集結

 少々失礼な例え方ではあるが、一見して『それ』はカビ塗れのゴミ山のようであった。

 高さは、ざっと二十メートルはあるだろうか。山のようになだらかな円錐形をしており、表面は凸凹している。降り注ぐ陽光を浴びるその身は上から下まで黄緑一色に染まっているものの、不均一な濃淡の所為で汚らしい印象を受けるだろう。おまけに全体に満遍なく、何百と存在する直径五センチほどの穴がやけに生物的で生々しく、遠くから眺めるとピパピパ ― 背中で子育てをするカエルの一種。所謂『検索してはいけない』系の生物だ ― の背中みたいでかなり気持ち悪い。

 そして時折その穴から、ふしゅーと音を立てて空気を吐いたり、しゅおーと音を鳴らして吸い込んだりしている。

 空気の出し入れ……呼吸をしているのだと気付いて、レイナはようやくその緑色の『ゴミ山』が生物であると理解した。堂々とした風体には王の貫禄があるのだが、如何せん最初に抱いた印象がよろしくない。人間の十倍以上大きいのに、威厳というか、威圧感というか、そういったものも特に感じられない。


「ようやく会えたね。コイツが『星屑の怪物』だよ」


 ましてやこんなのが自分達の探し求めていた種だと教えられたなら?

 具体的なイメージがあった訳ではない。が、あまりにも『微妙』な姿を前にして、レイナは一瞬呆けてしまった。


「……え。これが、ですか?」


「うん、そうだよ」


「……………あの、その、勿論彼等の姿がこうなったのには理由があると分かっていますし、人間的感性が絶対なんてこれっぽっちも思いませんけど、でも、あの」


「うん、大丈夫。みんな最初は色々戸惑うから。ちなみにコイツのあだ名は『ゴミ山』ね」


 あ、みんなそれ思うんですね――――自分の第一印象とぴったり当て嵌まるあだ名に、レイナは苦笑いを浮かべる。

 とはいえ生物というのは、伊達や酔狂で独特な色や形をしているのではない。全てに意味があるとは限らないが ― 何しろ進化はランダムな変異だ。致命的な不利益がないなら、無意味な形質が次代に引き継がれる事は大いにあり得る ― 、基本的には生きるための役に立っていると考えるべきである。

 どんな生態をしているのだろう? 好奇心からレイナは、思わず『星屑の怪物』に歩み寄ってしまう。

 もしかしたら危険な生物かも知れないと思い出して慌てて下がると、先輩はけらけらと楽しそうに笑った。笑われたレイナはジト目で先輩を睨む。先輩の顔に緊張感はなく、危ない事を窘める様子はない。


「そんなに警戒しなくても平気だよ。この怪物は完全な『草食性』だからね。人間のようなタンパク質の塊には興味がないんだ」


 実際危険はないらしく、先輩はそのように語った。

 草食性という事は、『星屑の怪物』はこの森の植物達を餌にしている『食植植物』という意味だ。巨大さを考えれば、植物で回っているこの地の生態系の頂点に立つ種なのだろう。

 そして完全な草食性という事は……


「……あ、あの、触っても、大丈夫ですか……?」


 レイナは殆ど無意識に、そんな衝動を抱いていた。

 先輩は一瞬目を丸くし、次いで心底楽しそうに笑う。


「はははっ! 君みたいな新人は珍しい! 大抵の新人は、ハシリネアシランの大群に襲われた後は何を見ても恐慌状態に陥って必要以上に警戒するものだよ」


「うぐ……そ、そりゃ、確かにアレは怖かったですけど、でもコイツはアイツらとは違う種じゃないですか。というか警戒しなくても良いと言ったのは先輩ですし」


「あははは、その通りだね。いや、馬鹿にしてる訳じゃないんだ。素晴らしい好奇心だよ。そうでなきゃうちの科学者はやってられない」


 目許を拭いながら先輩は弁明する。悪気があった訳ではないのは理解したが、泣くほど笑う事だろうか……レイナは唇を尖らせた。自分でもさっきまで怯えていたのに随分早い気の変わり方だとは思うので、不平は漏らさないでおいたが。


