第2話
翌日の昼過ぎに、青柳康介は家を出た。
「どこへ行くんですか?」
「今日は美雪と物件を見に行く約束してんだよ。俺たち、同棲する予定だったんだ」
彼は煙草に火を点け、ため息と一緒に煙を吐き出した。
「もうすぐ死ぬのに、物件を探すんですか」
「昨日の夜、いろいろ考えたんだよ。そんで決めたよ。特別なことはしないで、いつも通りに過ごすよ。結局それが一番なんだよ。お前の話は、聞かなかったことにする」
「なるほど。つまり、彼女を見殺しにするつもりですね」
青柳康介は足を止め、指に挟んだ煙草を私に向ける。
「おいちょっと待て。その言い方はねえだろ。死ぬ運命なのは美雪なんだろ。運命には逆らわないのが道理だろ。見殺しなんかじゃねえよ。俺は見届けるだけだ」
彼は舌打ちして歩き出した。
「言い忘れましたが、私の姿はあなたにしか見えないので、さっきから独り言をあなたは言ってるんですよ」
もう一度舌打ちが聞こえた。彼は早歩きで私の先を進み、バス停の列に並んだ。
「あ、こうちゃん!」
バスを降りると、小柄な女性が手を振りながら小走りで駆け寄ってきた。栗色の長い髪の毛が風に揺れる。可愛らしい女の子だった。
私はコートの内ポケットから手帳を取り出した。
恵まれた人生ではないな、と
「わりいわりい、待った?」
「全然! 早く行こう!」
山下美雪は彼の手を取り、目の前にあった不動産屋へ入っていった。規則なので、私も当然同行した。
どんな部屋がいいか、山下美雪が事細かに説明し、二人は不動産屋が運転するワゴンに乗って物件を案内された。
私は三列目のシートに体育座りをして、楽しそうな山下美雪と、浮かない表情の青柳康介を交互に観察する。
いつの間にか私は眠っていて、気づいた時には車の中に取り残されていた。
「ねえ、この部屋にしようよ! 日当たりも良いし、キッチンも綺麗!」
本日三軒目の物件で、山下美雪はこの日一番の笑顔を見せた。一方の青柳康介は、彼女とは対照的だった。彼女が話しかけても空返事をするだけで、明らかにテンションが低い。さすがに悟ったようで、山下美雪は心配そうに彼を見つめる。
「こうちゃん? この部屋は嫌なの?」
「いや、そんなことねえけど、今日はもう帰ろうぜ。また今度……一緒に探そう」
声が小さく、後半は何を言っているのか聞き取れない。
わかったぁ、と山下美雪は俯いて言った。
彼女は物件を案内してくれたおじさんに礼儀正しくお礼を言い、不機嫌な青柳康介の手を取り不動産屋を出た。
そこから二人は歩いてファミレスに入っていった。私は青柳康介の隣で体育座りをして、小さく欠伸をした。
「ねえ、こうちゃん。今日なんか変だよ? 悩み事でもあるの?」
二人とも同じハンバーグセットを注文した後、山下美雪は彼に
「いや、別になんもねえよ。腹減ったな。何食おうか」
「今注文したばっかじゃん」
「ああ、そうだったな。冗談だよ冗談」
青柳康介は笑ってごまかした。彼は明らかに動揺している。笑顔が引きつっていた。
「やっぱり変だよ、こうちゃん。何かあったの?」
青柳康介は隣に座った私を
「言い忘れましたが、他言は許されません。仮に言ったとしても、きっと信じてもらえないと思いますよ」
私は突き放すように言った。青柳康介は乱暴に頭を掻き毟った。
「こうちゃん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫。オムライス、遅いな」
「注文したの、ハンバーグだよ」
冗談だよ、冗談。青柳康介は笑ってごまかす。テーブルの下では、彼の右足が激しく貧乏ゆすりをしていた。
「おい、どうにかなんねえのかよ!」
山下美雪を見送った後、彼は私を怒鳴りつけた。
「どうにもなりません。運命ですから」
「んだよ、使えねー死神だな」
「すみません」
「そもそも、死神ならもっと死神らしくしろよ。どこからどう見ても女子中学生にしか見えねーぞお前!」
「すみません」
どうにもならない事態に腹を立て、彼は私の容姿にまで怒りの矛先を向ける。
けれど、確かに彼の言う通りだった。先輩の死神にも、もう少し死神らしくしたらどうだ? とよく言われたものだ。
青柳康介は早歩きで私の先を歩いていく。私は小走りで彼を追いかけた。
家に帰ると、彼は部屋の壁を殴った。壁にはぽっかりと穴が開いた。
「賃貸、ですよね」
「うるせえな。関係ねえだろ」
それから寝るまでの三時間で、青柳康介は煙草を二箱消費した。
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