第9話 遭遇 『長老・旧鼠』
その湖のほとりの町『楼蘭』は美しい白い家々が立ち並び、活気のある町だった。
こんな砂漠の真ん中にあるオアシスのほとりの町、そこに住んでいる人はすべて、鼠人『月氏』だった。
オレたちは迷惑にならないよう、コタンコロは少し離れたところに下りた。
そして、歩いてその町の入口あたりに、と言っても開けた町で町を守る壁なども特にないので、門がある場所から広場に向かって進んでいった。
「ジン様。町の長老にご紹介をしたいと思うんですが、よろしいですか? それに・・・今回のことを長老に報告せねばなりません。」
「ああ、もちろんいいよ。アーリくん。それにしてもこんな砂漠にオアシスがあるなんてすごいね。」
「ええ。僕たちは流浪の砂漠の民、このオアシスとともにずっと生きているんです。」
すると、歩いている僕たちを見つけて駆け寄ってくる女性の鼠人・月氏が見えた。
「アーリ様! おかえりなさいませ! ・・・カシム様はどちらに?」
「ああ、モルジアナ・・。すまない・・・。カシム様は『赤の盗賊団』に襲われ、殺されてしまった・・・。」
「まあ・・・なんてこと!? それは・・・大変でございましたね。でも、アーリ様がご無事で何よりでしたね・・・。」
「いや、カシム様をお守りできず、本当にふがいない・・・。」
「あの『赤の盗賊団』に襲われて、アーリ様が助かっただけでも不幸中の幸いでした・・・。」
「うん、ありがと、モルジアナ。」
「あの、こちらの方々は?」
「ああ、僕の命の恩人のジン様とそのお連れ様方だ。僕はジン様達に、危ないところを助けていただいたんだ。後で詳しく話したいが、今は急いで長老に報告しなければいけない。」
「そうですね、先にそれが望ましいですね。」
「すまないが、カシムJrはどこ? 長老の家に来るように伝えてくれる?」
「わかりました。お伝えします。ジン様とそのお仲間方、このたびはアーリ様をお救いくださいましてありがとうございました。
えっと・・・ジン様がどの方?・・・なのかもお聞きするまもなく、バタバタネズミですみませんが私はこれで。」
「ああ、モルジアナ・・・だったね。オレがジンだ。また後で話をしよう。」
「はい、では失礼します。」
「ジン様、すみません、僕が急がせたばかりに・・・。モルジアナは美人、いや美鼠でしょう?」
「お・・・おぅ・・・。」
オレは内心、鼠の顔を見ても区別がつかないし・・・って思ったのはアーリくんには内緒にしようと思った。
アーリくんもハムスターみたいで可愛いんだよな、種別が違うから、その雌雄にはあまり興味がないな。
そんなこんなで、アーリくんが、オレたちをこの町で一番大きな家の前に案内してくれた。
「ここがこの町『楼蘭』の長老、旧鼠(きゅうそ)様のお屋敷です。」
「長老の邸宅か。この家が一番大きいから、わかりやすいな。」
「はい。旧鼠様は千年を越える年月を生きておられる我らが町の創設者でもあります。」
「ええ!?千年も生きてるのか? それはすごい。」
「それはもう、我が月氏族の祖と言っても過言ではないのです。」
「へー。アイ、この世界の寿命ってどうなってるんだろうね?」
「解析致します。・・・『魔法』という物理法則を無視する不確定法則があるため、まだ情報不足です。」
「そっか、なるほどね、まあ、後々、魔法についても教えてもらえそうだし、それからかなぁ。」
アイが思念通信をここで挟んできた。
(ジン様、『旧鼠』についてですが、マスターの『セラエノ図書館』のデータによりますと、このネズミは人間と契り、千年の歳月を経て体色が白く染まったネズミだという説もあり、『絵本百物語』中でも中国の北宋時代の類書『太平広記』からの引用として「旧鼠、人の娘と契りたり」との奇譚が述べられている・・・とのことです。)
(な・・・なるほど。千年経て妖怪化したネズミってことなのかな・・・。)
そして、アーリくんの案内で町の長老、旧鼠の邸宅に入っていく。
「あ、アーリさん、長老に御用ですか?」
「うん、長老に伝えてくれる? 重要な話があるって。」
「わかりました。」
鼠の使用人が奥へ行く間、入り口すぐ入った辺りの部屋で待つことにした。
なんだかひんやりとした空間になっていて、どうやらなにか冷房みたいなものがあるようだ。
「この部屋は涼しいね? エアコンとかなさそうだけど、どういう仕組なのかな?」
「ああ、レベル2の氷魔法『氷のくさび』で出した氷で冷やした空気を、風魔法で部屋に送り込んでいるんです。この部屋の隣にいる使用人が交代で行っているんですよ。」
「おお!また魔法か!? ところで、そのレベル2ってどのくらいすごいの?」
『岩間には 氷のくさびうちてけり 玉ゐし水もいまはもりこず』
アーリくんがそう唱えると、氷の塊が出現した。
「こんな感じです。レベル2はちょっと腕利きの一般民ってところでしょうか。この部屋に循環させている風魔法はレベル1の『風』でしょうね。誰でも使えます。
ただ、氷魔法はおそらく、旧鼠様が準備されているかと思います。誰でも使えるってわけではないので。」
「なるほど、冷やす基となる氷は腕利きが魔法で出して、それを使用人の人が部屋に循環させているっていうんだね。役割分担ってところだね。アーリくんも腕利きなんだね。」
「ええ、そうです、そのとおりです。」
「レベル1の『風』は生活魔法、『誰が風を見たでしょう、僕もあなたも見やしない、けれど木(こ)の葉をふるわせて風は通りぬけてゆく』と唱えると・・・
ほら?こんなふうに風が吹くでしょう?」
「おお! ホントだ、へえ、生活魔法か・・・。便利なんだな。」
というか、オレはそういえば、暑さを感じていないことに気がついた。どうしてなんだ?