「コイツに関しては、触っても問題ないよ。基本的に人間が触れても反応すらしない。自発的に歩きはするから、踏み潰されないようにはしないとだけど」


「歩くんですかコイツ……分かりました、そこは気を付けます」


 先輩からのアドバイスをしかと胸に刻み、ゆっくりのレイナは『星屑の怪物』に歩み寄る。

 『星屑の怪物』は、レイナが至近距離まで来ても動きを見せない。大丈夫だと聞かされてはいるが、念のため慎重に、恐る恐るレイナは手を伸ばし……その表面に素手で触れた。

 ……特段、奇妙なところはない。存分に育ったコケを触るような、ふかふかした感触だ。嫌いな感覚ではない、むしろ好きな感覚ではある。が、『怪物』を触っているという実感は得られない。

 あまりにも実感がなかったのでレイナはもっと強く触ってみる……と、触っていた塊がもぞっと動いたので、驚きから飛び跳ねてしまう。

 『星屑の怪物』が動き出したのだ。調子に乗り過ぎたか? 自分の行動が何かを起こしたのではないか、という考えがレイナの脳裏を過ぎる。

 しかしすぐにそれはあり得ないと思った。

 レイナは知っている。怪物という存在は、人間なんかではとても手に負えないような存在である事を。『星屑の怪物』がどれほどの存在かは分からないが、人間如きが触った程度で怒りを覚えるとは考え難い。そもそも人間に気付いているかもあやしいだろう。

 気にしているのは、別の存在だ。

 レイナは『星屑の怪物』からゆっくり、落ち着いて距離を取る。『星屑の怪物』はもぞもぞと全身を波立たせるように揺れながら移動を始め……広間の縁辺りで止まった。

 次いで巨大な身体の至る所にある穴から、濃い緑色をした触手のようなものが伸びる。

 触手は穴と同じく、ざっと太さ五センチはあろうかという大物だった。数も数百本はあるだろうか。その全てが森を形作る木々の一本、高さ五十メートルの巨木へと向かう。枝葉には興味がないのか、触手は直径四メートルはありそうな巨木の幹目指して伸びていき、ぐるぐると巻き付いた。

 そしてあたかも小枝でも折るかのように、軽々と巻き付いた幹をへし折ってしまう。

 自ら折った巨木を触手達は協力して易々と持ち上げ、自分の本体の下まで戻った。本体である『星屑の怪物』は上機嫌なのか、ゆったりとした動きで身体を左右に動かす。

 次いでバックリと裂けるように、『星屑の怪物』の円錐型の身体が左右に分かれた。

 分かれた身体の内側に、触手達は巨木を差し込むように入れる。すると『星屑の怪物』はあたかも ― そして恐らくその認識通り ― 咀嚼するかのように裂けた身体を閉じ、バリバリと巨木を砕き始めた。砕かれた破片は余さず『星屑の怪物』の中へと収まり、巨木はどんどん小さくなる。

 ものの数分もすれば、巨木は完全に『星屑の怪物』の内側に収まってしまった。ゲップなのだろうか、『星屑の怪物』の穴からぶしゅーっと一際強い排気が起こる。


「(成程、こりゃ確かに草食だわ)」


 目の前で起きた事象を冷静に、そして的確に分析するレイナ。恐らくこの陽当たりの良い広間を作ったのも、目の前の怪物なのだろうとの考えに至る。どれだけの時間を掛けたのかは分からないが、先程のような調子で木々をばりばりと食べ尽くしたのだろう。

