第81話 クエストを受けよう! 『農園を張込みせよ!』


 ****


 さっそく夜にバロン男爵の農園の張込みをするオレたち。


 今晩の警備主任はランダさんが務める。


 副主任としてランダさんの弟子の魔女ラルンさんと、ランダさんの使い魔チュルルックさんが『バロン・ダンサーズ』を指揮する。




 今晩は新月の夜―。


 辺りはまったく灯りのない真っ暗な闇の世界。


 監視所では、ランダさんが、レベル1の光魔法、明かりの呪文『ともしび』を唱える。



 『夜霧のかなたへ別れを告げ、雄々しきますらお いでてゆく、窓辺にまたたくともしびにつきせぬ乙女の愛のかげ。戦いに結ぶ誓いの友、されど忘れ得ぬ心のまち、思い出の姿、今も胸にいとしの乙女よ、祖国の灯よ。』




 監視所の周囲がぽーっと明るく輝く。


 オレのいた旧世界でいうと、提灯の明かりくらいの明るさだ。


 ランダさんの前に『バロン・ダンサーズ』が十数名、整列している。




 「では、くれぐれも注意して警戒に当たれ! 二人一組で必ず行動すること! いいなっ!」


 「は! 了解しました!」


 「では、行って来い!!」



 「「「は!!」」」


 みなが一斉に返事をして散開していく。




 監視所に残ったのは、ランダさんとオレたちだけだ。


 闇夜の監視は難しい。


 魔物が襲ってきても近くまで来なければ気づかない。


 つまり対処が遅れてしまうということだ。


 しかも、この農園は広さ300トキオドム(東京ドーム300個分)あるので、手分けしても監視するのは大変なのだ。




 「アイ。周囲の状況はどうだ?」


 「この農園の周囲に、ゴブリンがおよそ数千匹いることは把握していますが、距離はここから50ラケシスマイル(約80km)は離れておりますので問題ないかと存じます。」


 「うぇええ……。ゴブリンかぁ……。ま、それはいいとして他にはいないのか?」


 「北の方向、およそ20ラケシスマイル(約32km)の地点の沼地に何かの動く物体がありますが……。生命反応は感知できません。」




 「生命反応なしか……。それなら問題ないかな?」


 「イエス! マスター! 引き続き警戒モードで周囲を探知いたします!」


 「おお! アイ! 頼むよ!」




 アーリくんとオリンもじっとしてられなかったのか、先程見回りにでかけた。


 もちろんこの広い農園をたかだか十数名ですべて監視できるわけはない。


 そこで、魔法の活躍というわけだ。




 闇魔法のひとつ遮蔽魔法・陰レベル2の『かくれんぼ』を定期的にかける。


 この呪文は前にジロキチが使っていた遮蔽魔法・陰の『霞か雲か』の下位呪文だ。


 簡単に使えるので、警備の『バロン・ダンサーズ』が見回りながら定期的に呪文を唱え、周囲の外敵から農園を見えにくくしている。




 警戒の基本として、主任と副主任は結界封印の魔法『かごめかごめ』を農園全体にかけて、外敵の侵入を防いでいるという。


 その上、警備には蛙の精霊を召喚し、周囲を索敵しているという綿密ぶりだ。


 ちなみに蛙の精霊召喚の魔法はレベル3の召喚魔法『蛙の夜まわり』だ。





 そして、闇夜の中、特に何ごともなく時間だけが過ぎていったのだ―。




 深夜、丑三つ時を回ったころ、その異変に気がついたのは、やはりアイが一番先だった。



 (マスター! 起きてください! 何やら正体不明のものが北の方角からこちらをめがけて近づいております!)




 「なんだって!?」


 オレは思念通信ではなく、大きな声を出してしまった。



 「は!? ジンさん!? いかがなされた?」


 「ジン様! どうしたであるか!?」


 「ジン様! どうしたなのだ?」




 「うん! 北の方角から何者かが近づいてきているようだ! 警戒を! それと様子を見に行こう!」


 「お待ち下さい! 北の警備のものに連絡をとってみます。」


 「おお! 連絡できるのか?」


 「え? いや、ほら……。伝令呪文『鳩』で連絡できますよね?」


 「あ……! あはは……。そういやそうだったね。」




 「まあ、もちろん『鳩』より『鳩ぽっぽ』のほうが双方向で意思疎通できますので……。」


 と、ランダさんは言うが早いか、呪文を唱えだした。



 『鳩ぽっぽ! 鳩ぽっぽ! ぽっぽぽっぽと飛んでこい、お寺の屋根から下りてこい、豆をやるからみな食べよ、食べてもすぐにかへらずに、ぽっぽぽっぽと鳴いて遊べ!』




 すると鳩がランダさんの手から羽ばたきながら現れ、何ごとかランダさんがつぶやくと、そのまま北の空に向かって羽ばたいて飛んでいった。


 これが、『鳩ぽっぽ』の呪文か……。本当に手品師がその手の裾から鳩を出したかのような演出だったな。


 それに……。鳩って夜目が効かないんじゃないのか?