(お答えします。それはスーパーナノテクマシンがご主人様のまわり数センチのところの大気を一定の気温に保つように常時動いております。)
アイの思念通信が教えてくれる。なるほど、常にエアコン起動されている状態ってわけか・・・。
(あれ?じゃあ、なぜ、今、涼しさを感じたんだ?)
(はい、それは、周囲の状況変化を情報として、ご主人様に瞬時に涼しさという感覚でリアルタイムで感じられるように温度調節させていただいたからです。)
(なりほど、少し涼しくなったって感じたのはそういうわけか。)
そんなやりとりをしていると、入り口の扉が開いて、鼠の老人・・・白い髭が長く生えているから、たぶん老人・・・が、入ってきた。
そして、ちょこちょこ歩いてきて、オレたちに近寄ってきた。
「おまたせしました。事情は使用人から聞きました。アーリの危ないところをお救いくださいましてありがとうございました。」
「いや、当然のことをしただけだよ。そんな頭を上げてくださいよ。」
「ワタシはこの町、『楼蘭』の長老、旧鼠(きゅうそ)と申します。以後お見知り置きを。」
「旧鼠さんだね。オレはアシア・ジン。 ジンって呼んでくれ。あと、こっちがアイで、ヒルコ、イシカにホノリ、そしてコタンコロだ。」
「ジン様、アイ様、ヒルコ様、イシカ様、ホノリ様、コタンコロ様・・・でございますね。感謝致します。」
めちゃ、覚え早いな・・・賢いね・・・この鼠・・・いや、月氏。
「旧鼠様、実は黄金都市への交易の帰路で、カシム様と召使い全員が、『赤の盗賊団』に襲われ、殺されてしまいました。」
「何だって!? カシムが!? それは大変遺憾であるな。・・・では、黄金都市との交易は失敗か・・・。」
「この度の交易の品はすべて奪われてしまいました・・・。が、交易許可証は、ここに無事でございます。」
「ふむぅ・・・。カシムのやつを失ったのは痛いが・・・。最悪の事態は避けられたか・・・。行商集団『アリノママ』として、交易なくしてこの町の未来はない・・・。」
「はい、なので、次の当主はカシムの息子、カシムJrに任せたいと思っています。」
「むぅ、まだ若過ぎはしないか? カシムJrでは・・・。それに、カシムJrにはやることがある。」
「それは、やはり、一族の跡目を継ぐためにはカタキ討ち・・・『血の復讐』が必要ということでしょうか?」
「うむ、一族の無念を晴らさずして、跡目を任せることは許されぬ。それが月氏の掟『血の復讐』じゃ。」
「当主・・・というのは、アレか? その、一族の一番偉い人って意味なの?」
オレは思わず、口を挟んだ。
「ええ。その通りでございます。そして、我が月氏の一族は、旧鼠を長老とし、当主がこの町を率いているのです。カシムはこの町の当主でありました。
そして、カシムには一人息子がおり、カシムJrと言います。私は当主カシムに仕えてきた大番頭なのです。」
「そっか、じゃあ、あそこにいる月氏の子供が・・・カシムジュニアってわけかな?」
と、オレが指差した方向には、さっきの月氏の女性モルジアナに連れられてきた、子供くらいの身長の月氏・・・鼠人がいた。
「ああ! アーリ!! お父さんが・・・盗賊に殺されたって!? 本当なの?」
その子ねずみ・・・いや、月氏の子・カシムJrがそう叫んだのはその直後のことだった・・・。
~続く~
©「氷のくさび」の歌(後拾遺和歌集/作者:曾禰好忠・そねのよしただ)
©「風」詩: ロセッティ,クリスティーナ (Christina Georgina Rossetti,1830-1894)イギリス(Who has seen the wind?)(訳詞:西條八十)/曲: 草川信)
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