 同時に、この植物が何故『怪物』と呼ばれているのか疑問に思った。

 確かに体長二十メートルの巨体というのは珍しい。あっという間に木を食べてしまう様は圧巻だ。けれども此処に来るまでに出会ったハシリネアシランやティタラシル……アレらの方が余程モンスター的な様相を呈していた。何故ならあの生物達は、『理解が及ばない』存在だからだ。

 例え人食いだろうと、一般的なライオンや大蛇を『怪物』と呼ぶ人はまずいない。銃弾が効かないとか、身体から炎を出すだとか、植物なのに獣染みた動きをするだとか……人の常識を逸脱した何かを持って、初めて『怪物』という称号は与えられるものである。

 『星屑の怪物』は確かに途方もない生物だと思うが、どうにも常識外という印象が持てない。例えそれが生態系の頂点であったとしても。

 この怪物にはまだ何か秘密があるのではないか? 怪物、即ち人智を超えた存在だと認められる、何かを秘めているのでは?

 例えばこの森の生態系を支えているという、『養分』の与え方とか――――


「さて、目当ての怪物を見付けたから、野営するテントを張らないとね。コイツらの繁殖活動は夜行われるから、それまで休める場所を用意しなきゃ」


 考え込むレイナだったが、先輩の声で現実に引き戻された。続いて、自分が此処に来た目的も思い出す。

 自分達は『星屑の怪物』の繁殖状況調査に来たのだ。触って楽しんでさようなら、という訳にはいかないのである。


「夜まで待つのですか……見張りとか立てますか? 休んでる間に襲われたら大変ですし」


「いや、その必要はないよ。この森の植物達は、基本的に『星屑の怪物』を恐れている。コイツらの近くに居れば安全さ。まぁ、油断は大敵だけどね」


 先輩は持ってきた大きな鞄を下ろし、中身を取り出しながらレイナの疑問に答える。やがて彼は鞄の中から、小さく折り畳まれた小道具を取り出した。

 先輩がカチャカチャと弄れば、小道具は独りでに展開。モーター音も何もせず、あたかも自ら意思を持つかのように組み上がり……人一人が眠れそうな大きさのテントへと変形した。先輩は鞄から同じ小道具を取り出し、もう一つのテントもさくっと作る。


「凄いだろう? うちの組織が開発した自立構築型テントさ」


「こんな簡単にテントが出来るなんて……これも何か、特別な技術が使われているのですか?」


「うん。昆虫の怪物から得られた知見を元にしているよ」


 先輩の返答に、成程、とレイナは呟く。昆虫の翅の畳み方は極めて効率的なもので、人工衛星の太陽光パネルの畳み方 ― つまり持ち運びやすく、尚且つ簡単に展開出来る作り ― と同様のものがあるほど。昆虫の怪物なら、更に発展した仕組みを持っていてもおかしくない。それを真似した発明品という事だ。

 お陰でレイナ達は、ひーひー言いながらテントの設営に苦労する事はなかった。テントの床は下敷きとなった草や石でごつごつしているが、清潔な『床』があるというのは気分的に良い。

 これならぐっすり眠れそうだ。繁殖活動は夜行われるようなので、昼間である今から仮眠を取れば丁度良いだろう。


「念のために言うけど、昼寝なんてしちゃ駄目だからね?」


 ……どうやらぐっすり寝てはならないようだが。


「え。あの、休む場所って……」


「休むとは言ったけど、寝るとは言ってないよ?」


「えっ、あ。そうですね、そうなんですね。でも、仮眠ぐらいなら」


「駄目。確かに『星屑の怪物』の傍は比較的安全だけど、居眠り出来るような環境じゃないよ。五十人ぐらいのメンバーでしっかり陣地を形成したならまだしも、二人だけじゃ流石に危ない」