 魔法の鳩だから、そのあたりは問題ないのかな。




 「マスター! 近づいてきているモノは、数十体の泥人形のようです!」


 「泥人形だって!?」


 「イエス!」



 アイは思念通信で映像を見せてきた。


 元は暗闇のため、暗視モードにして白昼と同様に見えるように加工した映像だ。


 そこには、はっきり泥だらけの泥人形が数十もまるで何かに急き立てられてるかのように、迫ってきていた。


 ラクダバ程度の速度はあるだろう……。




 「ランダさん! 北の方角から数十体の泥人形が迫ってきているらしい! すぐ応援を!」


 「なんですって!? なぜわかる?」


 「ああ。遠くの景色をオレは見ることができるんだ!」


 「そ……それは、まさかレベル7の次元魔法・遠隔視の魔法『お猿と鏡』ではないか!?」



 あー……。なんだか面倒だなぁ……。もういいや!




 「そのとおりです! 遠隔視で見たところ、泥人形が迫ってきているんです!!」


 「むぅ……! あ! 鳩が帰ってきました!!」



 遠く暗闇の中から先程の鳩が帰ってきた。


 「くるっぽー!」


 その鳩はランダさんの肩にとまった。




 「くるっぽっぽっぽー! ザザ……ぁ……『ラ……ランダ様! た……たすけ……どろに……食われるっ……ザザ……。』 ぽっぽー!!」



 ぽんっ!!



 鳩はその鳴き声の間にまるで録音した音声のような音を発し、その後ひと鳴きしたかと思うと、消えてしまった……。




 「ランダさん! 今のは!?」


 「はい……。どうやら、北の警備に当たっていたものが、やられたようです……。」


 「やはり……! 北の方角で異変が起きている! すぐ北へ行こう!!」


 「しかし……。ジンさん……。状況がわからない以上、今行くのは危険ではないか!?」


 ランダさんは状況を確認してから向かうべきとの考えらしい……。



 「何言ってるんだよ!? ひょっとしたら、北の警備のヒト、まだ助かるかもしれないだろ!? 今行かないでどうするんだよ!?」


 オレは憤りを覚えた。




 (マスター! 残念ながら北の地で警備担当していた者の生命反応は……消えました……。)


 (なに!? くっそーー!!)


 「もっと早く動いていればっ!!」


 「マスター! こぼれたミルクを嘆いていても無意味です……。終わってしまった世界は元には戻らないのです。対策を検討しましょう……。」




 アイが冷静沈着に答える。


 いついかなる時も冷静なアイ……。ああ、そんなふうにオレは割り切れないよ……。


 助けられたかもしれない生命を……。オレが手をこまねいていたせいで……。




 「マスターはお優しいですね……。了解しました! 大至急! 現場に急行しましょう!!」


 「うん! そうだな! 急ごう!」


 「イシカ! ジン様を背負って北のX地点へ全速で向かいなさい!」


 「了解である!」


 「ホノリ! ランダさんを背負って北のX地点へ保護モードで向かいなさい!」


 「ラジャーなのだ!」



 「ワタクシは……。飛んでまいります!!」



 オレたちはその後、1分で農園の北の監視小屋にたどり着いたのであった―。




~続く~


©「ともしび」(曲:ロシア民謡/作詞:ミハイル・イサコフスキー/訳詞:劇団カチューシャ)

©「かくれんぼ」(作詞:林 柳波、作曲:下総 皖一)

©「かごめかごめ」(曲/わらべ歌 詞/わらべ歌/ヘブライ語)

©「蛙の夜まわり」(曲/中山晋平 詞/野口雨情)

©「鳩」(曲/文部省 詞/文部省)

©「鳩ぽっぽ」(作詞 東 くめ/作曲 瀧 廉太郎)

©「お猿と鏡」(曲:チェコスロバキア民謡/作詞:宮林 茂晴)



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