死神の制度
JO太郎
第1話
「こんにちは、私は死神です」
はあ? と男は訝しげに私を睨みつける。土曜日の午後、パチンコ屋から出てきた彼に、私は仕方なくもう一度自己紹介をする。
「ですから、私は死神です」
「何言ってんだ、ねーちゃん。宗教の勧誘かなんかか?」
パチンコで勝ったのか、男は缶コーヒーをグイッと飲み干し、笑いながら言った。
「いえ、違います」
「そういうの、興味ないから」
男は言いながら、私の肩に手を置こうとしたが、スルッとすり抜けた。
「え?」
男は驚き、再度私の身体に触れようとするが彼の手は空を切るだけだった。
「なんでだよ。なんなんだよお前」
「ですから、私は死神です」
男は駆け出した。私はため息をついた。死神だと名乗ると、だいたいの人間は皆、同じような反応を見せる。遠回しに言うより、最近はすぐに名乗るようにしているが、結局面倒なことには変わりない。
もう一度ため息をつき、私は彼を追った。
「また会いましたね」
その日の夜、コンビニから出てきた男に再び声をかけた。缶ビール二本に弁当、それから煙草を買ってきたようだ。
「またあんたかよ。なんなんだよ一体」
「
私はコートの内ポケットから手帳を取り出し、淡々と読み上げた。
「なんで知ってんだよ。あんた、ほんとに何者だよ」
「ですから、私は死神です。あなたに伝えなくてはならないことがあります」
青柳康介はコンビニ脇のベンチに腰掛け、缶ビールを開けた。ひと口飲むとポケットに手を突っ込み、慣れた手つきで煙草を一本取り出し火を点けた。
「なるほど、よくある話だな。死神が人間の前に現れるってことは……俺は死ぬのか」
青柳康介は煙草の煙を吐き出し、空を見上げた。
「あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」
「……なんだって?」
「ですから、あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」
青柳康介は煙を吸い込んでしまったのか、激しく咳き込んだ。持っていた缶ビールを落とし、瞬く間に地面を濡らす。まったく騒がしい男だ。私は小さく舌打ちをした。
「ちょっと待てよ。死ぬのって、俺じゃないのか?」
「ですから、あなたにとって一番大事な人が、三日後に死にます」
「それって普通本人に言うべきなんじゃないの? 大事な人って、もしかして美雪のことか?」
彼は狼狽しながら、二本目の煙草を取り出した。しかし煙草を逆に咥えてしまい、フィルターに火を点けていた。
「以前は、本人に伝えるのが規則でした。しかし最近、その制度が見直されたんです」
「はあ? なんでだよ」
フィルターに火を点けてしまった煙草を捨て、彼は三本目を取り出した。
「本人に死を宣告すると、愚行に走る者が後を絶たないからです。自暴自棄になり、無関係の人を巻き添えにしたり、パニックを起こし、予定日より前に自殺を図る者もいました」
「ふうん。まあ、そりゃそうだろうよ。俺もそうしてたかもな」
「……ですから、それを防ぐために死神界の制度が変わり、本人にとって一番大事な人だけに宣告しよう、という運びになったのです」
青柳康介は私に煙草の煙を吐きかけた。
「なるほどねぇ。美雪のやつ、三日後に死んじまうのか……。それ、決定事項?」
「残念ですが……」
私は俯いて言った。彼は何も言わず、空を仰ぎ煙草を吸い続ける。
三本目を吸い終わったところで、彼は立ち上がった。
「ついてくんなよ」
「そういうわけにはいきません。規則ですから」
私は青柳康介の少し後ろを歩く。三日間は、対象者の傍にいなければならない決まりだった。
「なるほどねぇ。俺がうっかり美雪に喋らないように見張ってるわけだ」
「まあ、そういうことです」
彼はなるほどねぇ、と再び呟いて、さらに質問を続ける。
「あんた、名前は?」
「サチです。死神の、サチです」
「死神なのにサチかよ。笑えねえ冗談だな」
「私は冗談なんて言ってません」
ふん、と鼻を鳴らして彼は四本目の煙草に火を点けた。白い煙が風に流されて、私の顔にかかった。
「なあ、どうやって死ぬんだ? それも規則で言えないのか?」
「三日後の午後六時十四分、トラックに轢かれて即死です」
極めて冷酷に言い放った。青柳康介は足を止め、私を振り返る。表情には怯えの色が
「嘘だろ、それ」
「残念ですが……」
今までの話が全部嘘だと思っていたのだろうか。死因、死の時刻を口にした途端、彼の態度がガラリと変わった。
「まじかよ、やべえだろ。どうすりゃいいんだよ」
ぶつぶつ呟きながら、青柳康介は再び歩き出した。
やがて古ぼけたアパートが見えてきた。彼は錆びた鉄階段を上がり、一番奥の部屋に入っていった。
「あんた、いつまでいるんだよ」
彼はコンビニ弁当を食べながら、割り箸の先端を私に向けた。
「あなたの大事な人が死ぬまでですよ」
「なあ、もしもの話だけど、俺が美雪を助けちまったらどうなるんだ? どう
「その場合は、あなたが死にます」
喉を詰まらせたのか、彼は咳き込み、ビールで流し込んだ。
「まじかよ。助けたら俺が死んで、何もしなかったら美雪が死ぬのかよ。ふざけんなよ、なんだよそれ」
「ふざけてません。そういうルールですから」
彼はビールを一気に飲み干し、空き缶を私に投げつけた。空き缶は私には当たらず、壁に当たって床に転がった。
八つ当たりされるのは慣れていた。人間は思い通りにいかないことがあると、自分以外の誰かに当たる。この男も例に漏れず、資料通りの横暴な男だ。
面倒な仕事を引き受けてしまったなぁ、とため息をついて、私は体育座りのまま眠りについた。
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