「……あの、ならなんでテントを……?」


「だって立ちっぱなしで怪物を眺めるのも疲れるだろう? 道具の整備もしないといけないし、熱帯気候だから突然の大雨もあり得る。屋根と床は必要じゃないかな」


 それは確かにその通り。先輩の説明に、レイナは何も言い返せなかった。

 別段、徹夜自体は苦じゃない。夢中で調べ物や研究をしていたら夜が明けていた、なんて事はレイナにとって一度や二度の経験ではないのだ。

 しかし今日は散々走り回った。精神的にも疲弊している。やる気満々体力全開でデスクに向かうのとは訳が違う。


「……起きてられるかなぁ」


「それも新人が経験する試練の一つさ。頑張れ」


 ぽつりと漏らしたレイナの不安を、先輩はとても慣れた口調で突き放すのだった。

 ……………

 ………

 …

 空の上を、満月が横切ろうとしている。

 月の周りには無数の星が煌めき、空を眩く照らしていた。人工の輝きが何もかも塗り潰してしまう都市部では決して見られない、原初の夜空。それはこの森が、人の支配域から外れている事を物語る。

 森の奥からは、ケダモノの唸り声のようなものが時折聞こえた。発達した声帯を持たない『肉食植物』には出せない声。間違いなく動物のものだ。

 食虫植物に支配されたこの森では、昆虫のような小動物は暮らせない。しかし捕食圧に強くなる『巨大生物』……具体的にはシカほどの大きさの獣ならば棲めると、先輩は教えてくれた。尤も数は極めて少数らしいが。植物達の楽園に、動物が居座るのは中々難しいようだ。

 果たしてその動物達はどんな生態をしているのだろうか。獰猛な植物にも負けない強さがあるのか、特別な方法で身を守っているのか――――と、平時であればレイナはこの森の生態系について考察を巡らせただろう。しかし今日のレイナは考えない。

 というより何も考えていない。


「エインズワーズさん。夜だぞー」


 そもそも先輩に肩を揺すられ、呼び掛けられるまで、今が夜である事さえも気付いてすらいなかった。


「ふにゃうっ!? えぁ、ね、寝てません。寝てません……」


「うん、君は頑張った方だよ。半分ぐらいの新人は揺すっても中々起きないから」


 はっはっはっ、と快活に笑う先輩に、目を開けたレイナは頬を赤く染め上げる。まだ寝てはいないのだ、ただほんの数時間ほど意識が飛んでいただけで。

 とはいえそんな抗議をしている場合ではない。先輩が声を掛けてきたという事は、いよいよ『その時』が来たという事なのだから。


「僕はテントを片付ける。君は荷物を纏めたら外に出て、『星屑の怪物』の動向を注視してくれ」


「は、はい。分かりました」


 先輩に指示され、レイナはすぐ行動に移す。荷物は意識を喪失する前に纏めておいたので、リュックサックを抱きかかえれば準備万端。言われて間もなくテントから出る。

 テントから出れば、そこには『星屑の怪物』が居た。

 相変わらず堂々とした風格だが、昼間見た時よりも明らかに肥大化している。最初見た時は二十メートルぐらいの大きさだったが、今や明らかに三十メートルを超えていた。ただし成長したというより、風船のように膨らんでいるようだ。

 加えて、やたらと動いている。うろうろ、そわそわ……そんなオノマトペが聞こえてきそうな動きだ。人間以外にも挙動不審というのはあるらしい。

 何か、昼間とは様子が違う。

 『星屑の怪物』に対する知識など殆どないレイナにも、今の『星屑の怪物』がちょっとおかしいのは気付けた。なのでしっかりと、先輩の指示通り『星屑の怪物』を観察する。

 『星屑の怪物』が森の奥を目指して動き出したのは、それからほんの十数秒後の出来事だった。


「せ、先輩! 『星屑の怪物』が動き出しました!」


「おっと、もう時間か。先に行っててくれ、すぐに追い付く」


 テントなどの荷物を片付けていく ― ワンボタンでそれが可能だからお手軽だ ― 先輩に言われ、レイナは早速『星屑の怪物』の後ろを付いていく。

 人間など気にも留めていないであろう『星屑の怪物』は、淡々と森の中を進んでいく。邪魔な草木や倒木は何十本と束ねた触手で薙ぎ払い、道を空けていた。自分の後ろに居る人間達が歩きやすいように、なんて考えはないだろう。恐らく目的地に最短距離で進むためだとレイナは考える。

