停止したのはその数分後だった―。




 「ランダさん! お疲れ様! スワンプマンたちは凍って完全に固まったみたいだ!」


 「は……はい……。ふぅー。なんとか魔力も続いてよかった……。」



 「それにしても、やはり、警備していた者たちは、あのスワンプマンに取り込まれてしまったみたいだな。」




 今まで行方不明になった者たちはみんな、スワンプマンに取り込まれてしまったとなると……。


 翌日に戻ってきた者たちは、いったい……?


 果たしてその意図は何なのだろうか?





 まだ問題はぜんぜん解決していない。


 今回の事件を起こしている術者も不明だし……、事件の首謀者もまだこの真の闇と同じように、闇の中のままなんだから……。




~続く~

©「荒城の月」(曲/滝廉太郎、詞/土井晩翠)

©「テン・リトル・インディアンズ」(曲;アメリカ民謡・マザーグース/高田三九三:訳詞)

©「雪のこぼうず」(村山寿子作詞・外国曲)

©万葉集(長歌の一部:巻13-3281/作者未詳)




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