死神の制度

JO太郎

第1話

「こんにちは、私は死神です」


 はあ? と男は訝しげに私を睨みつける。土曜日の午後、パチンコ屋から出てきた彼に、私は仕方なくもう一度自己紹介をする。


「ですから、私は死神です」

「何言ってんだ、ねーちゃん。宗教の勧誘かなんかか?」


 パチンコで勝ったのか、男は缶コーヒーをグイッと飲み干し、笑いながら言った。


「いえ、違います」

「そういうの、興味ないから」


 男は言いながら、私の肩に手を置こうとしたが、スルッとすり抜けた。


「え?」


 男は驚き、再度私の身体に触れようとするが彼の手は空を切るだけだった。


「なんでだよ。なんなんだよお前」

「ですから、私は死神です」


 男は駆け出した。私はため息をついた。死神だと名乗ると、だいたいの人間は皆、同じような反応を見せる。遠回しに言うより、最近はすぐに名乗るようにしているが、結局面倒なことには変わりない。

 もう一度ため息をつき、私は彼を追った。



「また会いましたね」


 その日の夜、コンビニから出てきた男に再び声をかけた。缶ビール二本に弁当、それから煙草を買ってきたようだ。


「またあんたかよ。なんなんだよ一体」

青柳康介あおやぎこうすけ、二十二歳。独身。職業は土木作業員。父と母、三つ歳の離れた姉がいる。趣味はパチンコと競馬」


 私はコートの内ポケットから手帳を取り出し、淡々と読み上げた。


「なんで知ってんだよ。あんた、ほんとに何者だよ」

「ですから、私は死神です。あなたに伝えなくてはならないことがあります」


 青柳康介はコンビニ脇のベンチに腰掛け、缶ビールを開けた。ひと口飲むとポケットに手を突っ込み、慣れた手つきで煙草を一本取り出し火を点けた。


「なるほど、よくある話だな。死神が人間の前に現れるってことは……俺は死ぬのか」


 青柳康介は煙草の煙を吐き出し、空を見上げた。


「あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」

「……なんだって?」

「ですから、あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」


 青柳康介は煙を吸い込んでしまったのか、激しく咳き込んだ。持っていた缶ビールを落とし、瞬く間に地面を濡らす。まったく騒がしい男だ。私は小さく舌打ちをした。


「ちょっと待てよ。死ぬのって、俺じゃないのか?」

「ですから、あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」

「それって普通本人に言うべきなんじゃないの? 大事な人って、もしかして美雪のことか?」


 彼は狼狽しながら、二本目の煙草を取り出した。しかし煙草を逆に咥えてしまい、フィルターに火を点けていた。


「以前は、本人に伝えるのが規則でした。しかし最近、その制度が見直されたんです」

「はあ? なんでだよ」


 フィルターに火を点けてしまった煙草を捨て、彼は三本目を取り出した。


「本人に死を宣告すると、愚行に走る者が後を絶たないからです。自暴自棄になり、無関係の人を巻き添えにしたり、パニックを起こし、予定日より前に自殺を図る者もいました」

「ふうん。まあ、そりゃそうだろうよ。俺もそうしてたかもな」

「……ですから、それを防ぐために死神界の制度が変わり、本人にとって一番大事な人だけに宣告しよう、という運びになったのです」


 青柳康介は私に煙草の煙を吐きかけた。


「なるほどねぇ。美雪のやつ、三日後に死んじまうのか……。それ、決定事項?」

「残念ですが……」


 私は俯いて言った。彼は何も言わず、空を仰ぎ煙草を吸い続ける。

 三本目を吸い終わったところで、彼は立ち上がった。


「ついてくんなよ」

「そういうわけにはいきません。規則ですから」


 私は青柳康介の少し後ろを歩く。三日間は、対象者の傍にいなければならない決まりだった。


「なるほどねぇ。俺がうっかり美雪に喋らないように見張ってるわけだ」

「まあ、そういうことです」


 彼はなるほどねぇ、と再び呟いて、さらに質問を続ける。


「あんた、名前は?」

「サチです。死神の、サチです」

「死神なのにサチかよ。笑えねえ冗談だな」

「私は冗談なんて言ってません」


 ふん、と鼻を鳴らして彼は四本目の煙草に火を点けた。白い煙が風に流されて、私の顔にかかった。


「なあ、どうやって死ぬんだ? それも規則で言えないのか?」

「三日後の午後六時十四分、トラックに轢かれて即死です」


 極めて冷酷に言い放った。青柳康介は足を止め、私を振り返る。表情には怯えの色がうかがえる。


「嘘だろ、それ」

「残念ですが……」


 今までの話が全部嘘だと思っていたのだろうか。死因、死の時刻を口にした途端、彼の態度がガラリと変わった。


「まじかよ、やべえだろ。どうすりゃいいんだよ」


 ぶつぶつ呟きながら、青柳康介は再び歩き出した。

 やがて古ぼけたアパートが見えてきた。彼は錆びた鉄階段を上がり、一番奥の部屋に入っていった。


「あんた、いつまでいるんだよ」


 彼はコンビニ弁当を食べながら、割り箸の先端を私に向けた。


「あなたの大事な人が死ぬまでですよ」

「なあ、もしもの話だけど、俺が美雪を助けちまったらどうなるんだ? どう足掻あがいても運命は変わらねえのか?」

「その場合は、あなたが死にます」


 喉を詰まらせたのか、彼は咳き込み、ビールで流し込んだ。


「まじかよ。助けたら俺が死んで、何もしなかったら美雪が死ぬのかよ。ふざけんなよ、なんだよそれ」

「ふざけてません。そういうルールですから」


 彼はビールを一気に飲み干し、空き缶を私に投げつけた。空き缶は私には当たらず、壁に当たって床に転がった。

 八つ当たりされるのは慣れていた。人間は思い通りにいかないことがあると、自分以外の誰かに当たる。この男も例に漏れず、資料通りの横暴な男だ。

 面倒な仕事を引き受けてしまったなぁ、とため息をついて、私は体育座りのまま眠りについた。

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