 『星屑の怪物』の歩みが遅い事もあり、追跡自体は容易だった。本調子でない身体には有り難い。勿論目的地到着まで何日も掛かる、という事だと困ってしまうが……三十分ほどで、その心配は無用だったと知れた。

 『星屑の怪物』が辿り着いたのは、木々が一本も生えていない開けた土地だった。

 『星屑の怪物』により切り開かれたのだろうか? 少し考えて、それは違うという結論にレイナは至る。何故ならざっと半径二百メートルほどの範囲があるこの広間には、切り株などのかつて大木が存在した痕跡が一つも見当たらないからである。

 根っこまで食べ尽くされたとか、切り株が朽ちるほどの時間が経ったとも考えられるが、だとしたら若木の一本二本は生えていそうなもの。けれどもそうした若木すらこの場では見付からない。森の支配者である植物達の代わりにあるのは、ごろごろと転がる無機質な岩ばかり。眩いほどに降り注ぐ満月の明かりがなければ、なんとも殺風景な場所に思えただろう。

 恐らく、元々この場所にはとても大きな岩があったのだろう。しかし長年の風雨で風化し、今や残るのは台座だけといったところか。あと何百年もすれば、森に飲まれて消えてしまうかも知れない。

 『星屑の怪物』は、この滅びゆく岩場で立ち止まった。レイナはこっそりと『星屑の怪物』に歩み寄ってみたが、全身の穴を通る空気のリズムは、昼間と比べて特段早くも遅くもなっていないように思う。疲れて立ち止まった訳ではなさそうだ。

 だとすれば、きっと此処が彼の目的地……繁殖場所なのだろう。


「ふぅー、やっと追い付いた……」


 考察していたところ、背後から人の声がする。レイナが振り返れば、少し息を切らした様子の先輩が立っていた。

 テントやら何やらを片付け終えて、走って此処まで来たのだろう。


「あ、先輩。大丈夫でしたか? 何かに襲われたりとかしてません?」


「心配してくれてありがとう。でも、今その心配は必要ないよ。今はね」


「……はぁ。そうですか」


 『星屑の怪物』の傍に居るから安全という事なのだろうか? 昼間は油断するなと言っていたのに……発言に矛盾を覚えつつも、レイナは先輩を追求する事はしなかった。正確には、する暇などないと言うべきだろうが。

 レイナ達が居るこの岩場に、暗闇に閉ざされた森の中から、新たな『星屑の怪物』がやってきたからである。

 まさかの二体目! と驚くレイナだったが、考えてみれば彼等も野生生物。複数個体生息している事は、ごく自然な話であるといえよう。それに彼等は大人しい怪物だ。怖いものではない。

 しかし流石に、続々と姿を現せば話は別だが。

 先が見えないほど暗い森の中から、三体目の『星屑の怪物』が、そう思ったら今度は背後から四体目、右手側から五体目、六体、七体、八体……

 続々と集結する『星屑の怪物』達。これには流石のレイナも胆が冷えた。襲われるとは思わないが、気付かずに踏み潰されたり、体当たりをお見舞いされるかも知れない。

 いや、そもそも数がおかしい。

 もうこの場には、何十体もの『星屑の怪物』が集結していた。半径二百メートルの広間でも、大きさ三十メートルの怪物が何十体と現れれば過密状態だ。だというのに、森の中からはまだまだたくさんの『星屑の怪物』がやってくる。

