第3話

 翌日の朝早く、青柳康介は仕事へと出かけていった。当然ながら、私も同行する。

 しかし彼は現場には行かず、どこかへ電話したかと思うとパチンコ屋に入っていった。


「仕事、行かなくていいんですか?」

「今日は休む。仕事するような気分じゃねえんだ」


 彼は言いながら、千円札を機械に投入し玉を弾く。煙草を吸いながら、ぼけっとパチンコ台を見つめる。


 数時間後、青柳康介の財布の中の千円札は全て機械に呑まれ、彼はパチンコ台を殴りつけて立ち上がった。


「次はどこへ行くんですか?」


 パチンコ屋を出たところで、私は彼に声をかけた。


「関係ねえだろ。ついてくんなよ」

「そういうわけにはいきません」

「規則だからか」


 私が言い終わる前に、青柳康介は食い気味に言った。「はい、規則だからです」

 彼は舌打ちをして、ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

 そこから彼は、無言で一時間歩き続けた。金がないのか、バスや電車には乗らず、煙草をふかしながらひたすら歩いていた。


 背の高いビルが並ぶ、オフィス街で青柳康介は足を止めた。平日の昼間、スーツ姿のサラリーマンたちが行き交う中、彼はジャージ姿で街中を堂々と闊歩かっぽする。そして飲食店へと入っていった。

 資料によると、ここは山下美雪が働いている飲食店だ。


「いらっしゃいま……こうちゃん?」


 紺色の制服に身を包んだ山下美雪は、わかりやすく目を丸くする。童顔の彼女は、まるでウェイトレスのコスプレをしているように見えた。


「行くぞ」

「え、ちょっとこうちゃん、どうしたの?」


 青柳康介は彼女の手を取り、店を出た。山下美雪は抵抗するが、やがて諦めた。


「ちょっとこうちゃん。説明してよ。昨日から変だよ。仕事はどうしたの?」


 青柳康介は答えない。彼はコンビニに入り、ATMで有り金を全部おろしていた。


「ねえ、こうちゃん。どこ行くの?」


 コンビニを出ると、青柳康介は彼女の手を取り再び歩き出した。どこへ行くのか、私が訊いても当然彼は答えなかった。


 しばらく歩いて、彼は飲食店の前で足を止めた。『スイーツバイキング』という看板が見える。


「お前、ここ行きたいって言ってたよな。好きなだけ食えよ」


 店内に入り席に着くと、青柳康介は彼女に笑いかけた。

 人気店なのか、平日の昼間にも関わらず、店内はそこそこ賑わっていた。客層は主に、若い女性だ。


「来たかったけど、なんで今なの? 仕事中だったのに、次の休みでいいじゃない」


 山下美雪がもっともなことを言った。青柳康介はかぶりを振る。


「次の休みじゃだめなんだよ」

「だから、なんで?」

「いいから、取りに行こうぜ」


 彼は立ち上がる。山下美雪も渋々彼に続いた。私は席に座ったまま、二人を待った。座面の面積が小さくて、体育座りがしにくい。


 数分後、二人は戻ってきた。山下美雪の表情は、スイーツバイキングにやってきた甘党の女子とは思えないほど沈んでいた。

 丸くて真っ白な皿には、様々なケーキが絶妙なバランスで配置されていた。一方の青柳康介の皿は、ケーキにシュークリーム、マカロンにマシュマロ、フルーツなどが山盛りに積まれていた。


「ねえ、ちゃんと説明してよ」


 チョコケーキを口に運ぶと、山下美雪は彼に説明を求めた。


「噂通りうめーな。これも食ってみろよ」


 青柳康介は答えず、表面にチョコが塗られた小さなシュークリームを彼女の皿に載せる。

 山下美雪はため息をついて、それ以上問うのをやめた。


「ごめん。私、仕事戻るね」


 そう言って彼女は席を立つ。皿の上にはまだ、半分以上ケーキが残されていた。


「なんでだよ。ここ、来たいって言ってただろ」

「言ったよ。でも、仕事中に無理矢理連れてきて、理由も教えてくれないし、意味わかんないよ」

「おい! ちょっと待てって!」


 彼は声を荒げたが、山下美雪は店を出て行った。店内の若い女性たちの視線が、青柳康介のテーブルに注がれる。彼は舌打ちをしてレジへ向かった。

 会計を済ませ、釣り銭を受け取らずに店を出た。

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