 いくらなんでも多過ぎる。


「な、な、なんですかこれで!? コイツら何体いるんですか!?」


「んー、幼体まで含めた生息数はちょっと数えきれないけど、成体は六百体ぐらいかな。繁殖ポイントは三つあって、此処は一番小さいから精々百体ぐらいしか集まらないよ。お陰で観察がしやすい」


「ひゃ……!? え、ろっぴゃく……!?」


 幼体抜きで、こんな怪物が六百体もこの森には棲んでいる。

 あまりの事実に愕然とするレイナだったが、彼女の驚く姿を見た先輩は楽しげに笑いながら肩を竦めた。


「一応言うと、怪物としてはむしろこの個体数は少ないぐらいだよ? 怪物の平均成体生息数は、ざっと一千~二千と言われている。『星屑の怪物』を遙かに上回る戦闘能力を持ちながら、個体数一万前後の種もいるぐらいさ」


「……そういえば、今更ですけど『星屑の怪物』ってどれぐらい強いのですか?」


「怪物の中ではかなり弱い方だよ。調査に参加する前に渡された資料に『カテゴリーD』って書かれてなかった?」


「書いていましたけど、具体的にどの程度かまでは……」


 先輩からの問いに、レイナは申し訳なさそうに答える。

 怪物達は万一人間社会へ侵出しようとした際、それを食い止める『難易度』からA~Eの五つの区分カテゴリーに分けられている。Aが最も難しく、Eが一番簡単という意味だ。尤もあくまで侵出阻止の難しさを考慮したものであり、人間を積極的に襲う怪物がカテゴリーEで、殆ど動かない怪物がカテゴリーAというのはよくある事。またカテゴリーBに属す種が一番多い。基本的には単純な戦闘力が考慮されるものの、誘導や接近の困難さも要素として含まれるため、あくまで『難易度』と考えるべきらしい。

 カテゴリーDは低難易度。身体能力も怪物の中ではかなり低いと書かれていた。しかし具体的な数値がない。難易度なのだから仕方ないが、参考までに知りたいのだ。


「うーん、具体的にか……十五キロトン程度の戦術核程度なら撃破可能、だったかな?」


 よもや、そんな答えが返ってくるとは思わなかったが。

 それってつまり核兵器じゃなきゃ倒せないって事じゃないですか? 十五キロトンって広島型原爆級ですし、現在最大の通常兵器がその広島型原爆の千五百分の一の威力しかないのですけど……言いたい事は山ほどあったが、レイナは口を閉じておいた。喋っても、現実が変わる訳じゃない。何よりどれだけ強いか知りたかっただけで、彼等を倒そうなんてこれっぽっちも思っていないのだから。

 人間達が他愛ない話をしている間にも、『星屑の怪物』達はどんどん集まってくる。最早数えきれないけどほどで、いよいよ百匹近い数になろうとしているのが窺い知れた。そして先輩曰く、この場には百匹ほどの『星屑の怪物』が繁殖のために集まるという話である。

 つまり、いよいよ繁殖が始まるという事。


「良し、ちょっと離れよう。近過ぎても観察し辛いし、踏み潰されたら大変だからね」


 先輩の言葉からも、繁殖の始まりが近いのだと窺い知れる。レイナはこくりと頷いて同意し、広間の縁へと向かう先輩の後を追った。

 外側から見れば、怪物達は広間の中心に寄り添うように集まっている。互いが触れ合う事など気にしていない、むしろぎゅうぎゅう詰めになるのを望むかのように、『星屑の怪物』達は押し合っていた。

 先輩は荷物の中から計測機器 ― 曰く『星屑の怪物』の繁殖活動の活発さを測るための機器らしい ― を構える。レイナも、ノートを開いてどのような記録の取り方をするのか書き残すための準備をした。

 そして『星屑の怪物』達は、人間達の支度が終えたのを見計らったかのように……動き出す。

 ついに毎年恒例の大繁殖が、始まった。

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